木崎貴志 ② 完答できなくても部分点がもらえるように諦めずに書くことが大事


「ところで三崎にやってもらうことだけど」


真田はじろっとオレを見下ろすと、横の木崎をひじで突いて促した。

木崎がビクッと体を震わせ、ごくんとつばを飲み込む。

今日の”悪の大魔王”であるこいつも、どうやら真田には頭が上がらないようだ。


「あ、ああ。


それで、だな。

校内に掲示するうちのクラスの宣伝ポスター、オレが描くことになったんだけど」


そりゃ、ま、適任だよな。

何せ木崎は美術部の部長をついこの前まで務めてたんだから。


「せっかくだから、誰かをモデルにして描きたいんだよオレは。

その方がリアルに描き込めるから」


この時点ですでにイヤな気しかしない。

できることなら逃げ出したいくらいだ。


「ついては三崎。

おまえに取り違えコスプレの格好をしてもらった上で、モデルになってもらいたいんだが、」

「断るっ」


条件反射的に即答してしまった。

途端に、真田の身も心も凍るような冷たい視線と言葉がオレに降り注いだ。


「三崎。これはさっきのLHRで決まったことだから。

イヤならその場で言わなきゃダメだから。

あの場で何も発言しなかったあなたに、断る権利などない」


え? 何、それ。聞いてない。

いや、聞こえてない。

寝耳に水!


どうやらオレは井川と話し込んでいるうちに、オレにとってこんなにも重要な議題が提案されていることにまるで気付かず、拒絶しなかったが為にそれを了承したとみなされてしまっていたらしい。


ぐぬぅ。何たる不覚。


要は、全てはオレが聞いていなかったからいけない、とそういうことだ。

(仮に聞いていたとして、その場で『イヤだ』と意思表示をしてそれを聞き入れてもらえたかどうかということは、あくまで仮定の話なのでこの場で議論することではない、ということが言外に含まれていることを汲み取らねばならない。そこまで書いてで完答。このカッコ部分が記述されていない場合は部分点のみ。完答のマイナス10点とする)


真田の正論はとても強く固く、鉄壁である。

どう足掻いてもオレには崩しようがなかった。


「……分かりました」


うなだれたオレに、木崎が追い打ちをかける。


「じゃ、コスプレ担当はさっきの発言通り川原で、メイクは川原と組んで久保がやってくれるって言うから、その2人の都合とオレと三崎の都合を合わせて予定を決めよう」


うげ。

よりにもよって、その2人とは……。


明るい未来どころか、高校最後の文化祭は、オレにとって、

もはや何かに祟られているとしか思えん。




ぐうの音も出せずに、オレは再び机に突っ伏した。





📖 📖 📖 📖 📖




ひとり鬱々とした気分で階段を降りていくと、下駄箱の前で木崎が待っていた。


「三崎、一緒に駅まで帰らんか?」


オレはぷいっと横を向いて、無視を決め込む。

はっきり言って、口もききたくない。顔も見たくない。

リーブミーアローン。だ。


「まぁ、そう邪険にするなよ?」


ざけんな。

マンガだったら、どこかのチンピラが街で可愛い女の子を見つけてナンパして断られ、それでもしつこくつきまとう時にでも吐きそうなセリフじゃねえか。

なんでそんなセリフをこのオレに。


「黙っててで構わないから、オレの話、聞くだけ聞いてくれ」


ヤなこった。男の泣き落としなぞ誰が聞くものか。


「そうだ。そう言えばおまえ、甘いものが好きなんだって?」


ギクッ。

どうしておまえそんなこと知ってるんだ。

もも、もしや。


「あ、やっぱそうなんだ。

いや、実は川原からアドバイスもらっててさ。

『もし三崎くんが拗ねたりごねたりするようなことがあれば、その時はプチ贅沢な甘いものを提供するといいよ?』

って」


さすが川原、ナイスアシスト、とほくそ笑む木崎とは裏腹に、オレは

(クソバカ川原、余計な入れ知恵しやがって)

と心の中で舌打ちする。


「あー、じゃ、三崎。ほら、駅の反対側に新しくジェラート屋ができたって聞いたから、今からそこ、行ってみないか? や、もちろんオレの奢りで」


その店のことはオレも小耳に挟んで知っていた。

一度は行ってみたいと思ってもいた。

でも、駅の反対側だし、ひとりでそんな所に行って食べているのを学校の誰かに見られたらと思うと結構ハードルが高くて、まだ足を伸ばせていなかった。


こいつ。なんとも絶妙なポイントを突いてきやがって。


「……仕方ない。その代わり、ダブルだぞ?」


「OK、OK。お安い御用だ。任せとけって」


急に馴れ馴れしくオレの横にぴったり並ぶと、木崎は歩きながら勢いよく話し続ける。


「でさ。さっきの続きだけど。

コスプレしてもらって、その上で描きたいんだけど、あんまり時間取らせちゃ悪いと思ってさ。

放課後、どれくらいまでだったら許容範囲内なんだ?」


お、一応、それくらいは気遣ってくれるのか。

ま、当然、っちゃ当然か。


「そうだな、確かに長時間は勘弁してほしい。

でも、描いてる間は座ってていいんだろ?」


「おお。もちろん構わない。

欲を言えば立ち姿もちゃんと描きたいけど、バストトップだけでもある程度描ければ、あとは手持ちのフィギュアをモデルに上手くお茶を濁すこともできると思う。

校内掲示用がA3だから、そっちをバストトップで描くつもり。

で、外看板に立ち姿を使おうかなって思ってた」


「だったら、おまえが描いている間、座って資料集か何か広げててもいいか?」


「もちろん。ポーズだけきちんと取ってもらえたら、あとはその姿勢さえ崩さなければ何をしていても問題ない」


「分かった。で、描く時間って最低、どれくらいを考えてたんだよ」


「そうだな。石膏デッサンの早描きラフと同じくらいで20分ってところかな」


「仕方ない。それくらいならガマンしてやる」


「おお。恩に着る」


顔の前で手を合わせて、木崎がオレを拝んだ。


バカ野郎。

拝んですがりたいのはこっちの方だ。


そう言ってやりたかったが、この場合、何に向かって手を合わせるべきかとっさに思い浮かばず、「◯◯の神様」の〇〇部分を空白のまま答案提出したような、そんな悔しさだけが後に残ってしまった。



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