木崎貴志 ③ 正解を導く考え方はひとつとは限らない



「ただ。オレが使わせてもらう時間は20分としても、その前のメイクと着替えにどれくらいの時間がかかるかは、あいつらに聞かないと分からないぞ?」


木崎の言葉にオレは身震いした。

……それがあった。すっかり忘れてた! オーマイガー!!


「何なら今からLINEででもあいつらに聞くか?」


聞いたらすぐに「今、どこにいるの? 行くからそこで相談しよ?」とか何とか言って、あの2人が飛んで来る気がして、オレは首をブンブンと激しく振った。


「……それは、木崎が家に帰ってからでも聞いておいてくれ」


目を逸らせて呟くオレの言葉に、木崎は「分かった」とだけ返し、それ以上は言わなかった。

武士の情け、だろうか。ありがたい。


「で、三崎の都合は?」


「オレは基本、いつでもいいよ。木崎は?」


「オレは月曜と木曜は予備校のデッサンが必修で、水曜と金曜が塾で勉強」


呆れた。

合わせるも何も、ひとに聞く以前だろう、そのスケジュールは。


「何だよそれ。火曜しか空いてないっておまえナメてんのか」


「……土曜日曜って訳にはいかないしなあ」


「それは絶対にイヤだ。却下」


「……だよな」


木崎が空を仰いだ。

つられてオレも空を見る。

木崎が「あ、」とその手を空に伸ばした。


「なんかあの雲、ソフトクリームみたいに見えないか?」


「どれ。

ああ、ほんとだ」


しばらく立ち止まって2人で雲を見ていた。

雲はゆっくりと流れていき、静かにその形を変えていく。

気付いたら、ソフトクリームというよりはみたらし団子みたいな形に変わっていた。


「そろそろ行くか」


和菓子よりは洋物の方が断然好きなオレは、そこで正気に戻って声をかけると、木崎は「おお」と驚いたような声を上げてオレを見た。


こいつ絶対、今、どこかへ行ってたな。


吹き出したくなるのを堪えて、歩き出す。

ジェラート屋が遠くに見えてきた。




🍦 🍦 🍦 🍦 🍦




ガラス張りの外から店内を覗くと、うちの学校の制服のヤツは見当たらなかった。

ラッキー♪

木崎はそういうことを気にしないのか、ん? という顔をしてオレを振り返って見ている。さっさと中に入ろうとしていたのだ。


こいつ、意外と図太いな。


オレは感心した。もっと細かいことを気にするヤツかと思っていたから。


木崎の後に続いて店に入る。

壁も床も真っ白な内装と、横に長いガラス製ショーケース、壁際にはアイアン製の洒落たベンチ。その上には季節のフルーツが描かれたリアルでカラフルな黒板アート。

どう見ても制服姿の男子二人組に似合うとは思えない。少々、気恥ずかしくなってくる。

しかし、木崎にはそんな素振りも見えなかった。


「おい。なんか凄いぞ?」


早速ショーケースにへばりついて中をガン見している。

ヤツに尻尾が生えているなら、今、絶対に大きく振っているに違いない。


オレも木崎の横に並んだ。

ショーケースの中に並んだジェラートは全部で18種類もあった。

季節限定が6種類、定番が12種類らしい。


「これは悩む」


木崎がショーケースの中を睨んでいる。

そんなに凝視していたらジェラートが溶けそうな気がしてくるくらい真剣な眼差しだ。


「三崎、おまえはどれがいいと思う?」


こっちを見もしないで木崎がオレに尋ねた。

どうやらこいつもガチな甘党らしい。

お仲間だと思うと、今日のこいつに対して抱いた腹立ちも少しは緩和される気がしてくるから不思議だ。


「そうだな。この場合、やはり季節限定と定番のそれぞれからひとつずつ選ぶのがセオリーだろう」


「おまえこういう時でもそういう考え方するのか」


木崎が呆れ声を上げてオレを見た。


「そんな面倒なこと考えないで好きなの選べばいいだろ?」


そりゃそうだけど。でも、なんでも最初はリサーチが必要だとオレは思うんだが。


そう言い返したくなって、止めた。

甘いものを目の前にして、お互いの対象に対するアプローチの違いを言い募ったところで、どれほどの意味を成すというのだろう。

無意味だ。

甘いものは全てを凌駕りょうがする。


「オレは、そうだな。季節限定からマロン。定番からは塩かな」


「おー。塩はっぽいぞ」


木崎がオレの言葉に嬉しげに目を細めた。


「さては三崎、お主、かなりの甘味好きとみた」


「そういう木崎こそ」


「オレはまだ何も言ってないが」


「いや。塩をと思う時点で、おまえもお仲間と思ったのだが?」


「へへへ。やっぱりそう思うか?」


木崎は破顔した。


「実はオレ、ひとりで食べ歩きに行くくらい、ジェラートが好きなんだよ」


「そうなのか!?」


思わずオレは大声を上げてしまって、慌てて口を押さえた。

ショーケースの中に立つエプロン姿の店員さんがくすりと笑った。

恥ずかしくて顔が赤らむオレとは対照的に、木崎は顔色ひとつ変えずその店員さんに向かって問いかける。


「こちらのお店のおすすめとか人気フレーバーとか教えてもらえますか?」


「そうですね。こちらのミルク、チョコレート、ピスタチオ、コーヒーなどは、どの年代の方からも人気です。

あとは、意外に思われる方が多いみたいですけど、本場のイタリアではココナッツやヨーグルトなども定番なんだそうです。

フルーツ系でしたらレモンは外せませんし、イチゴ、オレンジも人気ですね。

あとは、そちらのお客様が先程言ってらした塩も、当店のおすすめですよ」


笑顔の店員さんは丁寧に教えてくれて、聞いていてオレは嬉しくなった。

ジェラートは好きだが、経験値は全然高くはないので。

木崎はううーん。と腕組みして唸りだした。


「ほんとどれも美味そうで、選ぶのに困る」


眉間にシワが寄って、口元はへの字になっている。

甘いものを前にした顔とはとても思えない。

難関大の難問を解いている受験生みたいな顔だ。

せっかくなのに、もったいない。

どうせなら笑って悩んだ方がいいと思うぞ?

って、男のオレが男の木崎に言うセリフじゃないかな、これは。

考え始めるとこれはこれで意外な奇問にも思えるが、さて、どうだろう?

そんなことを考えている今のオレの顔も、もしかしたら木崎の難問顔とさして変わらないのかもしれない。

ジェラートに失礼な気がしてきて、オレは口角を上にぐっと持ち上げてみた。

ジェラートがその顔を喜んでくれるかどうかは……、



答えは、ジェラートに聞いてくれ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る