木崎貴志 ④ 得意科目仲間ができると勉強にも張り合いができる



結局、オレは最初に決めた通り栗と塩を、木崎は悩んだ末、ピスタチオと洋梨を選んだ。

店員さんが慣れた手付きで山のようにこんもりとジェラートをコーンに盛り付ける。


「お待たせしました」


朗らかな声が、続けて


「スタンプカードをお作りになりますか?」


と木崎に尋ねた。


「スタンプがいっぱいになりますと、シングルカップをおひとつ差し上げています」

「お願いします」


木崎は即答だ。


「有効期限はございませんので、いつでもどうぞ。定番も定期的に少しずつ入れ替えますし、もう少ししたら季節のフレーバーが変わりますから、ぜひお楽しみに」


手渡されたのは、洒落たイラストと店名の筆記体が美しいスタンプカードだった。


「ふぅん」


横から覗き込むオレに木崎は、


「じゃあ変わった頃にでもまた2人で来ようぜ」


「それより今は早く食べないと」


食べもしないうちから何バカ言ってるんだとばかりオレが急かすと、木崎も急に「そうだ、そうだ」と焦り出し、ふたりしてベンチに乱暴に腰を下ろした。



🍦 🍦 🍦 🍦 🍦



ジェラートには透明のプラスチック製スプーンが添えられている。

それを使ってオレは一口、まずは塩味から食べた。


おお、この美味しさときたら、どうだろう。

なんとも言えないまろやかで繊細な味が、心と舌を潤してくれる。

これぞ、口福!

意識があっという間に幸せの王国へ旅立とうと……、


あ、いかん、いかん。

この前はこれであいつらにヤラれたんだった。

同じ轍を踏むようでは、受験生の名折れ。

復讐、いや、復習するは我にあり。


すぐに正気に戻って、横の木崎を見る。

木崎は寄り目になって、目の前のジェラートを食い入るように見つめていた。

何かあったのだろうかと心配になるような横顔だ。


「どうしたんだ?」


思わず尋ねると、


「いや、あまりに美味くて目が離せない」


なんじゃそりゃ。そんな理屈、初めて聞いたぞオレは。


「論より証拠。ほら、三崎、おまえも一口、食ってみろよ」


ありがたいことに木崎はスプーンですくってオレに差し出したりなどせず、ジェラートそのものをオレの前に差し出した。


ふつうなら、こうだよなあ。


当たり前のこの木崎の仕草がとてつもなく沁みて、オレはなんだかじーん、ときた。

じーん、としながら木崎のジェラートを一口、すくった。

まずは洋梨味。

……その美味さにまたじーん、ときた。

お仲間と一緒に味わうスイーツが、こんなにも美味いだなんて……!

オレは初めての味と体験に心を揺さぶられた。


次いで、ピスタチオ味。

一口、口に運ぶと。

ああ、なんて濃厚で複雑な味わいだろう。

まさしく未知の味。

こんなにくっきりとしていてなおかつ緻密な味、今まで口にしたことなど、ない。

初めて知ったこの美味しさ、オレの海馬から大脳皮質へとしっかり刻み込んでおかねば。


「ありがとう、木崎。どちらも初めて食べたが、言葉にできないくらい美味い」


そう言いながら、今度はオレのジェラートを木崎の前に差し出す。


「おお。では遠慮なく」


木崎のスプーンはためらいも見せずにオレの塩味を深々と掘る。

そしてそれはそのまま彼の口の中へと運ばれていく。

オレはその様子をじっと見つめていた。

木崎は口に含むと目を閉じ、すぐにグワッと見開いて、


「こりゃ、すげえ」


人間の目がこれほどまでに饒舌に言葉を語るのを、オレは初めて見た。


木崎は目をひん剥いたまま、今度は栗味へと手を伸ばした。


あ、よく考えたらオレ、栗味、食べてない。


慌ててオレも栗味へとスプーンを向ける。

期せずして2人同時に栗味にスプーンを刺し、同時に口に運んだ。


「あ……」

「う……」


声にならない声を同時に上げるオレたち。

互いに顔を見合わせた。


「う、ううう……」

「あ、あああ……」


オレたちにもう言葉は必要なかった。

互いの瞳を見れば、抱いている気持ちの全てが分かる。

オレたちは、今、一心同体だった。




🍦 🍦 🍦 🍦 🍦




ふうっ。


食べ終わると、どちらからともなくため息が漏れた。


「美味かったな……」


「ああ。本当に」


言葉を発することなく黙々と食べていたオレたちは、食べ終わった今、やっと会話ができる状態になったのだった。

オレは正直に告白した。


「木崎、オレさ、今まで誰かとこうやって一緒に、好きなもの目当てで食べに行ったことがなかったんだ。

甘党な自覚はあるけど、わざわざ調べて食べに出かけたりすることもなければ、そんな相手もいなかった。


だから今日、初めてこうやっておまえとこの店で食べられて、オレは嬉しい。

きっかけはともかく、誘ってくれて感謝している」


「実はオレもだよ」


静かに語り始めた木崎の言葉に、オレは驚いた。


「オレ、イラスト仲間、二次元好き仲間は結構いるけど、スイーツ仲間は初めてだ。

いや、別にスイーツ好きを隠してた訳じゃないし、恥ずかしいとも全く思ってないけど、でも、誰か誘って行くってことは何故かなかったな、今まで」


考えてみたら不思議だな、と木崎は首を傾げた。


そうだな、不思議だよオレも。

単独行動ばかりのオレとは違って、木崎には好事家仲間、多いから。

それとも好き者とスイーツは親和性があまりないんだろうか?


気になって聞いてみると。


「いや、そんなこともないと思う。

たしかその世界では有名な二次元創作物のイラストを描くひとが、スイーツ食べ歩きブログ書いてたはずだし、そのブログのフォロワーさんの数、パなかったと思ったけど。

そりゃもちろん、フォロワーさん皆がスイーツ好きって訳じゃなくて、そのひとのイラストが好きだからフォローしてるってひとも多いんだろうけど」


考え考え答える木崎の態度を、オレは好ましく思った。

オレの前に立ち塞がりオレを嘲っていた”悪の大魔王”は、いつの間にかオレと心を通わす”共感大魔術師”と化していた。

何たるスイート・マジック! 


「理由は何であれ、ともかくオレたちは互いに初めての”相手”なんだな」


”スイーツ”という言葉をあえて省いてオレは言ってみた。


木崎はまた、あの雄弁なギョロ目でもってオレをガン見すると、


「だな」


短くも力強い言葉で、オレの言葉を肯定した。


オレの心は今、今日、木崎がジェラートを差し出した時に感じた”じーん”を、また改めて感じている。

頑なだった心が、柔らかく甘く溶け出していくような、そんな感覚。

こういうのを何と言えばいいんだろう。












痺レる。










これしか浮かばなかった。

いや、甘い言葉、って言うのはなかなか難しいな。

経験値の足りないオレには、もっと勉強が必要のようだ。

精進しよう。うん。

精進あるのみ、だ。




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