木崎貴志(たかし)

木崎貴志 ① どんな時でも第1希望に合格している未来を心に描いておこう




オレと井川が教室の端っこで話し込んでいる間に、文化祭委員の真田と萩原は結構スムーズにこれからのことを皆と決め、話を進めていたようだった。

気が付けば黒板いっぱいにたくさんの文字が書き込まれていて、クラスの中は明るいざわめきに満ちていた。


「では、そろそろ時間なので、今日はこの辺りで」


三木先生が席を立ち、ひと声かけると、潮が引くようにざわめきが収まっていく。


こういう時、オレはいつも感心する。

このクラス、本当に真面目だよな、と。


去年も一昨年も、悪いクラスじゃあなかった。結構楽しくて、仲も良かった。

去年は修学旅行があったからなおさら盛り上がったし、付き合いも濃くなった。

ただ、たまに皆、悪ノリする時があって、一度盛り上がってしまうとその勢いがなかなか引かず、最後には「静かに!」と先生に注意されることもままあったのだ。

今から思えばまだ皆、少しガキっぽかっただけかもしれないのだが。



それと比べると。

このクラスの人間は、真面目な外見で中身もそれ以上に真面目か、不真面目に見えるけれどその実、不器用なだけの真面目か、この二種類にそのほとんどが含まれる気がする。

そんな真面目人間ばかりの集まりだと、どんなに盛り上がっている時でも先生の話は即座に聞くのだ。

いや。そもそも『ひとの話を聞く』のは、ひととして当たり前のことではあるのだが。分かっていてもそれが意外にすいっとできない時もあるのが、ひとの不思議なところとは言えまいか?

それとも、担任の三木先生の人徳、ってこともあるのか?

はたまたオレたちが一年分、オトナになったってことか?


”ひと”に対する考察を深めていたら、目の前に文化祭委員の真田と、オレにとっての今日の悪の大魔王、木崎が立っているのに気付くのが遅れた。

両者とも今のオレにとって”人外”であるので、それもやむを得ないのか。



「三崎」


重々しい声が、オレを過去世から現世へと呼び戻す。

今時珍しいポニテ優等生・真田のメガネの奥の目が、現世に戻ったばかりのオレをぎろりと睨めつけている。



「は、はい」

”気をつけ”を号令されたかのように、慌てて背筋をしゃんと伸ばす。


「今さっきのLHRで決めてたこと、どうせろくに聞いちゃいないんだろうと思って、直接、伝えに来た」


「は、はい」

オレは思わず不出来な見習い天使のように震えてしまった。


前の座席の井川が、救いの手を伸ばす女神のように静かな微笑みを浮かべて真田を振り返り、穏やかな口調で取りなす。


「ごめんね、有未ゆみ。私が三崎くんに話かけてたものだから」


対する真田はふくれっ面だ。頬を突いたら破裂しそうだ。


「そうだ。その通り。しーちゃんが悪い。

自分の仕事が終わったからって、その後ずっと三崎と話し込んでるなんて全く失礼だ。前から見てれば全部お見通しなの、しーちゃんが一番良く知ってるはずなのに。


でも、三崎も三崎だ。

三崎の場合、しーちゃんが話しかけなくても、こっちの話なんてどうせ何も聞かずに勉強してたに決まってる」


「いや、そんな、そうと決まったワケじゃ」


弱々しく否定するオレの言葉になど真田は耳も傾けない。


「ほんと、勉強もいいけど、文化祭のこともちゃんとやってもらうから」


「いや、やりますやります。真田様にやらないと言ったことなど今まで一度だってありましたでしょうか、いや、ない」


「係り結びなんて今ここで使わなくていい」


オレにぴしりと言葉のムチを当てる真田のその横に、木崎がニヤニヤしながら立っていることを今更ながら再認識したオレは、


「木崎っ! おまえってヤツは!!」


八つ当たり気味につい、声を荒げてしまった。

それでも木崎はニヤついたままだ。

畜生。マジムカつく。


「だいたいおまえが余計なこと言い出したからこんなワケ分かんないことになって」


「いいだろ別に。おまえ以外の皆は、かなりノリノリだぞ?」


「ノリノリとか言うな。恥ずかしい」


「ふん。なんとでも言え。ノリノリだろうがイケイケだろうがデレデレだろうが、とにかく決まったものは必ずやってもらうからな」


「イヤだと言ったら?」


「そんなこと認められると思ってるのか?」


木崎がなんと言おうと知ったこっちゃないのだが、問題は木崎の横に仁王立ちしている真田だ。

恐る恐る視線を横にずらすと……


ふんっ。


鼻息が聞こえてきそうな顔でオレを睥睨へいげいしているのが目に入った。


あ、こりゃダメだ。


即座に身をすくめて、


滅相めっそうもゴザイマセン」


か細い声で答えた。


真田は、当然だ、と言わんばかりの顔をして、下僕に命令するかのようにオレに言い渡す。


「早速だけど、三崎にやってもらうことがある」


「は、はい」


真田が口を開く度、オレの体はどんどん小さくなる気がする。

彼女がずっと話し続けていたら、そのうちオレは不思議の国のアリスのように小さくなって、違う世界に潜り込んでしまいそうだ。


その場合、問題がひとつ。

こちらの異世界ではトランプの女王やハンプティダンプティではなく、ドラァグクイーンやヲタ沼の住人などが登場予定らしい。

オレとしては全くもって納得がいかないのだが、そこら辺、誰にクレームを出せばいいものやら。

相談窓口があったら今すぐ、電話するところだ。

「転位先が間違ってる!!」と。


あ、違う。

この場合の正解は多分、「第1希望に合格している未来に召喚、お願いします」だ。

真田にどんなことをさせられるとしても、合格が待っている未来ならば多少のことはやむを得ない。

ただし、取り違えコスプレは不要。

本当に、それさえなければ、ごくふつうの文化祭であれば、もっと素直に楽しめるものを。

このままでは、文化祭が、高校生活最後の文化祭が、

オレにとって、苦痛どころかトラウマにもなりかねない。

だから。

頼むから、これ以上の無茶振りは勘弁して頂きたい。

その上で、明るい未来を。サクラサク春を。


うん。できればこれで、よろしく頼みます。




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