3-3教室 文化祭・当日 




文化祭当日。

いつになく目覚めの悪い朝だった。

朝食を食べる気にもなれず、オレはトマトジュースだけ飲んで家を出た。

なに、後で腹が減ったってホットドッグが売るほどあるんだ。

心配することはない。

それだけが、今日の得点ならぬ、特典だろう。




校門をくぐって、3年の教室がある一番奥の3棟までだらだらと歩く。

ああ、嫌だ。どんな顔をしてクラスの謝罪とやらを受けなきゃいけないんだ。

考えるだけで気が滅入るから、ずっと考えないようにしてここまで来たけれど。

足取りも重く、階段を登る。

屋上へと続く、くもりガラスの入った重いドアを、これ以上はないというくらい重い気分で押す。

秋晴れの空の下、ドアを開けた先、そのずっと奥に、






クラスメートが横一列に並んで正座して、こっちを見ていた。






「は? ば、バカか?? おめーら!!」


思わず後ずさりしたオレを、横から誰かがぐいっと腕を取って引き止めた。

見ると、松川だった。


「またおまえ?」


呆れて言うと、背中を丸めて「ごめん」と頭を下げる。

もはやこいつの顔を見るだけで体から力が抜ける。


「いいよ、もう。それより仕方ねえからさっさと済ませようぜ?」


誰に言うともなく言った。





すると。

待ち構えていたかのように、男子クラス委員の佐々木がオレの前に現れた。

ぴんっと背筋を伸ばした立ち姿で一礼するなり、口を開く。





「三崎直人くん。

オレたち3年3組一同は、ただひとりだけ取り違えコスプレに反対したキミに、ひとりだけ事前に女装をさせました。そしてその姿を元にポスター制作を行いました。それだけでは飽き足らず、違う日に改めて女装をさせた上で電車に乗せ、あろうことかあなたに説明したのとは違う、怪しくも不届きな内容のビデオを撮影しようとしました。これはたまたま止めに入った人間がいたので事なきを得ましたが、撮ろうとしたこと自体、非礼であると言わざるを得ません。よって、ここにクラス全員で心からお詫び致します。どうか許して頂きたい」


佐々木の言葉が途切れたと同時に、後ろに並んだ皆が正座のまま一斉に頭を下げた。

あまりのことにオレは血の気が引いてぶっ倒れそうになった。それでも何とか踏ん張ると、必死で言葉をひねり出す。


「……だから。もういいって言ってるだろ。分かったからさっさと教室、戻ろうぜ」


オレがUターンして逃げ出そうとするのを、松川が引っ張った。


「悪い。三崎。まだ続きがあるんだ」

「……何が?」

「っていうか、ここからが本番というか」


この先、これ以上の何があるって言うんだよ?

緊張のあまり、体ががくがくと震えてきそうだ。





と。

佐々木に代わって、3人の女子がオレの目の前に並んだ。





ん?

誰だコイツら?


見覚えのない女子たちだ。



左側は、真っ黒のストレートロングヘア。黒々としたまつ毛に縁取られた切れ長の目がきりりとクールな印象だ。きゅっと結ばれた口元は甘いオレンジ色のリップに彩られ、みずみずしい果物みたいに見える。


右側は、長い髪をアップにしていて、後れ毛が色っぽい。ぱっちり二重とクルッと上がった長いまつ毛が上目遣いでこっちを見ているのがさらに色っぽい。少し開き加減のぽってりしたピンク色の唇は、言いようのないほど色っぽい。


そして真ん中。セミロングのゆるふわウェーブが朝日に透けている。伏し目がちにこっちを見つめる瞳はブルーアイズ。透き通った白い素肌に赤くふっくらとした唇が西洋人形のようだ。



いやあ。3人ともかなりの美人じゃねーか。

こんなヤツら、学校にいたっけ?


こんな状況下にもかかわらず、思わずオレの目が釘付けになる。



その3人、全員が両手を後ろに回していたのだが、突然、勢いよく前に差し出した。

その手には―――


―――ホットドッグ


ん? 何? どういうこと??




首を傾げたところで、真ん中の西洋人形がいきなり口を開いた。




「三崎。あなたのことが、好きだ」





……今、何か、聞き慣れない言語が、耳元をよぎったような……?





その声を追いかけるように、両側のふたりも



「好きなのっ、三崎っ、大好きなの!」

「私も三崎くんのことがずっと好きでした♡」




……は、はははぃ~? コレ、何事デスカ……? 





オレいきなりモテ期到来??

って、んなワケねーよな。

なら、また新手のドッキリ撮影か?? 

いくらなんでも二度も騙そうとするならそりゃあんまりだ!


思わず口から文句が出かかったところで、


アレ?

よく見りゃ、コイツら、なんか見覚えある気がするんだけど。

それにこの声。絶対に聞き覚えがある。

そう思って、まじまじと見つめると……




「分かんない? 私だよ。真田。真田有未」


真ん中の西洋人形が表情も変えずに言い放った。続けざま、

「久保だよ? 久保かをりだってば!」とは左側和風美人。

「井川静佳でーす♪」色っぽい右側が笑っている。






オレは。

完全に。


フリーズした。







固まったオレの前に、佐々木が司会進行よろしく再登場、説明を始めた。



「三崎直人くん。

これはドッキリでも動画撮影のためのヤラセでもありません。

正真正銘、彼女たちの本気の告白です。この文化祭にかけた決意です。

ですからもし、この中にあなたの想い人がいるのなら、どうぞこの告白に応えてあげてください。残念ながら3人とも意中の人でないのであれば、この場ではっきりと断ってやってください。

応え方は簡単です。意中のひとからのホットドッグだけを受け取って食べればいいのです。反対に、誰もいなければ、黙って頭を下げて両手を後ろに回せば、それで了承されます」



な、ななななんだ? 

どどどどういうことなんだ??



絶句しているオレの横で、松川が静かに、囁くように言った。


「悪い。三崎。そういうワケだ。

で、付け加えるならば、木崎と宮地はこの時点で失恋決定なんだ。まあ、そんなことおまえにとっては何の関係もないことだけど。

二人共、自分の好きなヤツの想い人がおまえだってこと、告る前に分かっちまって。だから木崎はあの動画撮影の時、とっさに止めに入れなかったんだろう。宮地は、なんか色々あるみたいで、悪いけどオレにはちょっとよく分からない。


で、女子2人も要は同じ、らしい。

お互いに、好意を持つ相手がおまえと分かった時点で、ヌケガケ禁止、2人で文化祭に告ろう、って協定結んだらしい。でも、2人だと、もし片方が受け入れられたとして、もうひとりが晒し者になるんじゃないかって井川が心配して、それで急遽、井川も参戦して、3人体制にしたんだそうだ。

ま、それとは別に、動画撮影の間だけは、やれメイクだコスプレだって正々堂々とおまえと絡めるし、おまえの動画も撮ってこっそり手元に残せるしで、あまりに幸せだから余計、動画撮影をやめようとは言い出せなかったらしい」



松川の説明はすんなり頭に入ってはきたが、

オレの口からとっさについて出た言葉は―――



「オマエら、何、女装してんだよー!!」




目の前の3人は、オレの言葉を聞くなり、がっくりと膝をついた。

背後に並んでいた正座の列からは、一瞬の間の後、爆笑が沸き起こった。







で、結局、どうしたか、って?


3本とも受け取って、そのまま無理やり口に押し込んだんだよ。

このオレが。

早食い選手権よろしく。


(井川から受け取る時、「振っておいてくれてありがとよ。おかげでヘンな勘違いしなくて済んだ」と耳打ちしてやった。井川は「こちらこそごめんなさい許してね?」といつもの笑みで応えた)

(真田はオレに渡す時、『実は私が”三崎ファンクラブ”の会長だったんだ』と例の能面顔をわずかに赤くしながら追加告白しやがった。道理で裏事情に詳しいはずだと呆れた、っていうか、じゃ、いつからオレのことを、と思うとマジでビビる)

(『だからあの時三崎のこと待ってたって言ったのにここまで分からないとかマジあり得ない』って怒りつつ久保は渡してきたけれど、んなこと言われたって経験値がないオトコなんてそんなもんなんだよ悪いかよ)


よく噛んで食べることを是としているオレにとって、それは死にも等しい拷問であったが、何とか耐えた。


ホットドッグを口いっぱいに頬張って目を白黒させているオレに横から、

木崎がドクターペッパーを、

宮地がタオルを、

慌てて差し出した。


タオルはともかく、ドクターペッパーはないだろ?

日本人ならこんな時はお茶だ、お茶!



しかしマジ朝飯食ってこなくて助かった!!




🍞🍞🍞🍞




その後。

皆で急いで教室に戻ると、男子はメイド服に着替えてからメイクを施され、女子は男装の執事となった。その格好でホットドッグを作って作って、売りまくった。




3-3教室の入り口には、イーゼルが置かれた。

その上には木崎が描いた、あの、オレの絵。

教室に入ろうとするその誰もが絵の前で足を止め、食い入るように見てから、音にならないため息を漏らしていく。帰りしな、また足を止めて、離れがたそうに何度も振り返っていくひともいた。


その絵を元に好き者集団が画像ソフトで処理したポスターが、学校中の廊下に貼られた。ポスターは加工具合が一枚一枚違っているとても凝った作りで、その出来栄えは他のクラスの追随を許さない。あまりのクオリティの高さに、どのクラスからもめちゃくちゃ羨ましがられたらしい。文化祭が終わったと思ったら即、剥がして盗まれて一枚も残らなかったことから、幻のポスターと化した。


3-3教室の中では、宣伝用ビデオが一日中流しっぱなしになっていた。

コレ、結構、好評で、ホットドッグが早々に売り切れた後も、ビデオを見に来る客が後を絶たなかった。


え? どんなビデオか、って?

コスプレしたクラス全員がひとりひとりカメラを前に、ホットドッグに正面からがぶりと食いつくだけの、なんてことはないバカバカしいビデオだ。

こんなんでウケるんだから、小難しいことなんて考えなくていいんだってコトがよく分かるだろ?


ああ、それから。

”女装”した例の3人は、そのまんまの顔で執事になった。

当然のごとく、こちらも大好評。

ま、そりゃそうだろう。ルックスアップした女子の方が男子ウケするに決まってるからな。

本当なら、その上でメイド服だろ!! と思っていたのはオレだけじゃないはずだ。

執事コスプレした当の女子たちは

「わぁ~、なんか宝塚みたい♡」

「ちょっと百合入ってない~?」

と盛り上がっていたが、オレら男子からすれば正直、面白くもクソもない。

ましてや男子のメイド服なんて言うまでもないだろう。

その格好でウケたのは、オレと松川(理由は言わなくても分かるよな?)、後はイケメンの宮地くらいだった。




🍞🍞🍞🍞




文化祭が終わり、教室の片付けも済ませた後。

クラス全員で再び屋上に上がった。


茜色の夕日の中、コスプレのままの格好のオレたちは、皆でクラス写真を撮った。

撮ってくれたのは三木先生。

誰かが持ってきた三脚を使って、先生にも入ってもらった。

写真の真ん中は、メイド服のオレと”女装”した3人。

この写真は3-3グループLINEの背景画像になっている。

アイコンは木崎が描いたオレの絵だ。

ああ、もちろん、オレのスマホにも3-3グループLINEは入っている。


今日、文化祭の、この日から、だ。







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