久保かをり④ 理屈が分からなくても手で解ける時はさっさと解く



今日、これで何度目だ?

オレが久保の目に捕まるのは。




3年で初めて同じクラスになった久保は、見た目はギャル系でオレの好みじゃないけど気のいい話しやすいヤツだから、女子の中ではかなり親しい方だ。

席だって近くになったこともあるし、ああそうだ、球技大会の時は一緒になってクラス応援もしたよな。コイツはああいう時、盛り上げ役を買って出て、誰彼構わずつるめるヤツなんだ。

要は、オレ的には、「いいヤツ」認定済みの、ただのクラスメート以上ガチ友達未満ただし恋人には厳しい、ってあたりの立ち位置のヤツだ。


でも。


こんな久保を見るのは、

こんな目で久保に見られるのは、


今日が初めてだ。





今、久保が言ったばかりの言葉を、オレは頭の中で反芻はんすうした。


「私、ひとりで電車に乗りたくなかったんだ」

「今日の私、絶対にひとりでは電車に乗れないと思う」

「私の後ろに立たないで」……。


今日、久保との間に起きていること全て、何が何だかさっぱり分からないオレだが、ひとつだけ分かったことがある。

久保が今、オレと一緒にいるのは、ひとりで電車に乗りたくなかった(乗れないと思った)から、ということだ。



だったら。

今のオレにできることは、


コイツと一緒に電車に乗って帰ることだ。



解き方が分かれば話は早い。

だてにガチ受験生やっている訳じゃないんだ。

解き方の理屈が分からなくても、解けるならとっとと解いちまえ。

解けたもん勝ちだ。


捕まらないように久保の目を巧妙に避け、さり気なく駅へと視線を飛ばしながらオレは頷いた。


「なんだか分からんけど、さっさと一緒に帰ろう?」



スマホで確認するまでもなく、もうすぐ電車が来る頃だった。


「乗れるか?」


「うん。多分、大丈夫、だと思う」


自分自身に言い聞かせるような調子で、久保が言った。


「無理するなよ? 具合悪くなったらすぐ言えよ?」


「うん。ありがと」


やっぱり三崎に頼んで良かった。

早口で付け加えた久保の言葉を、オレは黙ってスルーする。


だって、どうリアクションしていいか分からないだろうコレ?

正解がまるで見えないからうかつなことは言えない。

それもこれも含めて、全ては後でゆっくり考えよう。

一番いい解法を探すのも、しっかりと問題を解くのも、何もかも後回しだ。

それまでは、えぃ、オレはその、なんだ、保護者? 違うな、えーっと、付き添い?

それも微妙だ、あー、うん、やっぱりクラスメート、そうそう、そのあたりにしとけばそれで間違いない。はずだ。




クラスメートだから。


困ってるヤツは、ま、無理せずにできることなら力になる、ってことで。


そういうコトで。


久保の、気持ち前あたりをオレが歩きながら、オレたちは2人で電車に乗り込んだ。



🚃 🚃 🚃 🚃 🚃



座れたのは久保だけだった。

とりあえず、具合が悪そうな久保のために席を確保できたから、それだけで役目の半分以上を果たしたと言えるだろう。

まずはよくやったとオレは自分に合格点を出した。


次の課題。車内の時間の使い方。

帰りの電車の中はいつも、英語のヒアリングの時間に充てている。それか英単語の派生語暗記のどちらか。

今日の久保の様子ではさすがにどちらも出来ない。

何もしないで電車に乗るというのが近頃では記憶になくて、オレは正直、戸惑った。

手持ち無沙汰過ぎて、仕方なく窓の外を眺める。

電車の揺れが心地いい。空の青を見ながらぼうっとしていたら、下から小さい声がした。


「ごめん」


久保が上目遣いでオレを見ている。


「ああもう気にすんな。それよりおまえ、どこで降りるって言ってたっけ」


「蓮口の2つ先、金崎台」


「じゃあ、あと15分くらいか」


頭の中で時間を確認する。


「私のこと送るの、駅まででいいからね? 一緒に降りたらそのままUターンして図書館に行ってよね?」


「何を今さら」


久保の言葉を鼻で笑い飛ばす。


「それとも何か? 家まで送るのがオレでは不服とでも?」


「逆だよ。私みたいなギャルと2人で歩いてるの誰かに見られたら、三崎、イヤだろうと思って」


「おまえバカか? だいたい学校からここまでずっと2人だっただろ?」


「そうだけど。でも、うちの近所だとまた話は違うじゃん。それにうち、駅から近いんだ」


「どれくらい?」


「5分もあれば着く」


「そりゃ近いな」


「でしょ? だから大丈夫」


「まあ、オレがおまえんちのご近所さんとかに見られて困るっていうなら、送るのはやめといてやるよ」


「……だからそんなつもりじゃ」


「その代わり、さっきのお茶と合わせて、そうだな、唐揚げとポテト、それにアイスも奢ってもらわないと」


「えー? アイスも??」


「なんだよ、アイスなんておまえら女子はしょっちゅう食べてるくせに、オレに奢るのはイヤなのかよ?」


「……んー、もう。分かったよ。奢りますよ、奢ります。奢ればいいんでしょ?」


「わかればよろしい」


三崎ったらそんなスリムなくせに結構大食いなんだから全くこれじゃ今月のお小遣いピンチになっちゃうよこの前可愛いピアス買ったばかりで金欠なのにどうしようホントに困ったなあもう。

オレの下からぶつぶつと小声で悪態をつく声が聞こえる。

ちらりと目だけを向けると、ようやくいつもの見慣れた久保の目がオレの目を捉えて、


にまっ、と笑った。


人懐っこい、久保らしい笑い顔だった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る