久保かをり⑤ たまには勉強しないで早く寝るのも充電になると割り切ってすれば良し
駅のホームに一緒に降り立った久保は、
「じゃ、また明日」
たった一言だけをオレに残すと、あっという間に改札口へと消えていった。
そのあまりの早さにオレは動転してしまって、瞬きを繰り返すばかりだ。
こんなスピードで全ての問題を解いていけたらと切に願うレベルだった。
でも、
さっきまでの、あんな見たこともない久保は二度とご免もうマジ勘弁。
心臓に悪すぎる。
いや別に久保でなくても誰でもイヤだけどアレは。
今、見送った背中は、いつもの久保っぽかったから、
その前の笑顔も、見慣れた顔のように思えたから、
とりあえずは大丈夫か?
だとしたらオレが一緒にいた意味はあったのか?
ホッとした反面、腑に落ちない気持ちのまま、すぐにホームに入ってきた反対方向の電車に乗り込む。
今さっき見たばかりの風景が、今度は逆回しで窓の外を流れていく。
気が抜けたサイダーみたいな気分になっていたオレには、リスニングも英単語もやる気力は残っていなかった。
久保と乗っていた時と同様、窓の外をぼんやりと眺める。
雲が千切れて、飛ぶ。
オレの中の何かも、飛ぶ。
飛ぶ飛ぶ飛ぶ。
受験勉強だけを詰め込んでいる頭の中身が、すっかりどこかにすっ飛んでしまっていた。
次の駅で下車すると、オレはまたしても反対側のホームに立った。
図書館は、今日は行かない。
そう、決めた。
📖 📖 📖 📖 📖
家に帰って自分のベッドにひっくり返ると、どっと疲れが出てきた。
――なんでオレはこんな目に遭ったんだろう?
後で今日、起きたことをよく考えてみようと思っていたが、ちょっと考えるだけでも何が何だか訳が分からなくなってくる。
でも、ここで考えるのを諦めては、受験生として失格だろう。
分からない問題に対しては、考えられるあらゆる可能性を検討し、解き方を模索しなければならない。
そうでなければ類似問題が出題された時に、せっかくの経験が役に立たないではないか。
まず、
久保がヘンだった
ヘンな久保に付き合わされた
ヘン、とは、
圧をかけた目でオレを見る(心当たりがない)
奇妙な目でオレを見る(困った)
ひとりで電車に乗れないらしい(付き合った)
こんな感じか?
で、これってどういう意味なんだ?
あ、そう言えば、もうひとつあったな。
うっかり忘れてたけど。
「私の後ろに立たないで。回り込まないで」
たしか、こんなこと言ってたよな。
アレこそどういう意味だ?
久保、おまえゴルゴ13かよ??
いやでもふざけてなんていなかったんだあの時アイツ。
今日のアイツにおふざけ要素は皆無だった。
見てて辛くなるレベルで真剣だった。
でも、ガチで「後ろに立つな」って謎過ぎる。
分からん。全くもって分からん。
こんなんならよっぽど共テ対策模試の方が楽勝だ。
不得手なリスニングの方がまだマシかもしれない。
だいたいなんで久保のヤツ、オレを頼ったんだろう??
やっぱり電車の方向性の問題なんだろうとは思うんだが、
それにしても他に誰かいなかったんだろうか?
考えても考えても何も分からなくて、
オレの思考はぐるぐるぐるぐると意味もなく迷走して、
挙げ句、考えるだけムダとの結論に達した。
この間、約20分。
大問ひとつ解ける時間だ。ああ、もったいない。
腹立ち紛れにオレは枕を天井に向かって投げつけた。
ジュースに唐揚げとポテト、アイスだけでは足りない。納得できない。
のど飴か眠気覚まし用ガムか何かを追加オプションとして要求しよう。
ダメならせめて飲み物をモンスターエナジーにでも変えてもらわないと割に合わない。
本音を言えばスタバの季節限定フラペチーノでもいいくらいだ。
久保め。
このオレを付き合わせたんだ。
明日、それくらいの要求を突きつけられるくらいには普段のおまえに戻ってないと許さないからな。
落ちてきた枕を仮想・久保とみなして、オレは枕にパンチを繰り出した。
枕はへにゃりと頼りなくオレのパンチを受け止めた。
疲れた。
今日はもう寝る。
📖 📖 📖 📖 📖
オレの平日の朝は早い。
授業前に、学校の自習室で勉強しているからだ。
いつも通り自習してから授業開始ぎりぎりに教室に飛び込むと、
久保がひょいとオレに視線を合わせた。
にっ、
小さく片側だけ頬を持ち上げ、久保が笑った。
よし。
これなら追加オプションの要求は可能だな。
早速、後で、大手を振って要求しに行くぞ。
要求は欲しい物を勝ち取る為にするものだ。
目指せ、上積み。
目指せ、C判以上。
5点上がれば、ランクもひとつ上がる。
昨日の分を取り返せ。
……ちょっとオレ、朝から頑張りすぎてるみたいだ。
我ながらテンション高すぎ。恥ずかしい。
昨日、久しぶりに早く寝たからかな。
とりあえず充電だけはバッチリだ。
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