真田有未 ⑤ 長文読解は読みながらの即、論点整理が大切




オレと真田が2人で帰った日の、わずか2日後。

動画撮影の詳細が決まったと真田から声をかけられた。


その日の放課後、オレたちはまた美術室に集まった。

今日はこの後、美術部員が集まってくるらしい。その前に伝達事項とスケジュール調整を確認しながら手短に話すだけということで、火曜日ではなかったが木崎も含め、この前のメンバー全員が揃っている。


説明を始めたのは、真田。文化祭委員だから当然か。





「まず、台本をしーちゃん、ええっと、井川さんが書く。


で、この前の女子2人、久保さんと川原さんがメイクと服、同じ役割を今度も担当。


動画撮影は木崎くん。あれだけの絵を描くそのセンスを買ってのことと、これ以上、この件に関わるひとを増やしたくない為。もちろん本人の希望でもある。


後は、登場人物が三崎くんだけじゃ絵面えづら的に単調になりそうだというのと、他の人が出てた方が三崎くんにだけ注目が集まるのを避けられるだろうということで、松川くんに登場してもらう方向で今、内密に話をしている」


それくらいかな、と真田が首を傾げて言うのにオレはすぐに突っ込んだ。


「何だよ、台本って。

そんなの書かなきゃいけないほど、長くて面倒くさい内容なのかよ? だったらこの前の話と違わないか?

それと、一緒に出てくれるヤツがいるのは正直、心強いけど、それがどうして松川なんだ? 理由は?」


「さすが、三崎。すぐに論点整理できてる」


真田は考え込む風もなく、そのままオレの疑問にすらすらと答えた。


「台本は、便宜上、そう言ってるだけ。内容はこの前、私が言った通り、長くもなければ難しいこともしない。ただ、井川さんが大学の推薦が決まって時間ができたのでせっかくだから台本を書いてみたい、って話になって、それなら任せる、ってことにした。台本があった方がカット割りなんかを考えるのに都合がいいから助かるって木崎くんも言うし。


松川くんの件は、このクラスで一番、彼がそういう格好、似合わなさそうって話になったから。その不似合いさを三崎くんとの対比に使いたい。木崎くんがそう言って、彼の名を挙げた」


「彼は口が固くて絵に描いたような真面目なひとだから、そういう意味でも今回の件、適任だと思って」


横から井川が付け足す。

たしかに2人の説明はあっさりと腑に落ちた。


松川は元バレー部身長180cmオーバー体重もかなりオーバーめの巨漢で、『気が優しくて力持ち』を地で行く温和な性格の持ち主だ。その体躯と同じように口も重めで、汗をかきかき、いつも困ったような笑顔を浮かべている。

彼が女装させられているところを想像するだけで、オレみたいな人間でもつい笑みがこぼれてしまう、そういうヤツだ。ペアを組むならオレにとってこれ以上はない人選だろう。


「話は分かったけど。

で、それ、いつ撮るんだよ」


「今度の火曜。

木崎くんに合わせると、もうその日しかない。それでもその翌週末の文化祭に間に合わせるには結構ギリギリ」


要するに、これは伝達事項ではなく、決定事項だった。否も応もないのだ。


「三崎くんには当日、この前と同じ美術準備室で、松川くんと一緒にメイクと着替えをしてもらいます。あとは撮影監督の木崎くんの指示にその場で従ってもらえれば大丈夫。

ね? 全部、この前と変わらないでしょう? 変わるのは絵から動画撮影になることだけだから」


井川がそう言って、駄々っ子をなだめるかのようにオレに向かってにっこりと微笑んだ。

オレはこの微笑みに弱いらしい。「分かった」としか言えなくなった。


「では、三崎はこれにて帰って良し。お疲れ様」


真田は見慣れた能面顔で、それはそれはあっさりとオレに向かって言い放った。

そしてさっさとオレから視線を外すと、すぐに他の皆に向かって次の話をし始めた。




「久保さんと川原さんは、コスプレの服装を考えた上で、男女共にそれに使えるようなクラスTシャツのデザインを決める。決まったら今日中に即、発注。これで納期ギリギリだからね? チェックは私がする。

あ、コスプレの予算は先に確認してもらえる? この後、教室に戻って三人で話そう。Tシャツの金額は、例年通りで収められるよね? できれば本当は少しでも安くあげたいんだ。コスプレの分、余計に負担があるから。


台本はしーちゃんに全てお任せだけど、書いたらすぐに木崎くんにLINEででも送ってあげて。火曜撮影だから明日か、遅くとも日曜の早い時間までに。ああ、私には送らなくていい。ホットドッグ販売の調整とか準備で忙しいから、目を通す時間はないよ。


木崎くんは台本に従って、絵コンテ作成。それに沿った当日のスケジュールを考える。そっちも私のチェックは不要。相談するならしーちゃんとして頂戴」……。


真田の話は他の皆に向けてテキパキと進められ、集められた人間のうちオレだけがひとり放り出されている。

オレは黙って美術室を後にした。




今日、金曜はたしか、木崎は塾だとか言っていたような覚えがある。

この後、だから少し待っていれば出てくるはずだった。

出てきたら2人でこの前のジェラート屋に寄っていくのもアリかもしれない。

美術室での話が始まる前までは、実はそんなことをちらっと思ったりしていた。

でも、今はもう、そんな気にはなれなくて、足早に学校を出る。




何だろう。

今までのこのクラスでのオレは、ひとりでいることに対して特別な感慨を持ったりしたことはなかった。

オレの毎日はこの間、ひとりでいることがデフォルトで、そうでないことの方が珍しかったから。



それが今、オレの胸の中に浮かんでいる、この妙な感情は。



この間、久保の一件からこっち。

オレの横にはいつも誰かがいた気がする。

誰かしらオレの近くにやって来て、何かしら言っていた気がする。

鬱陶しいくらい、毎日のように。

それが、今日は。



空っぽのオレの横。

風がすーうっと駆け抜けていく。

秋風が冷たいというにはまだ早すぎる、この時期。


風がすーうっと駆け抜けていくのに、

風がなぜだか冷たく感じられるのに、

なんとなく奇妙な感情がオレにつきまとって離れない。


これは、一体。






風に背を押されたかのように、オレはふと、思い付いた。


バスに乗ってみようか、と。

真田がこの前、ひとりで乗って帰った、あのバスに。




卒業まで、あと半年もない。

しかも年が明けたらあっという間に共通テスト、受けた後にリサーチ(※)を出したら、そこから先は自主登校だ。

実質、まともに通うのは100日かそこら。


だったら、

いつもとは違う通学路を通って、

いつもとは違う景色を見たっていいんじゃないか?


柄にもなく、そんなことを思った。

なに、経路は違ったって、たどり着く場所は家で変わりはしないのだけれど。


ただ、

いつもとは違うことをしたら、


いつもとは違う気持ちになれるかもしれない、

いつもとは違う何かが分かるかもしれない、

いつもとは違う自分がいるかもしれない、

いつもとは違う未来が見えてくるかもしれない、


から、


だから、


そういうことに、しておこう。



あのバスに。

見慣れた町の名前が掲げられた、あのバスに乗るための、

これは、


ただ、それだけのための言い訳だ。


(たまたま今日が寝不足で、さっきからまぶたが半分、落ちかけているから、終点まで寝て乗っていけるバスに乗りたかった訳では間違っても、ない。いや、本当に。)




※リサーチ/

昨年までのセンター試験後の「センター・リサーチ」と同様に、今年の共通テストでも「共通テスト・リサーチ」という形で、受験者は自己採点をする。自己採点した結果が集計され、受験者全体の平均点や点数分布、各大学学部学科の合格判定予想などが公表される。それを元に、受験者は実際の受験校の確定をする。




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