3ー3 文化祭宣伝用動画「だからそんなの聞いてない」 撮影現場にて




動画撮影の段取りは当日、美術準備室で真田から説明された。



松川と2人で撮る前に、テスト版としてオレだけで撮る。

学校のある桜山駅から隣の松田駅までの一駅分をオレだけでテスト撮影し、松田駅で降りたところで内容を確認する。手直しや変更などがあれば、そこでチェック。その上で、松田駅から桜山駅に戻る時を、松川とオレとで撮る本番とするのだそうだ。

本番の内容は、井川が書いた台本を事前にもらっている。

真田が話していた通りごく簡単な内容で、読んだ時にはホッとした。

で、こちら、台本がないテスト版の内容は、口頭で簡単に説明されたのだった。



オレは電車のドア横に本を持って立つ。

それを隣り両サイドのドアから横向きにそれぞれスマホで撮影する。

メインカメラとして木崎。

反対側からはサブとして久保と川原。

後ろ側のドア前に陣取って、邪魔が入らないように見守るのが松川と真田、井川。

ガタイのいい松川が衝立ついたて役となり、それを2人の女子がサポートする。

(松川自身もコートの下に女装しているため。)

とにかく適当に立って本を読んでいればいいらしい。



さて、着替えさせられた、オレと松川の服装。

前回とは違う服だった(網タイツでなくて心底ホッとした。アレは二度とご免だ)。


今回は、

ペイズリー柄レースの黒い長袖ブラウスに、ミニ丈黒のギャザースカート。

その上から黒いベルベットのエプロン。オーガンジーの白いレースがエプロンの周囲をぐるりと縁取っている。

足は水玉模様の白いニーハイソックス。

(半袖、網タイツの前回より露出度は低く感じられて、少しはマシか?)

ゆるいウェーブがかかったセミロングの茶髪はもちろんウィッグ。

(帽子よりも顔が見えてしまうのは正直、痛い。なるべく顔に髪がかかるように下を向いていようと思う)

シルバーの小さめショルダーバッグを下げて、靴は5センチはあるだろう厚底の黒いサンダル。

(履くと背が高くなるのは気分としては悪くないのだが、スニーカーと比べたら歩きにくいことこの上ない。下手したら捻挫しかねないので駅に着いてから履き替えることになった。女子というのはよくもまあこんな靴で出歩けるものだと感心してしまう)

(ああ、それにしてもよくオレたちが履けるサイズ、見つけてきたな、とは思った。オレは26.5センチ、松川は28センチだ)

(松川もオレとほぼ同じような格好だった。思った以上に似合っていない。本人、めちゃくちゃ恥ずかしがっている。その姿を見て前回の自分がイメージできた。やっぱりクソ恥ずかしいよな)



学校から駅までの間は、着替えた服とウィッグの上からフード付きの薄手のロングコートを羽織り、頭から全身まで全てをすっぽりと隠した。足もなるべく見えないように、コート前側のジップは全部閉める。

さらにオレと松川の回りを全員で取り囲むようにして、駅まで足早に歩く。松川はデカいし人数も多いし、かえって目立ってはいないかと気にかかる。

それでも化粧している顔を上げることができず、オレは下を向いて歩いた。横の松川もデカい図体を縮めて足元だけを見ながら歩いている。

恥ずかしいなんてもんじゃない。とてもじゃないが顔なんて上げられない。

でも、電車内はその比ではなかった。

だって、校内ならまだしも、こんな姿で公共交通機関だぞ?

誰か知ってるヤツに万が一にでも見られたら、はっきり言って自殺もんだ。

それでもオレはまだマシかもしれない。松川はただでさえガタイがいい上に上げ底靴を履いているから車中でただ立ってるだけでも人目を引く。いくらコートで隠してるとはいえ、このテスト版だけででも誰かに見つからないことを祈る。

帰りの本番は、オレら二人だし、マジ胃が痛い。

ありえねーよ。泣きてーよ。

オレはぐっとこぶしを握りしめた。



ホームにはウチの高校の制服はほとんど見当たらず、いてもどうやら下級生らしいのがぽつりぽつりと立っているだけだった。

運がいい。有り難すぎて泣けてくる。

これならテスト版は誰にも見つからずに撮れそうだ。

本番は電車の向きが逆だから、ウチの高校のヤツらに遭遇する可能性は更に低いだろう。

ベンチに座って、松川と一緒に急いでサンダルに履き換えた。


さして間を置かず、電車が駅に着いた。メンバー全員で乗り込む。

メイクや着替えなどの支度をした分だけ下校時間から外れたせいか、車内はかなり空いていた。


オレは黙ってひとりドアの前立ち、下を向いて文庫本を開いた。

目が文字を追うが、頭には入ってこない。

気休めにページをぱらぱらとめくる。

しばらくして電車が緩やかに走り出した。

振動音が心臓の鼓動と重なってうるさい。耳元で響くようだ。

頭がぼーっとする。顔が火照る。

早く終われ、と心の中で祈る。

横目で両側を見る。

木崎のスマホが参考書の隙間からちらりと見えた。

和やかに話す久保と川原の2人の手元のスマホがこちらを向いているのが視界の端に映る。

くそったれ、と悪態をつく。

松川と一緒にこれをもう1回かよ、しかも2人で笑い合えって、んなことできるかよ。うまく笑える自信なんかこれっぽっちもねえよ、何なら泣きそうだよマジで。

がたん、がたん。くそったれ、くそったれ。がたん、がたん、くそったれ……。

リズミカルな振動に、少しばかり緊張が緩み始めてきた、その時。




🎥🎥🎥

※予定稿(井川のイメージ/ただしオレ、三崎目線で語らせてもらう)




背後に異変を感じた。


オレの後ろにはついさっきまで誰もいないはずだった。

なのに。


今、何か、荒い風のような、かすれた音が聞こえるのは、気のせいだろうか。

今、何か、やけに背中が熱く感じるのは、気のせいだろうか。

今、何か、尻の辺りにぶつかっている気がするのは、気のせいだろうか。

今、何か、硬いモノが押し付けられている気が……、


ぞくぞくと総毛立つ気配がしたのとほぼ同時に、電車はトンネルの中に入った。


轟音と共に、さっきまで明るかった窓の外が一瞬で暗くなる。

暗くなった外のおかげで、女の姿をしたオレがドアのガラスにはっきりと映りこむ。

そのオレの後ろに、


見たことのない男がぴったりと寄り添っているのが映った。


男はガラス越しにオレを見て、ニヤッと笑った、ように見えた。




と、言うことは……?

さっきからより一層、強く押し付けられているこの硬い感触は……、

え??

えええ???


体の中で、ざざざーっと血の気が引いていく音が、聞こえる。

狭まる視界の中で、男の顔がおぼろげに歪む。

お、お、おおおオレは今……。


カラカラに乾いた口からは、唸り声のひとつも出やしない。

ただただ、かさかさした呼吸音が聞こえるだけだった。







電車が駅のホームに滑り込むと同時に

「おい、大丈夫か?」

野太い声で腕を取られ、そのまま外へと下ろされた。


背後に感じていた気配は既になく、代わりに仲間に取り囲まれていた。

オレの腕を取っていたのは松川で、引きずられるようにしてホームのベンチに座らせられる。他のヤツらはベンチの周りに壁を作るようにぐるりと立っている。

オレの右横に木崎が座った。

左横に真田が座ると、

「お聞かせください」

ナレーターのような口調でいきなりオレに問いかけ始めた。

未だ動揺が収まらないオレは、何かに魅入られたかのように真田の問いに聞かれるまま答えていった……。




🎥🎥🎥




……と、🎥🎥🎥の間の説明のようになるはずだった、らしい。

らしいというのは、そうはならなかったからである。


では、実際はどうなったか。


以下の通りである。




📹📹📹

※撮影現場にて(同じくオレ、三崎目線で)



背後に異変を感じた。


オレの後ろにはついさっきまで誰もいないはずだった。

なのに。


今、何か、荒い風のような、かすれた音が聞こえるのは、気のせいだろうか。

今、何か、やけに背中が熱く感じるのは、気のせいだろうか。

今、何か、尻の辺りにぶつかっている気がするのは、気のせいだろうか。

今、何か、硬いモノが押し付けられている気が……、


不穏な気配を感じて、ぞわぞわと鳥肌が立った。

直後、



「やっぱ自分がされてあんなにイヤで傷付いたことお芝居とは言え三崎にするなんて絶対にダメ!ダメダメダメ!!」

「中学のこと唯一知ってる私が三崎騙すとかそんなこと誰が許したとしても自分の良心が許さないっっ」

「ごめんごめんごめんあんな写真くらいでオレの言いなりになったこいつのこんな姿オレとても見てらんねぇ」


悲鳴にも似たろくに聞き取れない言葉の固まりと共に、いきなりオレの背中にドンッと衝撃が走る。

とても立ってなどいられない。倒れ込みそうになる。倒れまいと必死で踏ん張る。

オレの身体の上には重たくて温かくて柔らかい固まりがいくつも重なり合っているようだ。

まるでラグビーのタックルのように。


ぐぇ。

つ、つつ潰れるっ。


電車の床が目の前に見えた。

オレはこらえきれず、スカート姿で床に這いつくばってしまった。

ヤバい。パンツが見える。

でも、こんなんじゃ隠したくても隠せやしない。

パンツ。パンツ。ああ、オレのパンツ。


何が起きたのか、さっぱり分からない。

分かるのは、重くて痛くて暑苦しい。ただそれだけだ。

身体も動かせないくらい、重い固まりが身体の上にあって、

しかもそれぞれが口々に何かずっとうわうわ言っている。


ん?

口々に??


潰されたカエルみたいな格好で脳みそを稼働させるのは骨が折れたが、必死で努力した結果、何とか分かったことは、


オレの身体の上に、人間が何体か乗っかっているという事実、


さらにしばらく潰されたままでいて、オレの身体の上でうわうわ言っている声をようやく聞き分けたことからは、


オレの上に覆いかぶさっている何体かの人間は、どうやら

久保と真田、宮地らしい、という事実、

ただそれだけであった。





予定通り、次の松田駅でオレたちは全員、下車した。




これ以外の事柄について、オレはこれ以上語る気にはなれない。




もちろん、この日この後、勉強も何もできなかったことは、言うまでもなかろう。



ただひとつ、言えること。

それは、







……オマエら!

こんな話は聞いてねえ!!











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