川原七奈 ③ 人に教えるのは人の為ならず自分の頭の整理と確認の為
トイレに寄ってからオレは教室に戻った。
川原は一足先に戻っているはずだ。
教室に入るとまっすぐに久保の席へと目を向けた。
久保の横には、
あ、川原が座って喋っている。
んー。
そうか、まあ、そりゃそうだよな。
仲がいいんだから当然だよな。
嫌なことがあった直後ならなおさらだよな。
でも、なんか話しづらい気もする。今の今だしなあ。
そんなこと言ってても、でも、だいたいはこの2人、一緒にいるか。
ま、仕方ない。さっさと突入だ。
「おい、久保」
オレの呼びかけに一瞬、久保はむず痒そうな顔をした。
その顔をすぐに引き締め、
「何よ」
昨日のことなんて何も覚えちゃいないみたいな顔に切り替える。
ほんと昨日からこいつ、すぐに表情がくるくる変わって、ついていけないことこの上ない。
「追加オプションの要求だ」
「何、それ」
「昨日、ジュース、唐揚げとポテト、アイスを請求したが、よく考えたらそんなんじゃまるで足りてないことに気付いたんだ。だから、のど飴か眠気覚まし用ガムを追加で要求する」
「えー? ウソっっ」
「ウソじゃない。なんならジュースはモンスターエナジーにしてくれ」
「だから言ったじゃん。今月お小遣いピンチなんだってば」
ふくれっ面の久保の横で、川原がくすくす笑っている。
「もう。七奈ったら。笑ってないで三崎に何とか言ってやってよ?」
「いや、私としては、代役を果たしてもらった手前、とてもそんなことは言えない」
「ウソ。七奈ったら私の味方じゃないの?」
「いつだって味方でしょうが」
言いながら、川原は久保にデコピンをかます。
「やだ。もう。痛い」
わざとらしく顔をしかめて、久保は手で顔を覆う。
「言い忘れたが、追加オプションのガムか飴は二人分だぞ?」
「どうして?」
久保が覆っていた手をパッと外した。目がでかでかと見開かれている。
「オレと川原の二人分だ」
川原が声を上げて笑った。
「三崎くん、やっぱいいひと過ぎ。私、そんなんじゃヤだー」
「え? 何、言ってんのよ七奈」
「だってガムか飴なんていくら何でも安過ぎない?」
「そ、そそそれは……」
「私だったらスタバのフラペチーノ。それも三崎くんと二人分」
「ま、マジ!?」
「マジもマジ。大マジだよ?」
「そんなの絶対、無理。無理ったら無理。私、破産しちゃうっ」
「バカだねえかをりったら。安いもんよ三崎くんと一緒なら。飲んでる間、勉強教えてもらえるよ? 分からない問題があっても、聞けばその場ですぐに答えてもらえるんだよ? 学年3位から落ちたことのない秀才が家庭教師やってくれるみたいなもんだよ? それを考えたらフラペチーノ代くらい何よ。親に『スゴくデキる友達が勉強、スタバで見てくれるって言うから』って頼みなって。絶対にスタバ代出してくれるから」
「お、おいっ。オレは勉強見てやるなんてひと言も言ってねーぞ?」
焦って口を挟むオレに、川原はにっこりと微笑んだ。
「いいじゃないの。三崎くんも、それくらい。それに、たまには違う場所で誰かと一緒に勉強すると、気分が変わってはかどると思うよ?」
「んなこと言ったって、ひとに教える時間がもったいないだろ」
「えー? ひとに教えるのは頭の整理と再確認にもなるから自分の為にもなっていい、って話、聞いたことあるけど?」
「再確認したいことを聞かれるとは限らない。そもそも再確認しておきたいほどの問題が現状、思い当たらない」
「何ケチ臭いこと言ってるの。三崎くんともあろう人が」
そう言って、川原は鼻で笑った。
「やっぱりここは、『お安い御用だ。任せとけ』くらい言って欲しい」
「何おまえ勝手なこと言ってくれちゃって」
「だって、三崎くんいつもひとりで勉強ばっかりでこんなことなかなかないんだから、一度くらい3人でスタバ行ってフラペチーノ飲みながら勉強したっていいと思うんだ。楽しいよきっと」
3人、と言われてふと目を川原から横にずらすと、久保がオレたちの会話を目を丸くして聞いていた。
ああ、そうか。
川原はきっと、久保の気分を盛り上げるためにこんな話をしているんだろうな、と突然、思い当たった。
久保はいつもと変わらないように見える。
見えるけれど、
そうではない。
とさっき、川原は言ってたっけ。
昨夜は泣いて電話してきたんだよ、って。
当分、久保はひとりでは電車には乗れそうにないと思うよ、って。
そりゃそうだよな。
昨日、あんなだったヤツが。
「ひとりで電車に乗れない」なんて今時、小学生でも言わないようなことを自分から言い出したヤツが。
なんか分かんないけどオレが後ろに立っただけで体をこわばらせてたヤツが。
そんな急にいつも通りに戻る訳が、ない。
だったら。
仕方ない、乗りかかった船だ。
オレも乗ってやる、か。
「楽しい勉強を求めている訳ではないが。
まあ、フラペチーノなら、飲んでもいいかと思う。
フラペチーノ付きなら、多少の質問には答えてやってもいいかと思う。
オレも忙しいから、無理にとは言わん。
久保が『ぜひ、お願いします』と頭を下げて頼むなら、聞いてやらないこともない」
「うわぁ。何、その上から目線。ありえなーいっ」
久保がひじ先を上下に振ってジタバタした。
「じゃ、三崎くんが了解してくれたから、かをり、あなた早速、今夜にでも親に頼みなね? 私はいつでもいいけど、三崎くんは?」
「オレもよっぽどのことがない限り、いつでも構わない」
「じゃ、そういうことで、かをり、がんば!!」
川原が久保の背中をバンッ! と勢いよく叩いたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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