川原七奈 ⑤ 勉強疲れを癒やすご褒美を用意しておくとモチベ維持につながる



スタバでのオーダーは結局、当初の予定通りフラペチーノになった。

と言っても、オレは座って席の確保と荷物番をしていただけで、女子2人が買ってきたのをありがたく受け取ったに過ぎない。


「はい。これ」


山盛りのクリームと、その上に何かは分からないがたくさんのトッピングが乗っかったフラペチーノを目の前にして、オレは思わずごくんと生唾を飲み込んだ。


実は今まで黙ってたけどオレ、甘いモノ、特に洋物生クリーム系には目がないんだ。しかも、ビジュアル系を見ると写真を撮らずにはいられなくなる。

オレは即座にスマホを取り出してフラペチーノを撮り始めた。



「すげぇなコレ」


アングルを変え、置き場所を変え、何枚も撮っていたら、事もあろうに2人がを撮りだした。


「ヤだ。三崎くんったらなんか可愛い」

「ほんと。そんな喜ばれたら奢り甲斐があるっていうか」


「何、勝手に撮ってるんだよ。肖像権の侵害だ」


慌ててクレームをつけるも、まるで聞く耳を持たない。


「そんなの知~らないっと」

「だよねぇ。いやしかしフラペチーノと三崎って絵になる組み合わせで超いい感じ」


さっきオレに「人の話、聞いてない」と文句つけたのはどこのどいつだよ?

おまえらこそ人の話を聞けよ!


「いやあ、いい写真が撮れた♪」

「私も♡」

「これ、SNSに上げようかなあ」

「あ、それ、いい」


「おおおお、おい。いいかげんにしろ。なんでひとの写真を本人の許可なく上げるんだよ。それマナー違反だぞ? 場合によっちゃ、軽犯罪だぞ?」


「ふふふ。ひどい慌てっぷりだねえ。勉強と違ってこういうのにはホント慣れてないんだねえ三崎くんったら」

「ほんとほんと。でもそこがまたウブで可愛いな~」


「ウブとはなんだ、ウブとは……!!」


「ちょっ、顔、赤くなってるよ? マジ可愛いんですけど♡」

「あー、目がうるうるしてるような? なんか色っぽいよ?」


「お、おおお、おまえらーっっっっっっ!」


「あ、クリーム溶けちゃう。早く飲もうよ?」

「うん。3人とも違う味にしたから、一口ずつ交換っこしようね?」

「ほら、三崎くんも早く」

「そうだよ、せっかくウチの母親にスポンサーやらせたんだから、早く味わってよ?」


オレがブチ切れる寸前に2人はするりと話の方向転換をして、さっさとフラペチーノを口に運び始めた。


こいつら。

絶対に確信犯だな。

オレをからかうだけからかってからの、このしらばっくれぶりは……!


腹が立って文句のひとつも言ってやりたいのだが、そこは目の前に好きな物がある悲しさ。

早く飲んでとフラペチーノがオレを呼んでいる。


ああ。マイスイートハート。

愛しのフラペチーノよ♡


オレはスマホを置くと、代わりにスプーンでもって生クリームとその下に隠されたドリンクを一緒に大きくすくって口に運んだ。



あ、

あああああ甘いっっっっっ!

顔が勝手にほころんでいく。溶けていく。

うううう嬉しいっ。幸せ!!


思わず目を瞑ってオレは幸せを噛みしめる。

脳内にセロトニン(※)が充満してきた気がする。

久しぶりに味わうこの幸せときたらどうだろう。

まるで天使たちが祝福のラッパを吹き鳴らしながらオレの周りを飛び回っているようではないか。

ああ、これはきっと神が我に与え給うたご褒美に違いあるまい。

日々の受験勉強の過酷さと、なぜか巻き込まれている今回の一件を癒やしてくれる、甘い甘いご褒美。


じーん、と満ちてくる幸せを口の中と脳内で味わっていると、またしてもスマホのシャッター音が聞こえてきて、オレは現世に引き戻された。


目を開けると、さっきと寸分違わぬ光景が。


「いやマジほんと三崎くんってば可愛いわ。フラペチーノ飲んでそんなうっとりした顔するなんてどんな女子よりも可愛いじゃないのよ。ってか、女子でもそんなヤツお目にかかったことないし。三崎くんがこんなにも可愛いなんて今まで全然知らなかったわ。詐欺だわこんなん。惚れる惚れてまうわヲタ女魂がうずくわ」

「いゃーん。七奈ちゃん抜け駆け禁止だよぅ。元々『メガネと前髪で隠してるだけで三崎ってば超美形だよ? ヘタな女子よりよっぽどキレイだよ?』って教えてあげてたの私じゃん。ダメだよ勝手に推し活始めちゃ」


2人でキャッキャ言いながら、スマホでオレを撮っているではないか。


「ざけんな畜生。いいかげんにしろよ」


止めるために必死なオレの言葉も馬耳東風。マトモに聞いちゃいねえ。

神様からの贈り物を味わうこの至福のひと時をあざ笑うかのような所行の数々。

もももももうこれ以上我慢できるものか。

かくなる上は、ついに伝家の宝刀を抜く。抜いてやるっっ。


「そんなんだったら勉強なんてみてやんないからな!」


よし。言ったぞ。言ってやったぞ。

ははは。どうだおまえら。

何かオレに言うことはないか?

ん? 言い訳でも何でも言ってみろ。

オレはおまえらとは違って、聞く耳くらいは持ち合わせてるからな。


オレの渾身の一撃を受けたはずの川原は、何の動揺も見せず、逆に悪魔のような笑みを浮かべて、一言。


「いいわよ。だったらその代わり、コレ没収するだけだけど?」


言うなりオレのフラペチーノを、すすすすっと自分の手元に引き寄せていくのであった――。









※セロトニン/”幸せホルモン”と呼ばれる、脳内で働く神経伝達物質のひとつ




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る