真田有未 ② 受験は心理戦の部分も大きいので豆腐メンタルは鍛え直しておきたい
オレのマヌケ面は、このままでは屋上で浴びる西日のおかげでいい感じにオレンジ色に焼けそうである。
日焼けするのは一向に構わないが、このまま真田と2人、だんまり比べ&にらめっこなのは、はっきり言ってお手上げである。心の中とは言え、まさか真田に壁ドン食らうとは思ってもいなかった。追い詰められた感、切実である。
なにせオレはこういう心理戦にはむちゃくちゃ弱いのだ。弱いなんてもんじゃない。この手の勝負で勝った記憶がない。そういうレベルである。
たまには沈黙に打ち克ちたい。
誰が何を言おうと、
いや、
どれだけだんまりを決め込まれようとも、
それ以上にしれっとふてぶてしい顔をしてスルーし続けていられるような、
そういう人間に、オレはなりたい。
こういう時、いつもオレはそう思っているのだが、現実はかくも無残にオレ自身を裏切る。
「……分かったよ、やればいいんだろ。やれば」
とオレから言い出すところまでひとり勝手に追い詰められての、自爆。
今回も呆気なくオレの負けと相成った。
悔しい。我ながら悔しすぎる。
反対に、真田はオレの両の手を即座に取ると力強く握りしめ、さっきまでのだんまり比べがウソのように熱い熱い言葉を吐き出した。
「三崎なら絶対に分かってくれると信じていた」
それこそ涙の一粒でも二粒でも流しそうな勢いである。
コレは演技だ。さっきまでオレとにらめっこをしていた真田が、涙なんて流すはずはないのだ。
そう思おうとしてはみても、ついグッときてしまう真田のひたむきな眼差し。
ああ、オレのバカ。
「ありがとう。ありがとう。三崎にはなんと礼を言っていいか」
真田の言葉が熱く繰り返される。
「詳細は、決まったらもちろん、すぐに三崎に伝える。なに、三崎の手を煩わせるようなことは何もないから、いつも通り心置きなく勉強に励んでいてほしい」
その詳細が怖いんだ、とは言い出せなかった。
言い出したところで、大丈夫、と言われて笑って取り合ってはもらえないのも分かっている。それでもしつこく言い募ったが最後、例の鋭い視線で斬り殺されるだけだ。
オレはただ、苦虫を噛み殺したような顔をしていることしかできない。
真田との付き合いは、ここだけの話、他のクラスメートたちよりも長い。
中学から一緒なのだ。
少しばかりやんちゃな生徒が多い中学だったので、この高校に進学したのはオレたちの他にはあと1人しかいない。
真田は、だから中学時代のお互いを知る、ほぼ唯一と言っていい高校の人間なのだが。
オレには高校の連中には絶対に知られたくない、中学時代の過去があった。
💄 💄 💄 💄 💄
今でこそオレは帰宅部で、受験勉強一辺倒の生活を送っているが、中学当時はこれでも一応、サッカー部に所属していた。
いや、もちろん、やんちゃなヤツらばかりの中学の、そのまたサッカー部でなどレギュラーを取れるような実力はハナからなかった。ではなんでそんな所にいたかと言えば、たまたま小学校の時からサッカーをしてきていて、そのままの流れで入ってしまった、ってだけの話だ。
で、入部して約半年。
中学1年、初めてのサッカー部夏合宿。
先輩が「家にあったから」とチャイナドレスをこっそり持ち込んで、夜中に後輩に無理やり着せて回った。
ガタイが良すぎてファスナーが閉まらないヤツ、ツンツルテンでてるてる坊主みたいに見えるヤツ、どう見てもエグいとしか言いようのないヤツ……。
要は、全くもって似合わない1年坊主たちを、先輩たちが指差しながらゲラゲラと笑い物にすることだけを目的としていたはずだったのだが。
オレが着た時だけ、先輩たちの目がいきなりマジになっちまったんだ。
「いや、脱がないでそのままでいて」
「その格好でずっといてくれたら夜の片付けはオマエだけ免除でいいわ」
「それで膝枕してくれるんならレギュラーナンバーやってもいいレベル」……。
オレは先輩たちの仮想彼女じゃねえ、つーの。と思いながらも、ソコは運動部男子、上級生には逆らえない。
へらへら笑って誤魔化すしかなかった。
ついでに同級生からも、
「なんならオレ的にはオマエが学年一可愛いかもしれん」
「も、週末、試合より女装のオマエとデートしたいわ」
「プリクラ一緒に撮ってスマホに貼っておきたいんだけど」
って、どの面下げて言ってんだよおめーら。発言をGETしてしまった。
そんな言葉は要らないどころかはた迷惑なだけだから、そっちには即、ケリを入れて返却してやった。
ところが、
「そのスリットから開いて見える足が
とか何とか言われてかえって喜ばれた日には、おちおちケリも繰り出せなくなってしまって、全くもってヤブヘビとしか言いようがない。
その後の一時期はマジ、部活辞めようかと悩んだくらいだった。
だって、マトモに蹴れないサッカー部なんてダサいどころの騒ぎじゃない、イタいだけだろ?
辞めなかったのは、チャイナドレス持ち込んだ先輩に泣きながら謝られたからだった。
「三崎、オレが悪かった。謝るから、頼むから、辞めないでくれ。おまえが辞めちまったらオレが皆に恨まれる」
勝手に恨まれてくれ、と言えたらどんなにラクだったことだろう。
言えなくて歯を食いしばっているうちになんとかイップス(※)もどきを乗り越えられたのは不幸中の幸い、だったのかどうか。
そんな話が夏休み明けの学校で静かに流布するようになるまでに、たいして時間はかからなかった。
気がつけばオレは一部のマニアの間で『
らしい、というのは、さすがにオレに向かって公言するヤツはいなかったからオレ自身は気付かなかっただけで、真田言うところによれば男女問わず結構な数の人間が入っていたとかいないとか。結局そのファンクラブは、オレが卒業するまでの2年半、ずっと続いていたそうだ。
どこまでが本当の話なのか、オレは知らない。知りたくもない。
💄 💄 💄 💄 💄
「あの頃の三崎って菊中の影のアイドルだったよね?」
3年のこのクラスになって早々、オレだけに聞こえるような小声で真田に囁かれたのは、一体、何の時だったろう。元の話題、それ自体は覚えていない。
記憶に黒々と刻まれているのは、囁かれた、そのこと自体の衝撃の大きさだ。
囁かれた瞬間オレは、証拠隠滅に成功して今頃は地面の下で跡形もなく消えて無くなっているだろうと思っていた過去をいきなり当時のままの姿で掘り起こされたショックで、遺跡に埋まる古代ローマ時代の石像と化した。
この女はオレに何を要求しているのかと、疑心暗鬼にも陥った。
挨拶代わりに声をかけただけ、とあの時の真田は言った。
「中学時代はクラスも一緒になったことなかったから、どれだけ可愛いんだか近くでよく見てみたいとずっと思ってたんだ。でも、実際にこうやって間近で見ると、想像していたほどでもなくて、残念なんだか女子としてホッとしたんだか、自分でもよく分からない」と笑ってたいた。
そんな真田をオレは無理やり信じ込んで、今日までを過ごしてきた。
実際、ここまではたしかに何も起きてはいなかったのだ。
が、
今、こうなってみると、あの時からずっと真田にはオレに女装させる計画があったんではないかと勘ぐりたくもなってくる。
だって、あの中学時代のオレの女装伝説を知ってるからこその、ポスターモデルに続く、この強引とも言える動画撮影話としか思えなくはないか?
そんなことはないはずだ、これはただの偶然だ、と自分に言い聞かせているのだが。
「中学の時の三崎って、メガネなんてかけてなかったと思うんだけど?」
これも同じ時に真田から言われた言葉だ。
その通り。
オレは実はコンタクトを使っている。
コンタクトは中学からだ。
サッカーではふつうのメガネだと危険なのでそのままでは試合に出られない。なので、中学になった時にコンタクトに変えた。小学生の時まではサッカーをする時は、いわゆるスポーツ用度付きゴーグルを使っていた。
ではなんで今、メガネをかけているかと言うと。
ダテである。
顔を隠すための度無しメガネ、だ。
度無しのメガネの下で、コンタクトを入れて使っている。
これがなかなか便利で、顔を隠せるメリット以外にも、花粉除けサングラスにもなっているし、目が疲れている時はダテメガネ+コンタクトではなく、度が入った同じフレームのメガネを密かに使い分けていたりもする。
オレは高校でまた女装させられるのだけは避けたかったし、『
そのために、
過去は必死で隠し、
隠せる顔はメガネで隠し、
イップスもどきだったサッカーを辞め、
先輩に従順であることを要求されがちな運動部には入らないと決め、
その代わりと言う訳ではないが、ひたすら勉強に打ち込んできたのだ。
その甲斐あってかオレの高校生活、今の今まで”女装”という言葉と無縁で過ごせていたのに。
それなのに、ああ。最後の最後で……!!
それでも、
中学時代の黒歴史が白日の下に晒された訳ではないのだ。
そうオレは自分に言い聞かせる。
これはただたまたまであって、運が悪かっただけであって、ただの人助けであって、
それ以上でもそれ以下でもないのだと。
真田はあれっきりひと言もオレの過去について言及しては来ない。
だが、この中学時代の黒歴史を押さえられている身としては、
そして勤王の志士の如き冷静かつ観察力に優れた目を持つ相手として、
真田にだけは恐ろしくて逆らえない。
真田がオレにとって”人外”なのは、つい”様”付けで呼んでしまうことがあるのは、こうした事情に
オレのトップシークレットである。
※イップス/
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレー(動き)や意識ができなくなる症状のこと。
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