第二十八章 忍び寄る影
先日あった砲撃に関してセヴィニー家のジュード王は家臣達と相談していた。ダニエル王から受けていた知らせについて話し合っている。
「それにしても何故人間共は急に砲撃を開始したのであろうな。ラウファー家のダニエル王にも尋ねてみたのだが、向こうも分からぬとのことだ。幸い向こうの被害は大したことは無かったようだが」
大臣が待ってましたとばかりに答えた。
「陛下、恐れながら申し上げます。まだ噂レベルで根拠はないのですが、兵たちの間で広がっている情報が一つ御座います」
「何だ? 申してみよ」
「内通者が居るのではないかという噂で御座います」
「内通者? 」
「はい。どこの誰だかはっきりとした情報は未確認ですが、内通者の噂が流れております。先日当家にて開催された舞踏会があった後から何故か急に事件が起きております。あの日様々な者が出入りしておりました故、当家やラウファー家に曲者が侵入した可能性も考えられるかと」
ジュード王は人差し指で額を抑えながら唸り声を上げた。
「ううむ。望ましくないが、全く考えられないことはないな。早いに越したことはない。即刻調べさせよ」
「は!
大臣が一礼をしてジュード王の手前から辞した。
「次から次へと一体何なのだ……」
ジュード王は独りごちた。
それから数日後、用事
「久し振りだなリア。アディが最近変なのだ。お前何か知っているか? 」
「特に何も聞いていない。最近アディには会っていないが、一体どうしたと言うのだ? 」
「アディの奴、来たる戦争に備えて魔術の研鑽をするとか言って暫く自室に籠もっていたのだが、それから丸三週間部屋から一歩も出てこなかったのだ。やっと部屋から出てきたと思えば何とか歩ける程度で、とてもじゃないが部屋で暫く休むように伝えたのだ。我が妹ながら私も彼女の魔術の実力は素晴らしいと思っているし、兄である私の上だと思っている。しかし幾ら何でも修行にしてはやり過ぎだ。何かあったのではないかと思ってだな。父も流石に婚儀の件に関しては今
「……アディが? 今は……会えないよな」
「お前なら良いと思う。近い内に来てくれぬか? アディの奴、何故か私には何も話してはくれぬのだ」
リアムは顔色には出さず答えた。
「お前に心配を掛けたくないのだろう。昔からアディはそういうところがあったから」
「……だと良いのだが」
アルバートが額に皺を寄せる。
「明後日辺りに伺うよ」
「是非そうして欲しい。父にも伝えておく」
リアムの返事を聞くと、安堵したのかアルバートは少し表情が緩んだ。それを見たリアムは少し胸がんだ。
その日は曇天だった。空気に湿気が籠もっていてじとっとしている。空は今にも泣き出しそうな色だ。
リアムがセヴィニー家の城を訪れると、事前に指示が出されていたのか、使用人に即アデルの部屋に通された。この城でリアムは現在立場がアデルの婚約者である為、気のせいか妙に待遇が違う気がした。
リアムは寝台に横たわるアデルを見て絶句した。顔色が悪く生気がない。先日会った時と様子があまりにも違う。
「アディ……? これは一体……」
リアムの声に反応したアデルが戸の方に顔をゆっくりと向けた。目の下に隈が薄っすら浮かんでいる。
「リア……来てくれたんだ。私ちょっとやり過ぎちゃったみたい。これでも手加減したんだけどねぇ」
アデルは力なく笑った。
リアムは咄嗟にアデルの右手首を掴んだ。途端に顔が青ざめる。
「……アディ……」
「大丈夫よ。変な病気とかそんなんじゃないの。さっきも言ったでしょ? 『やり過ぎた』って。“気”を全部使い果たした訳じゃないから。全回復するのに時間がかかっているだけ」
アデルが強気振っているのは口調で分かるのだが、
「君はやっぱり無理したんじゃないか? 少しじっとしていて」
リアムはアデルの右手首を掴んだまま左手の人差し指を
ラウファー家は回復魔術を得意とする家系である為、怪我や状態によってはある程度治癒させることが出来る。文字通り医者要らずだ。受傷程度によって消費する“気”の量も様々である。よって受傷者が瀕死や重症だとお手上げだ。蘇生術は尚更専門外である。
時間がどれ位経ったのだろうか。
アデルの顔色が良くなってきたのを確認して、リアムは左手の人差し指をアデルの右手首から外した。
「……これ位ならどうだろう。アディ、少しは気分は良くなった? 」
「……ありがとう。貴方の回復魔術は凄いわね。もう普通に動いても大丈夫そう」
寝台から起き上がろうとするアデルをリアムは手で制した。
「まだ駄目だよ。“気”も半分位
リアムはアデルの頭をそっと撫でる。アデルはふっと安堵の笑みを浮かべた。それを見てリアムは安心する。やっと元のアデルに戻った。
「何か卑怯だけど、まだ“婚約解消”の話しを父にしてなくて良かったかもしれない。偶然とはいえ、こうやって屋内でゆっくり話せる機会が得られたんだもの。お願い。このこと兄上には……言わないでね」
「分かった。だが、あまりアルビーに隠してばかりだと彼が心配する。露見した時に彼を余計に傷付けてしまうよ」
暫く音の無い時間が流れた。
急に窓から光が入り込む。
轟音がした途端、激しい雨音が響いてきた。
雨の雫が葉に落ち、跳ね上がる音が響く。
今日は天候が悪い。
先に沈黙を破ったのはアデルの方だった。
「折角来てくれたのだから、今の内に話しておくわね。寧ろ今しか言えないかもしれない、そんな気がする。一度だけしか言わないから絶対に覚えておいてね。リア。貴方は“アトロポスの泉”は分かる? 」
「ああ、知っている。願いが叶うと噂に名高い泉のことだね。いつもの草原の森の奥深くにあった」
アデルは覚悟を決めたような口調で話し始めた。
「もしこれから先何かがあってどうしようもなくなった時はアトロポスの泉に向かってね。勿論クレア様と一緒に」
「何故? 」
「詳細はまだ話せないけど、泉に行けば分かるわ」
「……分かった」
何故今のタイミングでその話しが出たのだろうとリアムは不思議に思ったが、アデルに何か考えがあるのだろうと思い、敢えて聞かなかった。
「アルビーに声掛けてくるよ。彼は君のことをずっと心配していたからね」
リアムは右手を振り、結界を解いた。今迄の二人の会話が外に漏れていないことを示す。
リアムがアデルの部屋を出て数分後、アルバートは急ぎ足で部屋に入ってきた。
「……良かった! 顔色がすっかり戻って。リア、感謝する。アディ! お願いだからもう心配掛けないでおくれ……」
アルバートはアデルを抱き締め、頭を撫で回す。あまりに強く抱擁するものだから肺が圧迫され、アデルは咳き込んだ。
「げほごほ……兄上、苦しい。心配掛けてごめんなさい。私はもう大丈夫だって、リアも言っているわ」
抱擁を解いたアルバートはリアムに向き直る。余程きつかったのか、アデルは咳き込みながら顔を真っ赤にしている。
「リア、ありがとう。感謝する」
「ああ、私も安心したよ」
リアムは複雑な心境を顔に出さず、微笑んだ。
「早く戦争が落ち着いてくれたらこの婚儀が進むのだが……非常に残念だ」
婚儀云々は兎も角、戦争が落ち着いて欲しいのはこの場にいる全員が同じ気持ちだった。
しかしこの三人の願いは虚しく、これから数日後龍王族と王族間で事件が勃発し、開戦の流れとなってゆく。
戦火が少しずつ広がり始め、リアムとクレアは会えなくなっていった。
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