第五章 ガルシア家

 人間の国「オグマ」からやや北側に龍族の国「ベレヌス」は位置しており、オグマのやや西側に人間と龍族の共和国「エリウ」は位置している。


 龍族と人間の戦いが終結後、世界は四百年間平和な時代が続いており、三つの大きな国は形式上別れてはいるものの、旅行や仕事で往来する様々な種族混在であふれかえっていた。国を越えると言っても隣町に行くようなものである。


 ベレヌスは現在四つの龍族によって支配されている。月龍族の国「エウロス」、火龍族かりゅうぞくの国「ゼピュロス」、風龍族ふうりゅうぞくの国「ノトス」、土龍族どりゅうぞくの国「ボレアース」。


 ベレヌスでエウロスは東、ゼピュロスは西、ノトスは南、ボレアースは北に位置している。


 龍族は魔力を持ち、力が強い者ほど人型を自分の意思でとることが出来、力が無いものは龍体のままである。各国は龍体と人型とを自在にとれる種族によって主に支配されており、龍体のまま生活しているものもいる。街中は龍体のまま移動するものと人型をとれるものの共存で中々賑やかである。龍族は殆んどが飛行能力を持つ。飛行する以外は人型で生活するものが多い為、街中は見た目人間の国とあまり相違ない。人型をしている龍族が多い為、店によっては店員の殆どが人間の所も多い。


 エウロスの中心部、セレネーにガルシア家の屋敷は建っている。ガルシア家は何人かの使用人と兵士を抱えており、常に備えをおこたららぬ様鍛錬を行い日々精進していた。使用人も常日頃は非戦闘員ではあるが、非常事態の際は守り手になる位の力を持っている。




 あくる日のエウロス、ガルシア家の屋敷にて。主人であるルーカス・ガルシアが、その息子であるサミュエルを自分の書斎に呼び出していた。


「お呼びですか、父上」


「サミュエル、お前が先日連れて来たアシュリン嬢はその後どうだね」


「医師の見立てによると今のところ経過良好とのことです、父上。ただ、心身の衰弱が激しい為、暫く静養が必要だと思います。彼女のことはハンナに任せておりますので、心配は御無用かと」


「そうか。彼女が回復次第挨拶に伺おうかと思ったまでのこと。昔お前を助けてくれた恩人だそうだからな。しかし、何故当時言わなかった? 不慮の出来事は誰でも起こりうること。恥ではない。困った時はお互い様だ。まぁ、その分今礼を返せば良い話しなのだが」


「あの時は、子供心ながら父上に心配をお掛けしてはと思ったもので、申し訳ございません。お心遣い感謝致します、父上」


「うむ。もうそろそろお前の兄、テオドールが戻る筈だ。二人揃ったら話したいことがある」


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「誰だ」


「テオドールです、父上」


「入れ」


 ドアを開けると、サミュエルとは雰囲気の異なる一人の精悍せいかんな青年が入ってきた。ルーカスの長男であるテオドール・ガルシアである。


 父親似であるテオドールと母親似であるサミュエルは、血の繋がった実の兄弟だがあまり似ていない。長身のテオドールは堂々たる体躯でがっしりとした骨格をしている。サミュエルも長身で兄同様鍛えているのだが、体格に恵まれた兄に比べると、どうしても華奢に見えてしまう。勇ましく男らしい美貌のテオドールと、麗しく気品のある美貌のサミュエルは、ガルシア家で期待される星である。弟は二つ年上である兄を敬い、兄は弟を慈しんでおり、兄弟仲は大変良い。頭脳明晰で戦力は抜きん出て共に申し分ない。得意不得意はあるがお互い補い合える、理想的な双傑である。


 ルーカスは二人の息子達を見ながら、眩しそうに目を細めた。


「ウィロウも生きていたら、自慢の息子達の雄姿にさぞ喜んでいただろう……」


 ルーカスの愛妻であり、テオドールとサミュエルの母であるウィロウ・ガルシアは元来がんらい身体が弱く、サミュエルが四つの時に病気で他界していた。


「只今戻りました父上。大事な話しがあるとのことですが、如何なされました? 」


「うむ、先日の他龍三家との会議で話題に上がったことだ。戦後四百年経つ現在、ずっと平和な世の中が続いている。オグマ、エリウ、ベレヌスと互いに良好な関係がこれまでずっと続いていた。しかし、近年その均衡が破られかねない事件があちこちで起きている。二人とも先日隣街のアルティオで起きた事件のことを知っておるな? 」


 エウロスのアルティオは繁華街で、様々な店が並び大変賑やかな都市である。その中の大型施設の店を何頭かの龍が突然襲撃し、訪れた客及び店員に五十人もの死傷者を出した。その店は特に従業員の内人間の占める割合が多い店だった。


 エウロス以外の国では謎の爆発事件により死者約二百人、負傷者七千人が出ている所もある。


 必死の捜索は継続中であるが、事件の当事者であり主犯とされている龍達は未だ発見されてない。このような「人間と龍族」に関係する事件があちこちで起こり始めているのだ。


「現在と違い四百年前は人間と龍の共存が信じられない世の中だったそうだ。争いごとが絶えず、普通に戦争ばかりしていたらしい。寿命がせいぜい百二十年位の短命種である人間と軽く千年は生きる長命種である龍では生きる時間も異なる。種族特有のものの見方、価値観の違いも当然ある。混合種である我ら一族の場合は縁者に人間がいる分、その“すり合わせ”をするのに慣れており、理解力はある方だと自負しておる。しかし、混血を良しとしない者だって当然いる。差別も当然存在する。不満を溜めた者が集い騒動を起こしているのでは……というのが大多数の意見だ」


 しかもベレヌス内に留まらず、エリウ内、オグマ内でも首謀者不明の事件が起きている。


「今はまだそこまで影響はないが、これから先世の中がどう変化するか皆目見当がつかない。二人共、各々の任務を継続して遂行しながらも近辺に重々注意を怠らないように」


「承知致しました」


 二人共ルーカスの書斎から辞した。


 自分達の部屋に戻る途中、テオドールは弟に声を掛けた。



「サム、父上の言われる“事件”以外に何か小さな異変等は聞いてないか? 」


「特にまだこれと言って耳にしておりません。兄上は何かございますか? 」


「気掛かりなことならある。お前がオグマのケレースから連れて来たアシュリン嬢だが、彼女は確か火事に巻き込まれたと言ったな。彼女の家が火事に遭った日が、丁度近日の事件の時期とそう変わらないのだ。主犯が関係している可能性が高く、彼女も誰かに命を狙われている可能性がゼロではない。当家の客である以上当家が守らねばならない義務がある」


「その件に関しては重々承知しております。私が常に気にかけるようにしている上、既に彼女には“守り”をつけております」


「ひょっとして“月白珠”か? 」


「そうです。どうやら発動した模様です。お陰であの火事の日、私が駆け付けるまで月白珠が彼女を守っていてくれました」


「そうか……お前は彼女に月白珠を既に渡しているのか。しかも発動まで?  それは初耳だ。その状況を詳しく説明してくれないか? “月白珠の発動”は今まで耳にしたことがないのでな。分かる範囲で構わない」


「それでは続きは私の部屋で致します。どうぞこちらに」


 サミュエルはテオドールを自室に招き入れた。

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