第七章 旧友

 ある日の昼下り、自分の管轄内の兵士への指導と鍛錬を終え、自室に戻る途中でサミュエルは使用人の一人に声をかけられた。


「サミュエル様、ランドルフ家のウィリアム様がお見えです。仰せの通り、サミュエル様のお部屋にご案内しております」


「そうか……どうもありがとう」


 サミュエルが自室の戸を開けると、椅子に腰掛けていた金髪碧眼の美青年が振り向いて悪戯っ子のように微笑んだ。緩くウェーブがかかり腰まで伸ばした蜂蜜色の髪を赤いシルクのリボンで結んだウィリアム・ランドルフは、艶やかな印象を与える。清廉潔白な印象を与えるサミュエルとは正反対だ。


 ランドルフ家は火龍族の国ゼピュロスを治めている名家で、ガルシア家とは親交がある。ウィリアムはランドルフ家の長男であり、サミュエルとは幼馴染みで、学生時代も共に学んだ旧知の仲だ。互いに長所短所知り尽くしている。


「よぉサム! 最近どうだ? 」


「特に変わりはない」


「またまた! 聞いたぞ! お前娘を一人かくまっているそうじゃないか。真面目一辺倒で恋人一人居なかったお前にも、到頭春が来たようだな」


「困っている者を助けただけのこと。昔馴染みの一人だ。お前が喜ぶような話題ではない」


「……で、どんな娘だ? 」


「普通の娘だ。お前に話す必要はない」


「つれないなぁ。これでも同じ学院卒の同級生だというのに」


「ウィル、お前は私に無駄口を叩きにわざわざゼピュロスから出てきたわけではあるまい」


「勿論。エウロスまでただの物見遊山で来たわけではないさ。エウロスに久し振りに来たかったというのも嘘ではないがね」


 ウィリアムは手にしていた紅茶の器を優雅な仕草で皿の上に置き、真紅の上着の袖から伸びた白い指先に輝く毛先を巻きつけながら話し始めた。


「ベレヌス内のみならず、その他の国でも最近謎の事件が起きている。主犯はどうやら純血の龍族が絡んでいるのではと、私は聞いている。だが、龍ばかりではなく、人間がいる情報も入ってきた。もっと詳細を知らねばならぬな」


 ウィリアムは饒舌で人馴れしやすい性格上軽薄な印象がつきまといやすいが、中身は決してそうではないと言うことをサミュエルは知っている。久し振りの旧友との時間はあっという間に過ぎてゆく。




「……ところでウィル、小父上おじうえはお元気か? 」


「私の父か? 相変わらず元気だよ。早く嫁御を貰って身を固めろ固めろとうるさい。次男坊のお前が気楽で羨ましいよ」


 茶菓子として出されていた焼き菓子をサクサクと齧りながらウィリアムは渋々答えた。エウロス特産ロムの実をたっぷりと生地に練り込んだ焼き菓子は、ロムの実のほっこりとした優しい甘さが癖になる、エウロスで人気の菓子である。


「私の父は口に出さないだけで、心では思っているだろう。無理強いするような人ではないが、本当は早く落ち着いて欲しいと思っているに違いない」


「お前のお父上は凄いよな。お前が四つの時に伴侶を亡くして以来ずっと一人なんだろう? 」


「父は一途な性格だから」


「お前も一本気なところがあるから、父親似だな」


「お前は遊び過ぎだ。程々にしろ」


「まあまあ、遊びも必要だ。その内呑気なこと言っていられなくなる日が来るかもしれないからな。今の内楽しんでおかないと、後悔するぞ」


「うむ。後悔のない生き方なんてないと思うが…その考え方には一理あるな」


「出来たら昔みたいにお手合わせ願いたいものだが……久し振りに一勝負どうだ?」


 ウィリアムは腰に帯びた柘榴ざくろ色の鞘に収められた剣をちらつかせながらサミュエルを誘う。術で出した小さな炎の玉を右手の指先で操りながら、本気なのか冗談なのか分からないような微笑みを垂れ目に浮かべている。


「……やめておく。此処でお前と勝負なんてしたら火災で大惨事になる」


「……そう凄むな。本当にお前は生真面目なんだから。冗談を真に受けるなよ。今のお前と私が本気の喧嘩なんてしたら屋敷どころか国ごと崩壊しかねん」


「学院時代はお前のせいで私もどれだけ巻き添えの叱責を受けたことか。よもや忘れておるまいな」


「覚えているさ! あんな愉快なこと中々ないからな。そりゃあ、悪かったと思っているさ。反省したって。幾ら自己防衛とは言えやり過ぎて学院の器物破損やら建物損壊と色々散々やらかして、当時優等生のお前まで巻き込んで罰を受けさせてしまったんだからな。父上の雷も落ちたし。だがその代わり私と組んだ実施型試験の時は歴代最高得点で表彰されたではないか。相性という意味では他の奴らは比じゃない。ついお前とは運命の糸で結ばれているんじゃないかと思ってしまった位だ」


「誤解を招く言い方はよしてくれ」


「あの頃は自分のこと以外何にも考えなくて良かったし、何もかもが新鮮で本当に楽しかったな」


「それは同感だ」


 二人共声をたてて笑った。童心に帰るとは、このようなことだろうか。


「ではそろそろ失礼しようかな。そこから出るから見送りは結構。小父上に宜しくな。今度お前もうちに遊びに来い。父はお前がお気に入りだからな。丁寧にもてなすぞ」


「近い内にそうさせて頂こう。小父上に宜しく伝えてくれ」


 ウィリアムは昔よくそうしたように窓から飛び降りた。一頭の真っ赤な火龍が身を翻しながら、あっという間に蒼天そうてんの彼方に消えてゆく。


 相変わらず奔放でマイペースな幼馴染みに苦笑しつつ、サミュエルは自分の紅茶の器に口をつけた。茶葉を煮出し過ぎたのか、少し苦味を感じる。


「ノトスのエドワードとボレアースのザッカリーにも連絡をとるべきか……? 」


 皿に器を置きつつ、他の国に住む旧友達の顔を思い浮かべた。手紙を出してそれとなく探ってみようか。サミュエルはインクの壺を引き寄せ、ペンを手にとった。

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