邂逅編

第一章 出合い

 ここは人間と龍が共存する世界。


 人間しか居ない国、人間と龍が共に住む国、龍しか居ない国……と三つの大きな国で成り立っている。


 人間しか居ない国「オグマ国」の小さな町、ケレースである出来事が起こった。よく冷え込んだ、冬の日の出来事だった。


 その日ケレースでは朝から雪が降っていた。昨日から降り積もっている雪がまだ溶けていないのに、更に降り続いている。


 夕暮れ時人通りも少なくなってきた中、アシュリン・オルティスは家路いえじを急いでいた。友達と遊んでいてすっかり帰りが遅くなったのだ。


「ついつい時間が経つのを忘れてしまったわ。私ったら駄目だめねぇ全く。また母さんに怒られちゃう」


 アシュリンはこのケレースで生まれ育った、八歳の少女だ。栗色の美しい髪と瑠璃るり色の瞳を持ち、太陽のように明るく優しい性格で友達も沢山たくさんいる。今日は友達の家にお呼ばれで行き、普段より帰りが遅くなってしまったのだ。いつもならかく、足元が悪い雪の日なら尚更なおさら帰宅時間が遅くなってしまう。


 煉瓦れんがの建物を左に曲がった時、アシュリンは何かが陰に隠れながらも壁に寄り添うように倒れているのを見つけた。犬位の大きさのそれはどこから見つけて来たのか、灰色のぼろ布をまとっていた。その布の端から透明な角と尻尾が覗いている。どう見ても物乞いではない。


 アシュリンはそっと布を外してみた。すると、水晶のように輝く角を持ち、げっぱくしょくうろこに覆われた美しい生き物が姿を現した。


「これは……ひょっとして龍? 」


 人間しか住まないこの町で龍を見た者は皆無であったが話しには聞いていた為、特徴ですぐにそれと分かった。四百年前まで人間と争っていたという龍族。しかもその子供。アシュリンはその龍に想像していたより案外恐ろしさを感じなかった。むし何処どこかで会ったような、そんな妙な懐かしさを感じていた。


 その龍の子供は目を閉じ、ぷるぷると震えていた。寒いのだろうか? それとも何かにおびえているのだろうか? 彼女は胸のあたりをきゅっと締め付けられるような感じを覚えた。


 それの額に恐る恐る小さな手を当ててみると、酷い熱だった。鼓動が速く呼吸も荒い。このままでは死んでしまうと思ったアシュリンは龍の子供を布ごと抱き抱えて家まで運んだ。途中、それは震えながらも身体をそっと擦り寄せてきた。やや慌てた彼女は自室で人目がつかない場所に何とか運び入れ、毛布で包み膝に乗せてやった。額に水気を良く絞った布巾をあててやり、ほうと一つ溜息をつく。


「あんな所より家の中の方が安全だから大丈夫よ。もしあのままだったら貴方死んでいたかも。声立てたら駄目よ。母さんに見付かったら追い出されちゃうかもしれないから。早く元気にならなきゃね。病気の龍なんて初めてよ。何か飲む? 」


 龍の子供がゆっくりうなずくような動きをした為、彼女は頭を支えるようにしながら器に入れてきた水をゆっくりとそれの口に流し入れた。何とか口にものが入りそうなので、夕飯の残りのスープを冷ましつつ飲ませてみると、美味そうにゆっくりと嚥下えんげした。


「龍が何を食べるのか良く分からないけど……出来るだけのことをしてあげよう」


 アシュリンは腕まくりをした。


 それから数日後、彼女の懸命けんめいな看病の甲斐あって龍の子供は見違える様に元気を取り戻した。琥珀こはく色の瞳に生気が戻り、月白色の鱗が艷やかに輝いている。アシュリンは笑顔になった。


「熱もすっかり下がったし、もうすっかり良さそうね! 良かった! 」


「助けてくれてどうもありがとう。僕はサム。サミュエル・ガルシア。僕はもう駄目だと思っていた。君はとても優しい人間だね」


「サム……貴方人間の言葉が分かるの?」


「分かるよ。分かるし、話せる」


「私はアーリーよ。アシュリン・オルティス。元気になって良かったわ」


「アーリー……アシュリン・オルティス…素敵な名前だね。僕は此処ここに来てどれ位になったのだろうか? 」


「今日で一週間位になるわ」


「随分迷惑をかけてしまったね。僕はもう行かなければ」


「何処ヘゆくの? 」


「自分の国。僕は修行で各地域を旅していたんだ。この町が最後の目的地でね。帰ろうと思った時に折り悪く具合が悪く空を飛べなくなって、困っていた中君に助けてもらったというわけだ」


 アシュリンは無意識だが妙な喪失感を覚えた。


「そうなの。会えなくなるのは寂しいけど、貴方もお家に帰らないといけないし。私達、いつかまた会えるかしら? 」


「僕の国の街、エウロスは隣だし……きっとまた会えるよ。良く分からないけどそんな気がする。君のこと、絶対に忘れないよ」


 サミュエルはふと思い出したように前脚を角の後ろにやり、何か光るものを外して少女の目の前に差し出した。


「君にこれをあげる。助けてくれたお礼。きっと君の助けになると思う。他の人には見せないで、どんな時にも肌身はなさず持っていて欲しい」


 サミュエルから渡されたものは、不思議な輝きを持つ宝石がついた首飾りだった。白・青・橙・黒に見える、多彩な輝きを見せる石。それは今まで見たことの無い、不思議な光をもっていた。


「とっても綺麗! どうもありがとうサム。これ本当に私がもらっても良いの? 絶対なくさない。大切にするわ」


 アシュリンがその首飾りを首につけ、服の中に隠したのを見届けると、少年は窓から飛び出した。雲一つない月夜に浮かぶ彼の姿は、月光を帯びて更に美しさが増していた。東の方角に向かい小さくなってゆく龍の姿を見送りながら、彼女はこの一週間の体験がまるで夢の中で起きたことのように感じていた。しかし、彼女の胸元に隠された石が夢ではないことを語っていた。

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