第二章 数年後の再会
それから数年後。
ケレースは何度目かの秋を迎えた。
この町特有の赤い屋根を落ち葉がここかしこに飾り立てている。肌寒い風が吹く中、毎年恒例焼き栗売りや焼き芋売りが商売繁盛とばかりにあちらこちらで甘い匂いを漂わせ、女子供が吸い寄せられるように
「アシュリンさん、お疲れ様。そろそろ上がっていいよ」
「はぁい、あともう少しで終わりますから」
十六歳になったアシュリンは腰に前掛けをし、栗毛の髪を赤いリボンで結い上げ、仕事に精を出していた。四年前に働き手だった父親を亡くし、二年前に母親を病気で亡くしてから、母親の職場だった仕立て屋で朝から晩まで働く日々を送っている。
生まれつき器用だったことが幸いし、雇用主には随分良くしてもらっている為日々の糧には事欠かないが、帰宅しては泥のように眠る日々が続いていた。同じ年頃の娘達は着飾って出掛けたり、素敵な殿方との結婚を夢見て花嫁修行に励んでいるが、アシュリンにはその余裕が微塵もない。世間の流行も分からないし、下手すると日にちの差も分からなくなる始末だ。
アシュリンの両親は駆け落ち同然で結婚した為、他に頼る親族も居ない。小さな頃から自分のことは自分でするように教育されて育った為、天涯孤独となっても特に不自由なく生きて来られた。その点は両親に感謝しているものの、どこかマンネリ化した生活に飽きてきているのも事実だ。でも、自分の力ではどうにもならない。
「ん〜! もう動けない……!! お風呂は明日! もう寝る!! 」
アシュリンはこの日も帰宅するなり、着の身着のまま部屋に倒れ込んでそのまま夢の中に入ってしまった。
妙に暑いのと何か変な匂いがすると意識を蘇らせた時、アシュリンは自分が火の海の中にいることに気が付いた。
「……え……? これは……火事……嘘でしょう!? 」
周りを見渡すと、置いてある家具や人形に本棚は見覚えがあり、間違いなく自分の部屋だと認識出来る。ただそれらをなめ尽くそうとする火柱は明らかにおかしい。
誰かに火をつけられたのか、それとも他所の家の火の粉が飛んでとばっちりを受けたのか定かではない。ただこのままでは焼け死ぬことだけは確かだ。
意識がなかった間に煙を吸ったのか、頭が痛む。身体が思い通りに動かない。アシュリンは何とか逃げ道を探そうと立ち上がろうとし、よろけて棚の角に頭を打ち付けてしまった。
「……痛!! 」
バリバリっと何かが裂ける音が聞こえ、そちらに視線を向けると、折れた柱が自分を目掛けて倒れてくるのがアシュリンの視野に入ってきた。
「もう駄目……!! 」
覚悟を決めて目を閉じたアシュリンの額から一筋の血が首元へと流れ、常に胸元にぶら下げられていた首飾りの石に落ちた。
その瞬間、石は
その時、耳を
それから時間が経ち、自分の身体を覆っていた光が少しずつ消え失せ、視野が明瞭になった時、アシュリンは目の前に映る星の瞬きを見て自分が地上に居ないことに気が付いた。身を動かそうとすると、何かに掴まれていて自由に動けない。大きな四本の指に鋭い爪……どうやら何かの「手」の中に包まれているようだ。アシュリンがふと頭だけを動かすと、艷やかな月白色の鱗が目に入り、頭の上から低く落ち着いた声が響いてきた。
「……気が付いたか? 危ないから、動かないで」
「……貴方は誰? 此処ここはどこ? 私は……生きているの……? 」
「君は生きている。今私と共に空を飛んでいる」
「空を……? 何がどうなっているのか分からない……」
「詳しいことは後で話す。君は疲れているようだ。少し眠ると良い。安全な場所につれてゆく」
一体何が自分の身に起こっているのか、全く分からない。覚えているのは、先程まで炎に包まれていた自分の家の中にいたことまで。眩い星の海に囲まれながら、今自分はこの龍と共に空を飛んでいる。微かに聞こえるのは自分を運んでくれているこの龍の鼓動か? どこか拍動が早く感じられる。
……今はもう何も考えたくない……
自分を包む温もりと度重なる心労と疲労がアシュリンの意識をゆっくりと奪い去った。
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