第四章 エウロス
心地よい風がカーテンをなびかせているのか、布が
アシュリンが
「……あの森は一体。あれは……夢? ここは……? 」
「お目覚めですか? まだ無理をなさらずに。貴女は怪我をなさっています」
優しそうな中年女性がアシュリンに声をかけた。
「ここは
このハンナ、坊っちゃま付きの世話係だとのこと。坊っちゃまとは一体誰なのだろうか? 自分は確か龍と共にいた筈だが。
ハンナがいそいそと部屋から出て行き、ほどなくしてどこか急ぎ足のような足音がした。戸をホトホトと叩く音の後、「失礼」と穏やかな声がして一人の青年が姿を現した。
漆黒の艷やかな髪、琥珀色の瞳を持ち
「……身体の具合は問題ないか? 君は火事に巻き込まれたのだ。あと数秒で倒れた柱の下敷きになるところだった。家は……残念ながら全焼してしまったが、君に渡していた“
青年のゆっくりと落ち着きのある低い声がアシュリンの緊張を解した。
アシュリンはふと胸元の首飾りに手をやった。首飾りは少女の胸元で光輝いていた。指先でひとなでしたところで、少女は瑠璃色の目を大きく見開き、縦に長い
「アーリー……私のことを覚えているか? 私はサム……サミュエル。私は君のことをずっと忘れることはなかった」
「貴方はひょっとして……あの時の……? でも……私が昔出会ったのは龍だった筈……」
サミュエルは優しい色を浮かべつつ、目元を軽く細めながら答えた。
「龍族、特に私の一族である月龍族のガルシア家は人間の姿にもなれる家系でね。自分の意思でどちらの形態にもなれるのだ。龍族の国は他にもあるが、どの国も似たようなもので、全部の種族が人の姿を持てるわけではない。此処に住む龍族は皆好きな姿で日々を過ごしているよ。屋敷の中では動きやすい人間の形をしている者が多いが、外で空を飛ぶ際は龍体を取るものが
アシュリンはサミュエルの傍にある
「貴方……此処の若様だったのね……私が口を聞いていい身分ではないのでは? 」
「気にせずとも良い。我らの遠い祖先の縁者に人間もいる。私のことをこれからも“サム”と呼んでくれ。私も君を“アーリー”と呼ぶ。これで対等だろう」
サミュエルは長い睫毛を伏せながら、アシュリンにゆっくりと語りかけた。
「アーリー、此処なら心配はいらない。君のことは家のもの全員に説明してある。君はあれから三日間発熱と疲労で昏睡状態だった。顔色もまだ悪い上、医師の見立てではまだ万全とは言い難いようだ。今のうちに身体をしっかり休めると良い。後で何か食べるものを準備しておく。何かあったら何でもハンナに頼むと良い」
「何から何まで……どうもありがとう……」
「君は私の命の恩人だ。助けるのは当たり前だ。行くあてがもし無いのなら……いつまでも此処に居るといい」
「アシュリンさん? 」
アシュリンは我知らず涙が頬を伝うのに気が付いた。
「……ごめんなさい。何故だか良く分からないけど涙が止まらないの……」
「色々ありすぎてきっと疲れているのだろう。私はこれにて失礼する。ハンナ、後は任せたよ」
「承知致しました坊っちゃま」
「……ハンナ、私はもう十八だ。坊っちゃまはそろそろ卒業して欲しいのだが……」
「坊っちゃまは幾つになっても私の可愛い坊っちゃまですから、私の
「……ハンナには
サミュエルとハンナの親子のような微笑ましいやり取りを聴きながら、アシュリンの意識はまた闇の中にゆっくりと沈んでいった。
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