第三十章 手紙
「リアム! リアムは何処に居る? 誰かリアムを呼んで参れ! 」
ダニエル王の怒号が城中に響き渡った。戦いがいつになく長丁場となっている為か最近苛立っていることが多い王だが、今日は極めて機嫌が悪い。従者が一人、自室に居るリアムを呼びに来た。
「リアム殿下。陛下がお呼びで御座います。至急陛下のお部屋にお越し下さいませ」
「父上が? 分かった。直ぐに参る」
リアムは従者を連れてダニエル王の自室に向かった。従者は何故か青ざめた顔をしている。
「父上、如何なさいましたか? 」
ダニエル王はリアムの顔を認めると、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「……リアム。一週間前にこの手紙が届いたのだが、目を通してみよ」
「はい」
リアムはダニエル王から手渡された手紙を開いた。途端にリアムの目が見開かれる。
手紙の差出人はアルバート達の父であるジュード王。その文面を見ると、信じられないことが記されてあった。
手紙にはアデルとの婚約解消だけならまだしも、人間の王国であるディーワン家の姫を通じて内情をもらし、我等龍王族の身売りの真似事をする者はけしからん。裏切り者は即刻処罰せよとしたためてあったのだ。
リアムは身に覚えが無さすぎて唖然とする。
「父上……これは……」
「聞きたいのは儂の方だ。リアム。現在この城では一体どんな話しで持ちきりなのか知っておるか? 」
「いえ。一体何でしょうか? 」
「お前がディーワン家と内通していると言う噂だ。先程衛兵が捕らえたディーワン家の者が
「内通……!? 私は、決してそんなことをしておりませぬ! 」
「もし身の潔白を証明したければ、お前を
「……な……!? 」
突然突き付けられた過酷な条件に、リアムは言葉が出ない。自分達龍王族には“掟”があるのを知っているからだ。
“同種族の者を裏切ってはならない”
決して破ってはならない龍王族の掟の一つだ。これを破った場合、露見すると如何なる理由であれ死罪となる。
情報によれば、リアムがディーワン家のクレア姫に
内情を敵国に漏らしてはいないが、リアムがクレアに接触していた事自体は事実である為、下手に否定しにくい。悪どいやり方だ。
しかし、リアムとクレアが接触したことが何故外部に漏れたのかは不明だ。一体誰が言い出したのか?
「己の身が潔白であるのならば出来るであろう。今から向かうが良い。さもなくばラウファー家はセヴィニー家から総攻撃を受けることになる。リアム……なんてことをしてくれたのだ。実際に内通していなくても、そう言う噂を立てられるということは、気が緩んでおる証拠だ」
ダニエル王は
「父上……」
「儂はお前を疑いたくない。だが、二方向から第三者の話しが来られては、第三者の意見を全く信じない訳にもいかぬ」
「……」
リアムは死刑宣告を受けたかのような顔をしている。
何故こう言う事態になったのか? 急に自分に襲い掛かってきた現実にリアムはどうして良いのか分からないまま、ダニエル王の部屋を辞した。
表向き裏切り者を出したことになってしまったラウファー家の潔白を示す為には、クレア姫をその手に掛けねばならない。
事実無根の話しを真に受けてクレア姫を殺さなければ、自分の生命どころか家自体が危ない。
――私はただ、恋をした。
ただ、それだけなのに……。
伝達術でリアムから話しを聞いたアデルは憤慨していた。
「なんですって!? 父がそんな手紙を貴方の城に送ったの!? そんな……!! あんまりじゃない! 絶対何かの罠よそれ」
「……何故こう言う事態になってしまったのか、私にも良く分からないのだ」
「リア、父自身がラウファー家宛に手紙を書いていたことに間違いはない。私は見ていたから。しかし、お前は内通とか出来る性格ではない。解せぬ。何故そんな話しになっているのだ? ただ、王の命は絶対だ。一度出てしまったら私も逆らえない」
リアム達は伝達術で会話していた。言うまでもなく、事情の詳細を知らないアルバートが一番内容について来られていない。
「ディーワン家の者と会って話しをしただけで内通者扱いされるのなら、私だって同罪よ。父は知らないだけ」
アデルの発言を聞いたアルバートはぎょっとした。
「アディ!? それは……一体どういうことだ!? 私に説明しなさい」
アデルは堂々と答える。
「いずれ時が来たらお話しするわ兄上。私急ぎの用事を済ませたら即、リアのところに向かうわ。その曲者と話しをしてみる! 」
「待てアディ。……と言っても、君は一度決めたら
「嗚呼、分かった。私は私で考えてみる」
ジュード王より許可を得たセヴィニー兄妹がラウファー家を訪れたのは、それから二・三日後のことだった。直ぐにリアムの元に駆け付けたい二人だったが、父王より外出許可を得られるのに手間取った為だ。
「兎に角、リアが無実だということを証明出来れば良いわけだが、君が話してくれたことを
アデルから今までの事の
現況は、リアムがアデルと結婚していれば起こらなかったことである。リアムが他龍族の姫ならば兎も角、人間の姫、それも敵対している国の姫を好きになってしまったことが引き金となった。何故そこまでして苦しい恋をせねばならないのか、アルバートは理解できない。ただ、大切な幼馴染みの
兄の考えていることを表情から読んだアデルが反論気味に答える。
「恋に理由なんてないわ。好きになってしまったのなら仕方がないじゃないの。多種族同士の婚姻を認めないだなんて、私はそちらの方が理解出来ないわ。兄上は龍族しか興味ないから理解して貰えないと思って、私の独断でずっとリアムと一緒にこれまで頑張って来たの。クレア姫はリアを誑かすような、そんな方ではないわ。曲がったことが出来ない、素直で純粋な方だって、少しは理解してくれた? リアが大切に思うのも無理ないもの。 現況を何とか好転したいわ」
鼻息の荒いアデルを宥めるようにアルバートは返事をした。
「……嗚呼、分かった。細かい事情は兎も角、今はどうすればリアを助けられるか、それだけを考えよう。しかしアディ良いのか? 我々が今ラウファー家に向かっていることをリアに何も連絡していないが」
「リアに知らせるのは少し後の方が良いと思うの。これからしようとしていることに、リアムは立ち会わない方が良いと思って。そうそう、あれから私、新たな情報を手に入れたの。兄上、今聞いて欲しいけど良いかしら? 」
アルバートは目の色が変わる。
「嗚呼、教えてくれ」
「幾つかある情報網内の一つからのなのだけど、情報の
アデルは敢えて伝達術を用いてアルバートに情報を伝えた。アルバートの表情が強張るのが目に見えて良く分かる。
「……これは……本当なのかアディ? これが事実なら、リアムはとんでもない事に巻き込まれていることになる。酷い話しだな。確かに、直接本人に確認すべきことだな。君の言うとおり、
「ええ、急ぎましょう」
セヴィニー兄妹はラウファー家の門に向かった。
空は灰色の雲が立ち込めている。
これから先の道行きを暗示するような、重苦しく低くかかった雲だ。
吹いてくる風もどことなく冷たい。
アルバートは身震いし、思わず襟元を締めた。
これから先進むと、もう二度と引き返せない。
そんな予感のする二人だったが、もう前に進むしかなかった。
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