第二十九章 激化

 歴史は繰り返すとよく言ったものだ。


 遠い昔からずっと絶えることのなかった、人間と龍族の戦い。


 領地、食糧……開戦の切っ掛けは様々である。何かと理由やら言い掛かりをつけては戦争まで発展していた。


 生きとし生けるものは何故に争いを止めぬのか。

 何故に共存の道を選べぬのか。

 争いが起こる度憎しみが生まれ、それが一層憎しみを呼び、怒りや悲しみの連鎖を引き起こす。


 ここ数年暫く平和な世が続いたと思われたが、再び戦いの火蓋が切って落とされた。


 ディーワン家を主とする人間と龍族の幾度目かの戦いである。


 今までは一から二ヶ月と案外短期間で決着がつくことが多かったが、今回は四ヶ月を越える長丁場となっている。


 絶え間なく続く鬨の声。

 ぶつかり合う武器の音。

 響き渡る攻撃魔術による炸裂音。

 折り重なる死体。

 鉄の匂いを纏う風。

 戦場は阿鼻叫喚地獄と化していた。






 二ヶ月前から外出不可のお触れが出ている為、リアム達は自分達の居城から出られない状態が続いた。王から要請が出れば戦場に駆け付けて戦う日々。それでも、三人は互いに“伝達術”を用いて互いの安否を気遣うやり取りをしていた。


 アルバートからは今の戦況と体調の気遣い、アデルからはその後の進捗状況の知らせである。


 アルバートからの知らせによると、アデルは体調が落ち着いた辺りで婚約解消に関して父であるジュード王と討論の末、喧嘩をしたそうだ。自分の意志を曲げない、如何にも頑固なアデルらしい。


「アデルと一体何かあったのか? お前達が不和とはとても思えないのだが」


 アルバートは心配して伝えてきているが、事情を知らぬアルバートにはっきりとした返事を返せないリアム。


「彼女なりに事情が色々あるようで、私にも何とも言えないのだ」


 と適当にはぐらかすしか、言い訳を思いつけなかった。リアムの胸中は鉛の様に重い。


 リアムは開戦前の時期に何とかして龍族と人間の婚姻を認めてはもらえないかと奔走していた。しかし物事は上手くいく筈も無く、そのまま戦争に突入してしまった。婚約解消の話題を出して以来、父であるダニエル王とは一切口をきけていない状態だ。


 クレアに対し手紙を送るという、一方的にしか連絡がとれなかったリアムだったが、アデルは気を回してくれていたらしい。


 彼女はクレアと連絡をとれるようにしてくれていて、クレアからのメッセージを受け取ったら、リアムにそのまま伝えてくれる。クレアが今のところ生きていることだけは確かだ。


 先方も居城から一歩も出られない状態である挙げ句、常に厳重警護が張り付き、息が詰まりそうな状態だそうだ。今はリアムに会えなくて辛いが、いつかまた会える日を楽しみにして日々を送っていると、クレアの声はアデル経由でリアムの元に届けられた。


 健気なクレアの返事に堪らなく愛おしさを感じるリアム。リアムはクレアに対し、いつも通り伝達術を応用した手紙を用いて返事を送った。勿論クレアにしか読めず、彼女が読了した後消える様にしている為、影も形も残らない。


 リアムは特別なことをしている訳ではないが、何処か虚しさを感じていた。


 まだ平和だったあの舞踏会の日。森で偶然クレアと出会い、世界が広がった様に感じられた。しかし、人間と龍族の恋は秘匿ひとくすべきと分かっているから表沙汰にはせず、ひたすら隠れるように会うことしか出来なかった。姿、声ですら、周囲に悟られぬ様に常に気を張り続けねばならなかった。押し込まねばならない鬱屈した想いも、クレアがいつもつけていた薔薇の香水の香りが掻き消してくれた。クレアと会っている時は、どこか窮屈に感じていた日常を忘れる事が出来た。


 ――いつか死を迎える時が来たら、私達の想いもこの手紙の様に跡形も無く消え失せてしまうのだろうか? 生命は脆く儚い。まるで蜃気楼の様だ。


 窓から見える空を眺め、リアムは嘆息をついた。


 ――この手は今まで何人の人間を殺しただろうか。クレアと同じ種族なのに……。


 ――好きになった者が同種族である龍王族であれば、私はこのような思いをしなくて良かったのだろうか? 何故異種族同士では駄目なのだろうか? 考えれば考える程、胸が詰まりそうになる。嗚呼、こんな時こそ姫……貴女に会いたいのに……。


 血の様に燃えるような夕陽が、地平線に向かって静かに消えてゆく。回りから闇のような紺色の幕が息を潜め、静かに降りようとしていた。






 現在の戦争が始まって半年の月日が流れたある時、事態が急変する出来事が起こった。


「隊長! 怪しい者を捕らえました! 」


 ラウファー家の居城に近衛の声が響き渡る。


「何事だ!? 」


 近衛隊長の元に一人の近衛が駆け付ける。


「門の近くでふらついていた者を衛兵が捕らえたのです。妙な笑みを浮かべ逃げようともしない、誠に奇妙な奴でして……」


 近衛は近衛隊長にそっと耳打ちした。近衛隊長は表情を変える。


「人間……? しかもあのディーワン家の者だと? 連れて来い」


「それが……! とんでもない虚言を申しておりまする」


「申してみよ」


 近衛は複雑な表情で口をもごもごさせていたが、改めて周囲を見渡し自分達二人以外居ないのを確認後、決意して小声で話し始めた。


「殿下が……リアム殿下がディーワン家の者と内通していると、この者は申しておりまする」 


 近衛隊長は裂けんばかりに大きく目を見開いた。勿論、声は小声である。


「何!? それは何かの間違いでは無いのか? 殿下はここ半年殆んど城から出られてはおらぬぞ」


「詳しくは存じませんが、この者は『ラウファー家のリアム王子こそが内通者。龍王族の裏切り者だ! 』としか言わないのです。何という無礼な奴……危うく即八つ裂きにするところでしたよ」


 近衛隊長は少し考えた後、鼻息の荒い近衛に指示を出した。


「……その者を別の部屋に連れてゆけ。詳細を聞き出さねばならぬ」


 近衛は驚嘆の声を上げた。非難の響きがある。


「隊長!? 隊長は殿下を疑っておられるのですか!? 心外に御座います! 」


 近衛隊長は近衛を宥めるように言う。


「静かに。私は物事を公平に見極めたいだけだ。戦時中だからこそ情報収集は必要。何故今なのか? その理由は? 分からぬであろう。ひょっとしたらわなかもしれぬ。それゆえ、ここは騙されたと思って先ずはこの者から話しを聞こうと思っている。見たところ怪しい魔術も持たぬ者の様だ。連れてゆけ」


「はっ! 畏まりました」


 近衛は指示を出しに不審者を捕まえた衛兵の元に向かった。

  

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