月白珠誕生編(過去編)

第二十二章 幼馴染み


 ――それは遠い昔。まだベレヌスが龍王族支配だった頃の物語――


 嘗てベレヌスは一つの大国だった。最高権力を持つ一つの龍王族が統治していた。

 やがてベレヌスは分裂し、複数の龍王族によって支配されるようになってゆく。

 当時人間の国も龍族の国と同様に王族が統治する世で、龍族の国同士、人間と龍族の国同士と互いに争いが絶えなかった。

 酷い時には血生臭い匂いが籠もる年もあった。






 現在からさかのぼること四百年より少し前、龍王族の中でもラウファー家とセヴィニー家が特に最優力を誇っていた時代。この時代は、龍王族支配時代の中でも比較的平和な年が多かった。そして、龍王族支配最後の時代でもあった。


 よく晴れた春の日。草原で、小さな三頭の龍が仲良く遊んでいた。

 白い子龍と黒い子龍が二頭じゃれ合っており、別の黒い子龍がシロツメクサで首飾りを作りながら二頭の子龍達を優しく見守っている。

 ラウファー家のリアム王子とセヴィニー家のアルバート王子、彼の妹のアデル姫である。

 三頭ともお互いに「リア」「アルビー」「アディ」と愛称で呼び合う程懇意にしていた。ラウファー家とセヴィニー家は付き合いも長かった。


「やめろよ。くすぐったいだろうリア! 」


 アルバートは身をよじってリアムから逃げようとする。


「擽っているんじゃないよ。アルビー。お前の角に蝶が止まっているから捕まえようとしただけだ。あ~逃げられた! お前が動くから蝶が逃げちゃったじゃないかぁ」


「そういうお前の尾に何かいるぞ! 僕が捕まえてやる」


 アルバートはリアムの月白色の尾を黒い前足の四本の指でつついた。蝶はひらひらと逃げ出した。


「あははは! 擽ったい! アルビー止めてよ! 擽ったくて堪らない! 」


「ほら見ろ、変わらないじゃないか」


 リアムは笑いながらアルバートから逃げようとする。アルバートはリアムを追いかける。にわか鬼ごっこが始まった。


 そこへアデルの一声がかかる。


「ちょっと二人共、そろそろ午睡の時間よ! みんなで寝っ転がろうよ! 」


「アディの言うとおりだ! そろそろみんなで昼寝するか! 」


 三頭とも大の字になって草の上にごろんと寝転がった。大きく深呼吸すると青臭い匂いが身体の隅々にまで行き渡り、清々しい気持ちになる。


 この草原はきちんと管理されており、龍王族以外の者は入れないようになっている。その為、非戦時中であれば子龍達だけで来ても特に外敵はおらず、比較的安全な遊び場とも言える。


 白と黄色の蝶がひらひらと飛び回り、桃色の花の上にそっと止まった。

 風がゆっくりと吹いてきて、蝶が花ごとゆうらりと動いている。


 彼らは草原でただ遊んでいる訳ではない。この草原は土の“気”がほかの土地に比べ抜群に優れている場所の一つである。龍族の子供達はこの草原で遊びつつも体内に“気”を養っているのだ。特に成長期の龍族はこの“気”を積極的に取り込むことが大事とされていて、取り込む力が特に旺盛おうせいなこの時期にしっかり溜め込んだ“気”を元に成長し且つ魔術を使いこなせるようになる為、さぼるとその分実力に差が出る。勿論身体の成長にも“気”は影響する。彼らは遊びながらも同時に修行をしているのだ。


 ラウファー家とセヴィニー家は特に優れた魔術を持つ龍王族家系である為、魔術の種類も幅広い。彼らはいち早く家系特有の魔術を使いこなせるようになる為、ほぼ毎日競うかのように草原に来ている。龍体の方が“気”を溜め込むのに非常に効率が良い。それ故彼らは殆ど人型をとることなく龍体で過ごしている。


「ここのところ、久し振りに平和な日々が続いているな」


「そうだね。こんな日々がもっと続くと良いよね」


 仰向けに転がったリアムの薄桃色の腹の上にアルバートが黒い顎を乗せながら、リアムに話しかける。あかるい灰白色の瞳はキラキラと輝いている。


「僕達これからもずっと一緒にいられると良いな」


「そうだね」


「そうだ! アディがお前と一緒になれば、三人ずっと一緒にいられるんじゃないかな。兄弟になれるし! そうすれば名実ともに家族になれる」


 途端にアデルは頬を真っ赤に染めた。


「……ちょっとやめて兄上!いきなり私の将来を勝手に決めないで頂戴ちょうだい。私は心から好きになった方と一緒になりたいの。自分で決めたい。リアだって自分で決めたい筈よ。そうよね、リア」


 リアムは飴玉のように艶々とした琥珀色の瞳をアデルに優しく向けた。


「……ということはアディ、君にはもう好きな龍が居るのかい? 」


「何? いつの間に……? アディ、一体どこの王族の龍だ!? 僕にもきちんと説明して」


 アルバートはやや焦った表情でアデルに尋ねた。


「もう! 二人して私をからかうのをやめて頂戴! 」


「あいたたたた! 乱暴はよせやいアディ。ちょっとからかう位、いつものことじゃないか」


「あははははは! 」


 アデルはリアムとアルバートの肩をぽかぽか叩いた。二頭とも肩を震わせて笑っている。


 アデルのその仕草も愛らしくてたまらない。


 アデルはアルバートの唯一の妹だ。アルバートはアデルを宝物のように溺愛している。アデルが大人になったら是非とも王国一の婿君と結婚させて、幸せになって欲しいとずっと思っているのだ。


 気候は穏やかで、心地良い風が草木を優しく撫でてゆく。ぽかぽかと暖かい。

 空にはふんわりとした真っ白な雲がゆっくりゆっくり動いている。

 静かで優しい時間が過ぎてゆく。

 ずっとこんな穏やかな日が続くと良いと三頭は願っていた。

  

 

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