第二十一章 エリウ

 オグマ国のやや西側に人間と龍族の共和国「エリウ」は位置している。エリウの街は黄色い屋根を持つ建物が多い。エウロスの街中では殆どの龍族が人型をとっている為、見た目はオグマ国と相違ない。エリウの場合人型をとれない龍族が多く存在する為、龍体のままで生活する者も多くいる。人間と龍族の共存を正に絵に描いたような国である。


 空には羽を持つ龍が何頭も飛行しながら移動しており、道をゆけば傍を蛇のように這って移動する龍族の姿も見られる。二足歩行の小柄な龍が買い物籠をぶら下げて街中を闊歩かっぽしている風景は日常茶飯事である。


 ベレヌスとエリウの間に山があり、その傍に人里離れた小高い丘があって、そこに一戸大きな屋敷が建っている。それはラスマン家傍系龍族の屋敷であり、そこにアシュリンは連れ去られていた。


「……私、本当に拉致されたのよね? 牢屋に放り込まれるよりマシだけど……」


 アシュリンは自分の今居る部屋の戸に手を掛けてノブをそっと動かしてみたが、言うまでもなく戸はびくともしなかった。


 月白珠はアシュリンの胸元にぶら下がったままで、取り上げられることはなかった。手枷足枷といった拘束具も特にない。身動きはとれるが戸に鍵が掛かっている為、部屋から出られない。客室にしてはやや広い部屋である。暖炉からパチパチと薪が割れる音が響いている。


 食事は普通に出るし、寝台、机、燭台もある。逃亡防止の施錠がしてある為か窓は開かないが換気はされている為、息苦しさは特にない。用がある場合は呼び鈴を鳴らせば使用人が来てくれる。部屋から出られないこと以外特に不自由さは感じられなかった。寧ろ居心地は不思議な位良い方だ。監視はいるようだが、こちらが逃げ出す素振りを出さなければ特に何もなさそうである。待遇が良すぎて却って薄気味悪い。


 アシュリンはこの部屋に連れて来られた昨日のことを思い出していた。


 ヒュドラはエリウのラスマン家傍系龍族の屋敷に辿り着くと、ホールにドサリと音を立てて着地した。触手を解き、アシュリンを下に降ろす。そして、自分の主人に一礼すると静かに下がっていった。


 アシュリンの目の前に、一人の青年が立っている。


 黒装束を身に纏い、輝く銀色の髪、切れ長の目で瞳は灰白色。ブラックホールのように吸い込まれそうな美貌の青年だ。


「……貴方は……誰!? 此処は何処なの!? 」


 アシュリンは身構える。


「私はエレボス・ラスマン。ラスマン家主家の者だ。此処は龍族と人間の共和国・エリウにあるラスマン家傍系龍族の屋敷だ。――ああ、そうか。エウロス上空での時私は龍体だったから、人型では初見だったな。失礼した」


 エレボスは表情のない硬質な声で答える。


「私を此処に連れて来て、一体どうするつもり? 」


 アシュリンはエレボスを睨みつける。


「……そう睨むな。誰も貴殿をとって食うと言ってはおるまい。まぁ、でもそうとられても致し方ないか。いきなり手荒なまねをしてすまなかった。私も父の命に従って動いているものでな」


「貴方のお父様って、そんなに厳しい方なの? 」


「ああ。父の命は絶対だからな。父は昔から人間をずっと憎んでいる。しかし何故か貴殿には興味があるようだ。父から貴殿を連れて来るように命が出たから、私はその命に従っただけのこと。ずっと此処に居るわけにはいかぬ故、貴殿を今から部屋に連れて行く。部屋の周りには監視の目があちこちある。逃げ出そうと思っても無駄だ。大人しくしていれば害を加えん」


「……それ本当……? 」


 アシュリンは眉を顰めた。


「……信じる信じないは貴殿の勝手だ。私の後について来るが良い」


 エレボスはアシュリンを伴い屋敷の中に入っていった。






「……本当にこの部屋、逃げ出さなくさせる工夫でもしてあるのかしら? ……却って怖い……」


 寝台に腰掛けたアシュリンは背中に妙な寒気を感じて身震いする。ガウリア家の建物内から強引に連れて来られた為、アシュリンは外套を持たなかったのだ。このままだと少し寒い。何か羽織るものはないかとクローゼットらしい棚を開けてみると、中に黒い外套が丁度一着入っているのを見つけた。サイズは丁度良い為拝借し、防寒用に羽織ることにした。


 連れて来られた当日は疲労も相俟あいまって寝台で死んだように眠ったが、それ以降はこれといってすることがない。誰かが呼びに来るか、助け出されない限り、この部屋でずっと過ごさないといけない。


 何も出来ない、何もすることがない……となると、考え事しかすることがなくなる。


「……サム……」


 サミュエルのことを想うと胸が苦しくなる。自分を守ろうと奮闘して負傷したハンナ達のことも心配だ。そして、今迄当たり前のように発動していた筈の月白珠が突然発動しなくなった理由が分からない。


 ――今迄私の意思に反応しないことはなかった月白珠だったけど、一体何故だろう……


 胸元の月白珠をひとなでしてみたが、特に何の反応もなかった。誰にも分からない。


 ふと目を右前にやると小さな本棚があった。

 その本棚には本が何冊かある。勝手に見るのは如何なものかと思ったが、取り敢えず時間つぶしにはなるかとアシュリンは手を出してみた。

 調べてみると、ラスマン家の歴史の本が殆どのようだ。これはガウリア家の屋敷にはなかったものだ。歴史を知るのは悪くない。


 ――そう言えば、ガウリア家とラスマン家には因縁があるとテオドール様がおっしゃられていたわね。何らかの形でサミュエル達の役に立てるかもしれない。


 ふと本棚の下に目を落とすと、大きな箱が置いてあった。本棚の幅と同じ位の幅を持ち、龍の模様が描かれている、頑丈そうな箱である。


 ――箱? 一体何の箱かしら。模様と雰囲気はこの屋敷にあってない気がする。元々所持された箱ではなさそうね。


 アシュリンは手にとった本を棚に戻し、箱に手を伸ばしてみた。カチャリと音がして、その箱は案外簡単に開いた。中には右綴じで綴じてある一冊の本が入っていた。外気にさらされていなかった為か変色や損傷はあまりないが、装丁からしてとても古そうな本である。ページを開いてみると、流麗な文字が踊っていた。日付けを見ると、今から四百年以上昔のものだった。


 アシュリンは吸い寄せられるかのようにその本のページをめくり始めた。


 それは、四百年以上昔に起きた事件の記録だった。

  

 

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