第十一章 街へ


 エウロスの中心都市にあたるセレネーは様々な者が行き交う、大変賑やかな街である。晴れの日は空中移動をする飛龍の群れも多い。セレネーは都会であるが、隣街との境目になる広大な山を持っていた。その山を含む一帯にガウリア家の屋敷が建っている。


 屋敷は壁と門で隔てられている為、昼間は鍛錬を行う兵士達の声で賑やかだが、夜の屋敷内は割と静かである。敷地内に山が含まれているのは、屋敷の者が龍体に戻っても休むことが出来るようにという配慮の為だ。滝があれば川もある。この山はそれ自身“土の気”を持ち、周りに滝や川といった“水の気”が満ち溢れ、昼は太陽、夜は月の“光の気”を溜め込んでいる。鍛錬などで消耗した龍達の“気”を養うには丁度良い場所である。屋敷の周りには強力な結界がかけられている為か、山崩れといった自然災害は殆んど起きていない。




 ガウリア家の屋敷から出てセレネーの繁華街を通り抜けた先に、エウロスの名物料理が食べられる店がある。そこでアシュリンとサミュエルは昼食をとっていた。


「エウロスの味はどうかな? 」


「ケレースに比べると薄味だけど、元々ケレースは濃味なの。エウロスの味は素材を活かす、良い味だと思う。美味しいし、私はどのお料理も好きだわ」


「そうか……それは良かった」


 アシュリンの笑顔を見て、サミュエルは微笑を浮かべた。


 山の幸と近海から採れる海の幸をふんだんに使ったエウロス料理は、どれもアシュリンを楽しませた。周りは女性客や男性客もいるが、この店は若い者に人気のある店のようで、大変賑やかである。


 食後のデザートであるピジョムという弾力性のある蒸菓子をスプーンですくい口に運びながら、アシュリンは話しを切り出した。


「貴族社会ってもっと息苦しいかと思っていたの。最初エウロスに来たばかりの時は、村娘に過ぎない私は大丈夫かと正直心配だったわ」


 サミュエルはスプーンを皿に置いた。彼はこういう仕草一つでさえ優美だ。


「人間のおとぎ話で良く見かける貴族社会は、確かに大変生きにくそうな世界だと私も思う。他龍族や他国でどうかは知らぬが、ガウリア家は個性を重んじ且つ実力主義だから、相手を蹴落そうという者は殆んど居ない。人間の世界にある爵位もない。今の社会は戦後祖先が作り上げてきたもので、我々はそれを引き継ぎ、後世へ伝えているのみ。


因みに我々龍の貴族は各々統治下にある街の者達をあらゆる苦難から守ることを主な仕事としている。だから武術魔術の鍛錬を欠かさずしている。後生や率いる部下達の教育や育成も大切な勤めだ。最低限の規律は守らねばならないが、それ以外は比較的自由だ。みんな好きに過ごしている。


君は私の父である当主公認の客人だ。身分は気にしなくて良い。時々サロンを開くこともあるが、関係者のみだ。参加の義務付けはない」


 アシュリンは時々敷地内の裏山にて、龍体のままで午睡をとっている者を何頭か見掛けたのを思い出した。サミュエルが言うには、身体を休めるのみならず、同時に“気”を養っているとのこと。


 龍族の者は皆消耗した“気”を回復せねば、魔術が使えない。“気”は色んな場所に存在しているのだが、“気”がより充実している場所で休むほうが“気”をより早く充足させることが可能らしい。


 普段の敷地内で鍛錬場は活気のある物音で満ち溢れ、講義中の部屋は静まり返っている。お昼休みは兵士や使用人達の朗らかな笑い声が部屋から漏れてくる。自分以外は殆んど龍族の筈だが、どこか妙に人間臭くて温かい、ガウリア家はそんな雰囲気なのだろうと思った。


「それにしてもハンナは流石だ。あっという間に君を外出用衣装に変えてしまうのだから」


 サミュエルは苦笑しながら食後のお茶の器に口つけた。


 アシュリンがサミュエルと街に行く旨をハンナに告げると、ハンナはクローゼットの中から幾つか衣装を出し、ああでもないこうでもないと言いながらアシュリンを着替えさせ、化粧直しまであっという間に仕上げてしまったのだ。裾は踝辺りの長さで広がり過ぎず、袖元も飾りのないスッキリとしたデザインのものなので、屋敷内で来ている衣装に比べると比較的動きやすい格好である。しかし、誰がひと目見ても令嬢の格好なので、アシュリンは周りの目が気になってどこか落ち着かない。その上、見目麗しいサミュエルと向かい合っているこのシチュエーションはどう見ても逢引である。


「ハンナさんには何から何まで申し訳ないわ。本当に」


「人間の王族の姫君は身の回りの世話は使用人がしていたと話しに聞いている。そこはうちも似たようなものだ。あまり気にしなくて良い。ハンナは元々世話好きな性分だからだろう」


 サミュエルはここでそっと小声となり、アシュリンは耳を澄ませた。


「あとこれは父と兄と私しか知らない話しなのだが、ハンナは実の娘を早くに亡くしている。生きていたら君と同じ年頃の娘に育っていた筈。きっと娘にしてあげたかったことを君にしているに違いない。どうか好きにさせてあげて欲しい」


 ハンナの知られざる過去を知り、アシュリンは一瞬手を止めた。あの慈愛に満ちたハンナにそんな辛い過去があったとは。


「ハンナさん、そんなことがあったのね。事故? それとも病気? 」


 サミュエルは小声ながらも静かに話し始める。


「表向きは事故案件で処理されたようだが、事件だったらしい。人間と龍族絡みの事件は今に始まった話しではなく、何年かに一件から二件という頻度で起こっていたそうだ。事件の一つに巻き込まれて夫と二人の子供を失ったらしい。四歳の息子と二歳の娘……まだ可愛い盛りの子供達まで亡くして行き場をなくしたハンナを私の父が屋敷に呼び寄せたのだ。当時父も母を病気で亡くし、六歳の兄と四歳の私を抱えていて、世話をしてくれる乳母兼教育係を探していたとか。私とハンナはそれ以来の付き合いだ。ハンナはああ見えても自分と人一人を守れる位の戦力を持っている」


 食後のお茶を啜りながら、アシュリンはハンナのことを思った。自分と違った形で家族を亡くしたハンナ。ハンナは、テオドールやサミュエルやアシュリンを通して実の子供達を見ているのだろうか。やるせない思いが心の中を占めた。

  

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