第二十六章 変化

 

 ラウファー家の屋敷にて。玉座に腰掛けたダニエル王が大臣と話している。


「今先方の動きはどうだ? 暫く動きはないように見えたが、砲撃の音がしたと報告があった。着弾した場所は大した被害ではなかったようだが」


「はい、兵からの報告によれば、先日の砲撃の音は方向からしてディーワン家からのものに相違ないかと」


 それを聞いたダニエル王は眉を顰めた。


「暫く平和が続いたと思っておったが……頭が痛いのう」


「全くです。向こうから攻撃を仕掛け、こちらから返し、それから双方の激突……になりかねませんな。遠い昔から何らかの形で争い事が耐えなかったとは言え、互いに懲りませぬな」


「先方からの攻撃に備え、再び体制を整えねばならぬな。兵への指示出しを各部隊隊長に伝えておくように」


「はい、仰せのままに」


 戦争はここ数年ほとぼりが冷めていたかのように見えていた。しかし、龍王族ラウファー家と王族ディーワン家を始めとした人類との間に、きな臭い事件が少しずつ起きていた。一旦鳴りを潜めていた戦争が再び始まろうとしているのだ。


 ダニエル王は深い溜め息を一つついた。


「再び開戦間近になろうとしておる故、セヴィニー家との婚儀へ話しを早く持ってゆきたいのだが、困ったことに肝心のリアムが話しをまともに聞こうとせぬ。困ったものだ」


 コホンと咳払いを一つして、大臣が口を開いた。


「……失礼ながら、殿下には既に想い人がいらっしゃるのではないでしょうか? 」


 ダニエル王は目を剥いた。


「リアムにか? 儂は特に聞いておらぬ。そちは何か聞いておらぬのか? 」


 大臣は表情一つ変えず冷静に答える。


「私めには特に何の情報も入っておりませぬが、殿下は結婚の話しを避けたり、先延ばしにしようとなされているご様子。どなたか意中のお相手がいらっしゃらなければ、そういう行動をとられましょうか? きっといらっしゃるのだと思われます。殿下は内気なところがおありですから、言い出しにくいのでしょう」


「そうか。何処ぞの姫君か存ぜぬが、今の内に確認しておいた方が良かろうな。こういう時母親が居れば良いのだが」


 ダニエルの妃であるリアムの実母は、リアムを産んだ後産後の肥立ちが悪く、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。


「お妃様は大層お優しいお方でしたから、ご存命であったらきっと恋の相談相手などしていただけたでしょうなぁ」


「リアムは乳母にも気を遣い、中々本音を言おうとせぬ」


 ダニエル王は両手を広げてお手上げを意味するジェスチャーをする。


「王子は周りに心配をかけたくないので御座いましょう」


「儂はこう言うのは苦手だ。……ああそうだ、彼女に頼んでみようか。彼女にならきっと話すであろう。セヴィニー家に連絡をとり、アデル姫に来て頂くよう伝えてくれ」


「はい。仰せのままに」


 それから二・三日後、セヴィニー家から従者と共にアデル姫が到着した。カーテシーをしたアデルにダニエル王は依頼する。


「すまぬが、リアムの様子がおかしいのだ。そなたの方から尋ねて欲しい。しがない父親よりは、そなたの方が本音を言い出しやすかろう」


 ダニエル王が言わんとする意味を何となく解したアデルは首を縦に降った。


「かしこまりました。保証は出来ませんが、私で宜しければやってみます」






 ラウファー家の中庭にリアムの姿を認め、アデルは駆け寄った。


「やぁ、アディ。急にどうしたの? 」


「どうしたじゃないわよリア。貴方のお父上が心配されているわ。一体どうしたと言うの? この前から貴方とても変よ」


「そうかな? 私自身はいつもと同じでいるつもりなのだが」


 アデルは首を横に振る。


「いいえ、貴方変わったわ。私には分かるの。雰囲気からしていつもの貴方じゃない。……ねぇ、貴方誰か好きな人が居るのではなくて? 」


 その時二人の間に風が吹き、漆黒の髪と銀髪が弄ばれる。アデルの青いドレスの裾がパタパタと音を立てる。

 枯れた葉が数枚巻き上げられてどこかに飛んでいった。


「……」


 リアムは答えない。きっと言い出しにくい理由があるのだろうと見当がつく。アデルは根気強く粘る。ダニエル王の依頼だからではなく、幼馴染みとして放っておけないのだ。アデルは右手を動かし音が漏れぬよう二人の周りに結界を張った。


「悪い意味で聞いているんじゃないの。私が貴方の婚約者と言うことは今は無視して頂戴。あんなの親同士が勝手にしているだけ。幸い此処に兄上も居ないわ。貴方の父上にも絶対話さない。ねぇ、私にだけ教えて。一体何を悩んでいるの? 貴方、嘘付けない性格だもの。顔に出ているわ」


「……君には敵わないな」


 リアムは降参し、苦笑しながらクレアとのこれまでの経緯をアデルに話した。アデルは真顔で相槌を打ちながら聞く。アデルは妹というより姉のようだ。


「……そう。そうなの。やはりそうだと思った。それでずっと悩んでいたのね。無理もないわ。かなり難しいことだもの。私も話しだけなら聞いたことがあるけど、クレア姫はとても綺麗な方のようね。貴方がそこまで思い詰めているのなら、外見のみならず、とても素敵な方なのね。私も会ってみたいな」


 人間と龍族の婚姻が一切認められていない時代だ。しかも相手はラウファー家と敵対するディーワン家の姫。幾ら心が通じ合っていても禁じられた恋。生易しい話しではない。


 アデルはリアムのことは好きだが、恋愛感情ではない。寧ろリアムの幸せを願っている為、応援してあげたいとしか思っていない。だから、尚更立場が婚約者になっている自分が何とかしてやれないか懸命に考えている。兄であるアルバートは自分とリアムの結婚を強く望んでいる為、相談できない。これは自分一人で考えてやるべきことだ。アデルはそう考えた。


「でも、私はずっと疑問に思っていたんだ。何故龍と人間がこう相容れない状況が続いているのかって」


 リアムは驚いた表情を浮かべ、アデルを見る。アデルは何かを決意した顔をしている。


「リア、頑張って。貴方の恋が実るよう、私も手伝うわ。父上達は私達の家同士の縁組みで力をつけ、人間と対抗しようとしているようだけど、全然問題解決になっていない。私の父上にも掛け合ってみるわ。ひょっとしたら、私達のこれからの行動がこの長く続く戦争に終止符を打てるきっかけになるかもしれない。きっと難しいだろうし、想像以上に過酷な道になるかもしれない。遠い未来になる迄結果は分からないかもしれない。それでもリア、絶対に諦めては駄目よ。勿論、こういう事に理解のない兄上には内緒ね。私、貴方をずっと応援しているから」


 アデルはリアムの手を両手で掴んで力説した。とても心強い。


「アディ……どうも有り難う。誰にも相談出来なくて困っていたからとても嬉しいよ。君って、とても凄い龍だね。驚いて言葉が出ない。私なりに頑張ってみるよ」


 リアムは鬱屈うっくつを晴らせたせいか、少し安堵した表情をしている。


 二人は幼馴染み以上の熱い想いで包まれていた。


 しかしこれから先、過酷な運命が待ち構えているとは、この時の二人は想像すら出来なかった。

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