第二十七章 約束


 数日後、リアムとアデルはそれぞれ動き始めた。


 先ずはディーワン家のクレア姫がどんな姫なのか人となりを知る為、アデルはリアムにクレアを呼び出してもらうことにした。


 いつもの草原の森にある小屋の中。


 リアムに連れられたクレアが小屋の中に入ると、中でアデルが待っていた。リアムは外で待つと言い、中には入らなかった。結界を張り、自分達三人と小屋を外から見えない様にした。


 先に口を開いたのはアデルだった。


「貴女がクレア・ディーワン様? お初にお目にかかります、私、アデル・セヴィニーと申します」


「はい、わたくしがクレア・ディーワンです。アデル様、お初にお目にかかります」


 初めての対面。繊細で優雅なクレアに対し、陽光のように明るく輝くアデル。クレアが月であれば、アデルは太陽。見た感じ雰囲気が正反対の二人だ。


「突然お呼び出しして申しわけ御座いませんクレア様、リア……リアムからは話しを聞かれましたか? 」


「リアム様からのお手紙で大体把握しております。……わたくしのせいでお二人を煩わせることになってしまい、申しわけ御座いません」


 クレアは困惑した顔をしている。


「突然ですがクレア様、失礼を承知で言葉を崩します。……貴女本気でリアのこと好き? 」


「……え……!?」


「リアは貴女のことを本気で好きだと言っているわ。貴女はどうなのかと思って」


「わたくし……リアム様をお慕い申し上げております。この気持ちに嘘は御座いませんわ」


「人間と龍族の婚姻は認められていないのは知っているよね? 」


「……ええ」


「貴女の両親とリアと、どちらかを選ばないといけない場合、貴女はどうする? 」


「……リアム様を選びます。あと、わたくし弟がおりますの。弟が居れば家のことは心配無用です。両親を説得し、王族からわたくしを除籍して頂ければ、晴れてわたくしは自由の身ですわ。“ディーワン家”と無縁になれば少しはハードルが下がるかと。実際そうしても構わないと思っておりますの」


 アデルは驚いた。繊細な見掛けによらず随分大胆なことを言ってくる姫だと。

 他にも幾つか質問をした。どの質問に対してもクレアはリアムしか選ばなかった。

 アデルは決心する。


「……よし、分かったわ! 貴女が本気なのが分かった! 貴女方の婚姻が何とかなるように、私からも働きかけてみるわ」


「……アデル様……それ本気でおっしゃっているの? 」


 クレアは目を真ん丸にする。


「ええ、本気よ。貴女だって疑問に思うでしょ? 人だろうが龍だろうが、愛しいと思うものは愛しい。愛しい者同士が結ばれない世界だなんて、絶対に間違っている。世界の方がおかしいのよ」


 アデルは鼻息荒くまくし立てるかのように答える。


「ええ……わたくしもそう思いますわ」


「だからこそ、私も全力で助力するわ。確約は出来ないけど、頑張ってみる」


「でもアデル様は、本当にそれで宜しいのですか? 」


 紺碧の瞳に不安の色がよぎる。


「……私、実は他に好きな人がいるの。親に勝手に自分の結婚相手を決められるのって、嫌なのよ。リアは小さい頃からずっと一緒に育ってきた兄妹みたいな間柄だから、彼には本当に幸せになって欲しいの」


「……アデル様……しかしどうやって? 方法はございますの? 」


「策を幾つか考えているの。私にしか出来ないことも含めてね。上手くいくかいかないかは良く分からない。でもやってみなければ前にも進めないわ」


 アデルの真っ直ぐな灰白色の瞳を見て、クレアは決意した。


「アデル様って、お強い方ですのね。自分の御心に忠実で。ずっとわたくしは諦めることしか考えておりませんでした。わたくし、少し勇気が湧いてきましたわ」


 クレアは紺碧の瞳を輝かせ、称賛の言葉を述べた。

 

 取り敢えずアデルは自分のやるべきことを整理した。

 自分の父親に婚約解消の説得をすること、そして真っ先に危害が及びそうなクレアを守ること。

 これだけは最低でもしないといけない。

 ただでさえ人間は龍族に比べ骨格的に遥かに脆い。

 クレアはアデルでさえも庇護欲ひごよくをそそられた姫君である。あんな、硝子細工のような繊細な姫を野放しにするわけにはいかない。龍族の脅威から逃れさせねばならない。


「何とかして貴女を守りたいから、私は貴女に特別な魔法をかけるわ」


 アデルは術を唱え、クレアの額に人差し指で何かの文字を書く素振りをした。


「……? 」


「今お守りみたいな魔法をかけておいたわ。そう簡単に解けないから触っても問題ない。貴女は普段通りにしていて大丈夫よ。何かあったら心に強く念じて。私が貴女の意思を読み取り、返事をするから」


 アデルはクレアに直接連絡がとれる魔術をかけたのだ。クレアの表情が和らいだ。


「わたくしにも、何か出来ることはないでしょうか? 色々して頂いてばかりで申し訳ないですもの 」


「出来れば貴女の髪を一本頂戴出来るかしら? 帰ってから色々準備することがあるから」


「分かりましたわ」


 クレアは自分の髪の毛を一本抜き、アデルに渡した。


「色々と有り難うございます、アデル様」


「リアにも言ったけど、かなり難しいことだから、覚悟してかかりましょう。思っている以上に長い年月がかかるかもしれないけど、諦めないで、己の信じる道を進むしかないと思う。今の私にはそれしか言えないわ」






 アデルが小屋から出ると、リアムが声をかけた。


「話しは終わった? 」


「ええ、クレア様って、何か想像していたより随分と思い切りの良い姫君なのね」


「ああ、そう言う方なんだ」


「それじゃあリア、この前お互いに話したことをそれぞれ実行に移しましょ。もう時間がない。いつ外出不可のお触れが出されるか分からないから、早速私は今日から数日自室に籠もるわ。ダニエル王様から何か聞かれても適度に答えてね」


「分かった。アディ。アルビーは剣の腕が最強だが、君は魔術の腕が最強だ。恩に着るよ。私は私で頑張ってみる。だけど、私は君にばかり背負わせてしまっているのが気掛かりだ。無理をしないで欲しい」


「心配してくれてありがとう。リア。私は出来ることをやろうとしているだけよ」


「君が私のことを大事に想ってくれているのと同じ位、私は君のことを大事に想っているつもりだ。私の為にここまでしてくれて有り難いのだが、一つ気になることがある。君は、他に誰か好きな人がいるのかい? 本当のことを教えて欲しい」


 アデルはそっと微笑んだ。唇の前に人差し指を立てている。


「誰にも言わないって約束してくれる? 私の兄上にも駄目よ」


「ああ、分かった。墓の下にまで持っていくよ」


「んもう! 墓だなんて、縁起でもないことを言わないで頂戴! 」


 アデルはちょっとむくれた顔をしたが、リアムの耳元に唇を寄せてそっと耳打ちした。


「……え……? 」


 リアムは驚きのあまり声が出ない。


「いい? 絶対に誰にも話しては駄目だからね。約束! 」


 唖然とするリアムをその場に残し、アデルはスカートの裾を翻し、颯爽と自分の城に急ぎ帰った。






 アデルはクレアに“守魂術”をかけることに決めていた。クレアには話さなかったが、守魂術はセヴィニー家代々伝わる魔術の内、禁じられた魔術の一つだった。ある程度腕の立つ龍族でないと修得出来ない高等魔術の一つだが、アデルは若くして修得を許された、数少ない一人だった。


 術者であるアデルが万が一死んでも、クレアの“魂”だけは必ず守りぬく。


 もしクレアに何かあったら、リアムが悲しむ。アデルはリアムのそんな顔を見たくない。リアムの心を守る為に、アデルが一肌脱いだのだ。


 リアムには内緒だが、アデルはリアムにも守魂術をかけるつもりである。クレアと共にリアムの魂を守る為だ。


 しかし守魂術は術式が多く、アデル位の若い龍族にとっては重度の負担がかかる重い魔術である。


 この魔術を一度でも使うと多量の“気”と体力を使い果たし、下手をすると魔術が二度と使えなくなってしまう。それ位の強大な魔術だ。術式自体継承はされるが実践には及ばないことが多く、今迄誰一人成功させたことの無い命懸けの術式である為、慎重にかけないといけない。


 それも術者の負担を軽減させる為、何日かに分けて行う大掛かりなものだ。


 城に帰った後、アデルは先々起こるだろう戦争に備え、魔術の研鑽けんさんの為に暫く自室に籠もることを周囲の者達に伝え、自分が部屋から出て来る迄は何人たりとも部屋に近付くことさえ禁じ、例え肉親であれ立ち入り禁止とした。


 自室に入ったアデルは戸を厳重に閉め、術をかけて中に誰も入れないようにした。危険な術である為、他の者を巻き込まないようにする為である。窓を閉めカーテンで遮光した。蠟燭ろうそくに火を灯し、自分の足元に自分の血で魔法陣を描いた。その中央にクレアの黄金の髪一本、事前に入手しておいたリアムの漆黒の髪一本を置いた。


 そこでアデルは瓶を取り出した。“願いが叶う”と噂高いアトロポスの泉からこっそり汲んできた水だ。その水を陣の中央に静かに垂らした。


 それからアデルは床に座って目を閉じ、深呼吸して指を組み、術を唱え始めた。


 アデルの周りを静かに暗紫色の光が輝き、陣の中央を包み込んでゆく。


 真っ暗な闇の中、蠟燭の灯りだけがゆらりゆらりと動き続けた。

  

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