第十八章 不穏な動き

 ――アシュリンやサミュエルが生まれるずっと前。


 まだ人間と龍族が共存を許さず事あるごとに闘いが絶えなかった時代。


 ガウリア家、ランドルフ家、デルヴィーニュ家、ピュシー家、ラスマン家と言った龍族の祖先は全て純血の龍族だった。


 戦後終結後、龍族は人間との混血を許す種族と許さない種族と大きく二つの派閥に分かれた。龍族の遺伝子は人間の遺伝子より遥かに優勢である為、混血しても龍族としての特徴を失うことは殆んどない。ただ、人間の遺伝子を受け継いでいる為、龍族の血が薄くなる分寿命だけは短くなる。ラスマン家のような純血の長命種であることに誇りを持つ種族は、短命になるのが許せなかった。


 現ラスマン家の土地は現在二か所ある。主家はベレヌス内に屋敷を持ち、傍系の一族はエリウ内に居を構えている。


 四百年前迄は所在不明だったが戦争終結後エリウに屋敷を持ち、数年後ベレヌス内にも屋敷を建て、合わせて二か所に分けて居を構えるようになった。そして表立って目立つことは一切せず、ゆっくりと力をためてきた。あまり表に出ることがなかった為か、ラスマン家に関してはあまり知られていない事項が多い。





 あくる日、ベレヌス内にあるラスマン家の屋敷の中庭にて、二頭の黒龍が話しをしていた。ラスマン家の当主、ハーデースとその息子、エレボスである。


「エレボス、それは誠か」


 ハーデースの声に驚嘆の響きがある。


「本当でございます、父上」


 父からの問いにエレボスは答えた。


「あの語り継がれてきた“月白珠”が発動しているのを目の当たりにしたのか。しかも、発動させる力を持つ娘がガウリア家に居ると? 今迄あの宝珠はガウリア家に代々受け継がれてゆく単なる婚姻の印だけだという認識であったが、巨大な力を秘めている可能性があるとは……」


 エレボスは報告を続ける。


「はい。私はその娘がガウリア家の次男・サミュエルと二人で居たのを目撃しました。恐らく発動する月白珠はサミュエルの持つものだと思われます」


 それを聞いたハーデースはエレボスに命じる。


「その娘を手に入れよ。月白珠は意思を持つと聞く。きっと既にその娘の魂と呼応しているに違いない。恐らく彼女を月白珠と引き離すことは出来ぬ筈。娘ごと連れて来い」


 エレボスは驚いた。純血種の龍の血筋のことばかり尊ぶハーデースが、まさか人間を呼び寄せるように言うとは一ミリも想像出来なかったからだ。そんなに「力」が欲しいのだろうか?


「父上。あの娘は人間ですよ。宜しいのですか?」


 エレボスは驚きの余り父に聞き返した。


「それが何だ? 私はあの月白珠の威力をこの目で見てみたいのだ。どこまで力を秘めているのかまだ誰も知らぬのであれば、尚更気になるではないか。それに、その娘はただの人間ではなさそうだしの。身辺も根こそぎ洗え」


 ハーデースは顔色一つ変えずエレボスに再度命じる。


「分かりました」


「先日ゼピュロスを攻撃したばかりだ。タイミングや方法はお前に任せる。慎重にせよ」


「仰せのままに」


 ハーデースは不敵な笑みを口元に貼り付けた。エレボスは何も言わずその場を辞した。







 こちらはエウロスにあるガウリア家。

 医師の診断によると、ウィリアムの怪我について内部損傷はそこまで深くはないが、大事をとったほうが望ましく、暫く戦闘は不可とのことだった。勿論、薬の処方も出ている。


 鍛錬場にて訓練中の兵士達による賑やかな喧騒の中、椅子に腰掛けているウィリアムはため息交じりに背伸びをしていた。


「ずっと安静だなんて何か退屈〜!」


 ウィリアムの横でサミュエルは剣を使いながら自己鍛錬をしつつ、兵士達の監視、指導をしている。


「大人しくしていろ、ウィル。呪術がかけられてなかったのが分かっただけでも有り難いと思え。重症ではなくても軽症でもないのだから、油断するな。ランドルフ家次期当主殿」


 ウィリアムは恨めしげな視線をサミュエルに送りつつ口をへの字に曲げた。

 

「……分かったよ。その薄ら寒い肩書きを言うのはやめてくれ。そう言えばお前も先日から外に出られない状況が続いていると聞いたが、良く平気だな」


「……私は元々そこまで飛び回るのは好みではない。外の仕事に関しては元来活発な兄上の方が向いている。だからそこまで窮屈さを感じない。“気”を無駄に消費することもないから、いざ緊急時に対応出来る」


「まぁ、常に屋敷内に居れば愛しの君にも会いに行きやすいしな」


 ウィリアムの茶化しにサミュエルは冷静に返す。


「アシュリンはいつの間にか屋敷内の使用人や兵士達と仲良くなっているようだ。皆と仲良くしてもらえることは結構なこと。彼女は元々明るく活発なタイプのようだから、きっと私より窮屈な思いをしているに違いない。そこで相談だが、時々で構わない。彼女の話し相手をしてくれないか? 現状では暫くエウロスの外には出られない上、当家の書庫では補えない別の世界を知る良いきっかけとなるだろうから」


 ウィリアムは医師より処方された薬を服用しながら答えた。薬の苦味に顔をやや顰める。


「私は一向に構わぬ。彼女は同族の女の子には見ない良い娘だから、話していて楽しいしな。だが、お前時々彼女に会いに行けよ。幾らお前の月白珠を持たせているとは言え、我らと違い彼女は人間だ。いつ色々なものに狙われてもおかしくない状況だからな」


 サミュエルの脳裏に月白珠が暴走した時の事や先日の襲撃の事が蘇る。サミュエルは目を伏せながら答えた。


「……分かっているつもりだ。心配してくれて有り難う」


「……あ、アシュリンさんだ!」


 突然兵士の一人の声のトーンが上がる。声の方に頭を向けると、盆と籠を持ったアシュリンとハンナが姿を表した。盆の上の茶器からは真っ白な湯気が立っており、籠からは香ばしい香りが漂っている。


「サム、そろそろ休憩時間ではないかしら? 差し入れと温かいお茶を持ってきたのだけれど」


 サミュエルはアシュリンから手渡されたタオルで汗を拭いながら目を細めた。


「確かにその通りだアーリー、わざわざ有り難う」


「厨房の皆さんと一緒にちょっと新作のお茶菓子を作ってみたの。上出来だったから持ってきたわ。皆さんのお口にあうと良いのだけれど」


 サミュエルの後ろからウィリアムが顔をひょいと出した。アシュリン手製の菓子に興味津々である。


「へぇ~アシュリン殿は器用なんだな。私も頂いて宜しいかな?」


 アシュリンはにっこりと微笑む。


「ええどうぞ。沢山作りましたから」


「暫し休息とする! 今日の訓練はまだ途中だ。食べ過ぎないように!」


 サミュエルが合図すると、兵士達は己の武器を放り出してアシュリンとハンナが持つ籠にわっと叢がった。アシュリン達が兵士達の相手をしている後ろでウィリアムが茶を啜っているサミュエルにそっと耳打ちする。


「……ところでサム、アトロポスの泉を知っているか?」


「ああ、以前行ったことがある。最近は行っておらぬが……そこがどうかしたのか?」


「偵察で探りを入れている私の部下からの情報だが、アトロポスの泉の近くにある石碑の封印が何者かに解かれたらしい」


 サミュエルは眉を顰める。


「それは一体いつの話しだ?」


「どうやら二・三日前らしい」


 ――アトロポスの泉。それは丁度オグマとベレヌスの間に横たわるかのように存在する森の奥深くにあり、湖面が虹色に輝く大変美しい泉である。人間と龍族の戦争終焉の地とされており、泉の傍には石碑が建てられている。祈ると願いが叶うとされている泉だ。


「封印が解かれた以外に何か変わった点は? 」


「石碑の下に保管されていた箱が無くなったらしい。箱の中身は何が入っているのかお前は知っているか?」


 サミュエルは首を横に振る。


「詳細は知らぬが、何かの書物が入っていたことは確かだ」


 アトロポスの泉の石碑。サミュエルの記憶の中では特に金目の物は保管されてなかった筈。封印までしてある時点で重要書類に違いない。しかもそれが破られているとは只事ではない。封印は強力で、簡単には解けない筈。しかし、箱ごと持ち出したのは一体誰で、一体何が目的なのかは現時点では不明である。恐らくラスマン家が関係してそうだがまだ確定出来ない。


「そのことは私も気になるな。私の方も誰かを調べに遣る。ウィル、重要な情報を有り難う」


 アトロポスの石碑の封印を解いた者。一体何が目的なのかは不明だ。


 ――アトロポスの石碑での事件は、ヘスティアーにいる兄上にもお伝えせねば。何か手掛かりがあると良いのだが……。






 一方、ゼピュロスのヘスティアーにあるランドルフ家は、現在ラスマン家からの襲撃後の後始末と復興工事真っ最中だった。


 幸い厨房と救護室は損壊を免れていた為、負傷者の治療と食事の準備には困らなかった。救援物資等に関してはガウリア家、デルヴィーニュ家、ピュシー家が協力してサポートしている。中庭に臨時の天幕住居が設けられ、損壊が激しく寝泊まりに困る者はそこに避難し、暖をとっていた。


 季節は冬。雪はまだ降らぬが、冷え込みがきつい。早朝から冷気が厚着の服の上から針のように刺してくる寒さだ。


 厨房の窓からは炊き出し準備中の湯気がゆっくりと登っている。


 ヘスティアーに来ているテオドールは、瓦礫がれきとなっている建物の壁の山を目にした。


「ここも手酷くやられたものだ」


 いつも通り被害状況を調べ、復旧作業で必要とする物資の供給の算段をつけていたテオドールの元に、ザッカリーが瞬間移動術で現れた。


「テオドール殿!これは失礼を致しました」


「これはザッカリー殿。お疲れ様」


 ザッカリーの顔を見て、テオドールは破顔した。


「それにしてもラスマン家の者は予告もなしに襲撃とは卑怯です。ラスマン家との付き合いがないので良く分からないのですが、彼らは礼節をわきまえない種族なのでしょうか? ランドルフ家の人間が一体彼らに何をしたと言うのだか……」


「私も彼らとの付き合いが全くないから良く分からぬ。どうやらラスマン家は戦後四百年間、ガウリア家、ランドルフ家、デルヴィーニュ家、ピュシー家の四家とは特に付き合いをしていないようだ。他家とは交流があったのやもしれぬが。今迄市中や市街で起きていた事件が急に身近にせまって来るとは思わなかったな」


 ザッカリーはテオドールの顔を見て話題を変えた。


「テオドール殿、ウィリアムの安否に関して何か聞いていますか? 彼のことだから大丈夫だとは思うのですが」


 ザッカリーは無表情だが、声色だけでウィリアムの身を案じているのが良く分かる。ウィリアムをガウリア家で匿っている件はまだ他言無用事項である。ザッカリーも弟の旧友なので教えてやりたいが、テオドールは話せない。と言って知らぬ存ぜぬ百パーセントの嘘をつく気にもなれない。


「彼の居場所は不明だが、生きているという話しだけならば聞いている。信じて待っていればいずれ何か分かるだろう」


 そこでテオドールは動きを止め、目を閉じた。“気”を集中させている。“気”を通じてサミュエルの声がテオドールの脳に直接響いてきた。「伝達術」は同じ血族の者同士であれば“気”を介することのみで、直に伝達事項を受け止めることが出来る。テオドールは静かに目を開け、ザッカリーを見た。


「つい今しがた弟から連絡が入ったのだが、アトロポスの石碑で盗難事件が起きたようだ。君は何か聞いているかな?」


 ザッカリーは首を横に振る。


「いや、今お聞きしたのが初めてです。あの強力な封印が解かれるとは……驚きです。一体誰が何の目的でそんなおおそれたことを」


「分からぬ。我々の持つラスマン家に関する情報があまりにも少ない。もっと情報を集めねばなるまい。今日はピュシー家のエドワード殿は来られないようだ。ノトスの方からも調べてもらうよう連絡しないと」


「エドには私から連絡しておきましょう。また後日何か分かればご連絡致します」


「そうか、有り難う。宜しく頼む。ラスマン家がこれ以上被害を広げるようであれば、我々で抑え込みにかからねばなるまい」


 ベレヌス、エリウ、オグマの各地でこれまで起きてきた死傷事件。エウロス上空での奇襲。ヘスティアーの襲撃。アトロポスの石碑での盗難事件。


 次々と起こる事件で共通しているのは何れもラスマン家がどこかで関わっているのではないか? ということだ。推測に過ぎぬ事例もある。しかし、先方の目的が今ひとつはっきりとしない。彼らの狙いは一体何なのか? 釈然としないまま、時間ばかりが過ぎてゆく。


 ――今我々が出来ることは、いち早くランドルフ家が動けるよう復旧作業のサポートを続けることと、ラスマン家の情報を掻き集め、なるべく被害を最小限に抑え込めるように努めることだ。


 今年の冬は例年より厳しい寒さになりそうだ。


 そんな予感がするテオドールだった。

  

 

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