第三十二章 突然の乱入者

――私は心から好きになった方と一緒になりたいの。自分で決めたい。リアだって自分で決めたい筈はずよ。そうよね、リア――


――リア、頑張って。貴方の恋が実るよう、私も手伝うわ。父上達は私達の家同士の縁組みで力をつけ、人間と対抗しようとしているようだけど、全然問題解決になっていない。私の父上にも掛け合ってみるわ。ひょっとしたら、私達のこれからの行動がこの長く続く戦争に終止符を打てるきっかけになるかもしれない。きっと難しいだろうし、想像以上に過酷な道になるかもしれない。遠い未来になる迄結果は分からないかもしれない。それでもリア、絶対に諦めては駄目だめよ。勿論もちろん、こういう事に理解のない兄上には内緒ね。私、貴方をずっと応援しているから――


――恋に理由なんてないわ。好きになってしまったのなら仕方がないじゃないの。多種族同士の婚姻を認めないだなんて、私はそちらの方が理解出来ないわ。兄上は龍族しか興味ないから理解して貰えないと思って、私の独断でずっとリアムと一緒にこれまで頑張って来たの。クレア姫はリアを誑たぶらかすような、そんな方ではないわ。曲がったことが出来ない、素直で純粋な方だって、少しは理解してくれた? リアが大切に思うのも無理ないもの。現況を何とか好転したいわ――


 嘗てそんなことを生き生きと語り、励ましてくれたアデル。

 常に自分の心に忠実で、信じた道を真っ直ぐに貫いていたアデル。

 いつも笑顔を絶やさず太陽のようにきらきらと輝いていたアデル。


 アデルの声が走馬灯そうまとうのようにリアムとアルバートの頭の中を駆け巡った。そのアデルは今、アルバートの腕の中で静かに眠り続けている。


「アディ……」


 アデルに駆けつけようとしたリアムをアルバートが手で制した。まるで、リアムからアデルを守るかのように。動きを止めたリアムに、アルバートは感情を押し殺しつつ、静かに言い放った。


「……セヴィニー家の王より達しが来た。アデルには黙っていたが、私はアデルの補佐の為でもあり、セヴィニー家の王から直接指示もあって此処に来たのだ。“軍隊が来たら内通者をしいせ”とな。私にももうどうにもならない。何者でもないお前に刃を向けねばならぬ日が来ようとは……歯痒はがゆくてならぬ」


 瞳を赤くしたアルバートはどこか声が震えている。

 もう後戻り出来ないところまで来てしまった。

 それを見たリアムは提案する。


「お前は立場上“王”からの指示に逆らえぬ。……ならばアルビー。“決闘”ではどうだ? それならば、一世一代の真剣勝負だ。どちらかが生き残るか共に果てるか。いずれにせよ互いに後腐れないだろう」


「……良いだろう。お前がそう望むのであれば」


「お前は大丈夫か? 先程の闘いで満身創痍だが」


「案ずるな。お前が奴を止めてくれたお陰で“気”である程度回復済みだ」


 アルバートは妹を今一度強く抱き締めた。そしてまだ温もりのある白皙の額に静かに口付けを落とし、彼女の手を胸の上に組ませ、静かにそっと床に寝かせた。名残惜しそうな表情を浮かべながら。


 リアムとアルバートは剣を手にし、構えをとった。


 修行の一環もあり、幼い頃から互いに手合わせなら何度もしていた者同士だ。相手の弱点も知り尽くしている。勿論、それに対する対応方法は考えて補填済みだ。しかし今回ほど重苦しく苦い闘いはない。避けられるものなら避けたかった一世一代の真剣勝負。文字通り、これが彼等にとって最期の闘いになるだろう。


 ――もう、こんな戦争見たくない。お前と刺し違えられるのなら、私は死んでも後悔しない


 月白色の上着を来たリアムと、漆黒の上着を来たアルバート。


 光と闇が混じり合う混沌としたこの世の中で、二人は必死に剣を交えながら互いに語り合っていた。


 まるで兄弟の様に仲良く育っていた二人。

 互いに愛する者を失い、心が崩れそうになっているのを、理性と気迫だけで何とか保っていた。

 互いに全身切り傷だらけとなっているが、動きを決して止めようとしなかった。

 まるで死地を求めて彷徨い続けているかのように、身体は意志とは無関係に動き続けている。

 愛する者はもう動かないのに、残された自分達は動き続けねばならない。


 仕掛けられた罠の為に、立場を危うくされたリアム。罠である噂は「真っ黒」な嘘なのに、周りはその嘘を「白」と信じ込まされ、誰も真実を見極めようとしない。「事実」を信じているのはアルバートとアデルのたった二人だけ。だが、内一人はもうこの世を去っている。

「事実」と「真実」が乖離かいりしていて、その距離は近づくどころかどんどん離れてゆく。リアムは自責じせきの念もあり、どんどん追い詰められてゆく。






 そこへ、突然真っ白な光が差し込んで来る。

 死に物狂いで戦っている二人は共に空いている腕で目を覆ったが、動きは止まらなかった。

 極僅ごくわずかだが、アルバートの剣先がリアムの身体を貫こうとしていた。


 その途端、二人の間に優しい香りが舞い込んで来た。アルバートは嫌な手応えを感じる。


 二人は目を覆っていた腕を外すと、共に信じられない光景が飛び込んで来た。


 身体を貫く剣。

 迸ほとばしる鮮血。

 落ちる帽子。

 その下から現れた波打つ黄金色の髪。


 ――この香りは……薔薇の……香り……!?


 突然の乱入者に二人は驚く。辺りに漂うこの場にそぐわない、甘い薔薇の香りが三人を包み込んでいた。


「……リ……アム……」


 クレアの身体が倒れ込む。出会った頃を思い出すようなカーキ色の男装だ。


「クレアーーーッッ!!!!! 」


 帽子がコトリと床に落ちると同時にリアムはクレアを抱き止めた。クレアの腹は見る見る間に朱に染まってゆく。アルバートの剣を持った手が激しく震えている。剣先から血の雫が文字を描いていた。


「……クレア……何故……? 」


「……リアム……ごめんなさい。わたくしのせいで貴方にご迷惑を……」


「……そんなことはない……貴女がそんな……」


「……侍女達から聞いて偶然企みを知り、マックスを止めようと後を追おうとしましたが上手く城を出られず……。数日悩んでいたところ突然目の前が真っ白に光り、気が付いたら此処で。丁度貴方が危ないところでしたの……きっとアデル様のお力ですわ……」


 クレアは激しく咳き込む。これ以上喋らせないよう、リアムはクレアを抱き寄せた。どうやらアデルは使える“気”を全て使い、クレアをリアムの元へ強引に移動させていたらしい。アデルは瞬間移動術を使えない筈だが、何とかして二人を会わせたかったのだろう。アデルの真摯な想いがひしひしと伝わってくる。


 戦時中なのだから、誰が誰に殺されても不思議ではない。

 だが、己にとって近しい者が命を落とすのを目の当たりにし、冷静でいられる者は果たして居るのだろうか? それも、命をしてでも守りたい相手なら……。


 カシャン……


 音を立てて剣がアルバートの手から滑り落ちた。せきを切ったようにアルバートは叫び出す。


「……リア、お前が人間の姫を好きにならなければこんなことは起こらなかった! 」


 リアムも負けずに言い返す。


「人であろうと龍であろうと、愛しいと想う気持ちは同じだ。種族が異なる者同士が何故結ばれてはならぬのだ? 答えよアルビー! 」


 アルバートの悲痛を帯びた叫び声はとどまることを知らない。


「それでは何故私の可愛い妹が死なねばならないのだ! 彼女から事情を聞いたが、妹は何一つ間違ったことをしたわけではない。アディは……アディは、お前がその人間の姫に気があることを知り、お前の望みを叶えようと奔走していたのだ。無茶ばかりして、お前の為に骨を折ってくれた優しい妹だぞ。死なねばならぬ理由などない。それなのに……アディはもうこの世には居ないのだ! アディはお前を苦しめるようなことをしたか? 彼女はまだ十六だぞ。明るい彼女にはこれから先もっともっと幸せが待っていた筈。お前が婚約破棄なぞせねばアディは騒動に巻き込まれて命を落とすことなぞなかったのかもしれぬ。お前がアディを殺したようなものではないか!! 答えよリア! 」


 血走らせて瞳を真っ赤にした双方の叫びは虚空に響き渡った。しかし双方は共に答えることは出来なかった。どちらも間違ってはいない。それなのに、双方にとって大切な者を傷付ける結果となってしまったのだ。


「アディを……アディを……返してくれ……!!! 」


 アルバートは理性をかなぐり捨て、アデルの身体を再び抱き締めながら嗚咽おえつした。


「返せ……返してくれ……」


 アルバートの泣き声が部屋中静かに響き渡っていた。

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