第20話 また寝不足
「……なあ」
「なに?」
「なんで凪桜が俺の布団にいるんだ?」
「お布団好き」
「知るかっ!?」
二人が風呂から上がってきた頃には、もう12時を回っていた。
明日のこともあるし寝ようかという話になったのだが、少し目を離した隙に凪桜は誠が普段使っている布団に包まっていた。
不動の構えを取る凪桜をどうにかして那月のベッドへ移動させようと試みているが……。
「おやすみ……」
「凪桜? そこで寝られると俺の寝床無くなるんだけど?」
「……うるさい。一緒に寝れば解決。暖かいし」
「寝床の問題は解決しても別の問題が発生するんですが????」
「凪は気にしない」
「俺の純情な心を気にしてくれない??????」
とまあ、こんな感じで聞く耳を持たない。
「凪桜ちゃん? 私と一緒に寝ませんか?」
「それは別にいい。けど、布団がいい」
「そこをなんとか……」
「じゃあ、那月も布団で寝る。誠はベッドで寝る。これで解決?」
「自分が動く選択肢がないあたり徹底してるよなぁ……」
関心半分呆れ半分で交渉の行方を眺めること数分。
――誠は一人、ベッドで横になっていた。
「那月、いいのか?」
「良いも何も、これが最善のはずです。凪桜ちゃんは布団で寝られる。誠さんの寝床も確保出来る。そして同衾もなし」
「……那月がいいならいいんだけどさ」
わざわざ口を挟んで事情を複雑にする必要もないだろうと、誠は仰向けになって天井を仰ぐ。
目を閉じて睡魔に意識を攫われることを望み……一向に眠れる気配はなかった。
その理由は誠が指摘しなかったもので。
(いつも那月が寝てるって考えたら落ち着ける訳がないんだよなぁ……)
普段ここを使っている那月の姿を意識してしまい、中々眠れない。
自分が使っている布団とは違う女の子な匂いに囲まれては安眠出来るはずもなく。
自意識過剰とわかっていながら切り捨てられないのは経験不足からだろうか。
(二人はこっちの気も知らないで熟睡してるし……)
息がかかりそうなほど身を寄せあって二人は静かに眠っていた。
可愛らしい寝顔に思わず心のシャッターを切りながら、今日のことを振り返る。
実質的に初めての『鏡界迷宮』探索。
成果としては上々で、自分の力量で戦えることもわかった。
更には集団で那月を連れていくために襲撃してきた男たちのことも気がかりだ。
(知らないことが多すぎる。情報と理解が足りてない)
誠はこの世界に来てから日が浅い。
詳しい情勢や那月を狙う黒幕の正体を掴むのは困難だ。
だが、逆にいえば誠のことも黒幕には深く知られていないだろう。
調査と称した罠から生還した那月、その隣にいた謎の人物。
同行者にいなければどこから湧いたのか……答えは『鏡界迷宮』の中からだ。
つまり、今の誠は敵にとっての未知。
多くの事情を知っているのは那月と千鶴の二人くらいなものだ。
(楽に生きるのは当分先だな。でも、まあ)
楽しいと思える日常を守るために戦うのも吝かではないなと未来へ思いを馳せて。
結局まともに眠れぬまま日の出を迎えたのだった。
「おはようございます」
「ああ……おはよう」
「また寝不足ですか? それとも体調が――」
「残念ながら寝不足だよ。寝付けなくて、気づけば朝だった」
欠伸を噛み殺しつつ答える。
フライパンで人数分の鮭の切り身を焼きながら、味味噌汁の煮え具合を確かめる。
具材は豆腐と大根と油揚げ。
薬味ネギを乗せれば彩りも及第点だろう。
「もう少しで出来るからな。そうだ、凪桜を起こしてきてくれないか」
「それはいいですけど……今日の探索はお休みにしましょう。誠さんの体調が心配です」
「うっ……すまん」
「いいんですよ。その代わり、今日一日はゆっくりして明日探索に行けばいいんですから」
気にしないでと残して、那月は凪桜を起こしに部屋へ向かった。
自己管理不足を申し訳なく思いながら朝食の準備を終えたものの、那月はまだ戻ってこない。
「……何かあったのか?」
家の中だから事件沙汰ではないだろうが、念の為に誠も凪桜を起こしに行くことに。
扉を開くと、困ったように首を傾げる那月と眠ったままの凪桜。
「あ、誠さん」
「あー、なるほど。凪桜が起きない、と」
「色々と手は尽くしてみたのですが……この通り微動だにしません」
肩を揺すっても、頬を突いても凪桜に変化はない。
近所で爆発が起きても目覚めないだろうと思えるくらいの熟睡ぶりだ。
「俺が起こしてみるか」
「お願いします」
さて、と腕まくりをして気合を入れ、凪桜が包まっている布団を強引にひっぺがす。
暖かい布団を離さないよう必死に抵抗しているが、虚しく敗れ去り凪桜の身体が敷布団に転がった。
そんな彼女を見て誠の目が点になる。
横に膝を抱えるように眠る凪桜は、ダボダボのシャツしか着ていない。
大きく空いた胸元に広がる肌色空間は、布団に押し付けられ扁桃型になっている。
誠が以前見た那月のソレよりもボリューミーで、否応なく視線が釘付けにされていた。
「誠さん、どこ見てるんですか」
「これは事故だろっ!?」
「見てたことは否定しないんですね」
訝しげな視線が突き刺さるも、そのまま凪桜を起こそうと試みる。
「こういう時はな、鼻を摘んでやると――」
「……ふご」
「おはよう、凪桜」
「……まこと? もしかして、襲われて――」
「――ない!」
「つまんないね。ふぁぁ……」
ほわわと欠伸をして、猫のように身体を伸ばす。
目を離せば眠りに落ちてしまいそうな凪桜を引き連れて、朝が始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます