第22話 怠け者たちの昼休憩
昼間の探索者協会支部長室。
カーテンを締め切り薄暗い一室で、呑気に椅子に座って両足を投げ出し昼寝に耽るのは、この部屋の主である千鶴。
相も変わらず支部長の威厳など欠片も感じられないダボダボのTシャツ一枚で寛いでいた。
一見すれば仕事をサボっているようにしか見えないが……いや、事実半分はその通りだ。
なら、もう半分は何なのかと問われれば――他には任せられない仕事。
がこん、と天井の一部が外れて、そこから飛び降りソファへ物音一つ立てずにダイブした少女。
あたかも自分の家のように気の抜けた態度で寝転がるのは、焦茶色の二束を広げた凪桜だ。
「――ちとせ」
「……おや、なぎなぎじゃないですか。こんな時間に不法侵入とは珍しいですね」
目を閉じたまま声だけで凪桜であることを察した千鶴が軽口を飛ばす。
不法侵入とは言ったが、凪桜が通ってきたのは千鶴が意図的に残している連絡用の経路であり非常事態に備えての脱出口。
千鶴が使うのは仕事が嫌で夜逃げする時くらいだが、それはそれ。
「何かあったんですか? 寝るためだけにここに来るとも思えませんし」
「ん。昨日二人に泊めてもらった」
「それで?」
「ご飯美味しかった」
「そりゃ良かったですねー」
抑揚のない口調で語る凪桜へ適当に相槌を打ちながら、千鶴は小さなベルを鳴らす。
少しして、扉をノックする音。
「入るわよぉん。……って、さーちゃんじゃないの! 報告かしらぁん?」
「ん、そんなとこ」
「お勤めご苦労様ね」
「かおるん。ボクにコーヒーと、なぎなぎにはミルクを。あと、念の為に人払いもお願いします」
「わかったわ。少し待っててね」
決して雑用係で使われるような立場ではない薫は嫌な顔一つせずに、注文を受けて二人の飲み物を取ってきた。
千鶴の執務机にブラックコーヒーを、凪桜が横たわるローテーブルの前にミルクの入ったカップを置いて下がる。
「また何かあったら呼んでちょうだい」
「ありがとうございます」
「ありがとー」
パタン、と扉が閉じて。
再び二人だけになった支部長室。
千鶴はコーヒーに常備してある角砂糖を何個も入れて掻き混ぜ、一口含んで息をつく。
「んー……甘いですね。自分で砂糖入れてなんですけど」
「いつもブラックだよね?」
「そういう気分ってだけですよ。で、何か尻尾は掴めましたか」
投げやりに聞く千鶴。
凪桜はふぁぁ、と欠伸をして緩慢に身を起こし、ミルクの入ったカップへ手を伸ばす。
両手でミルクの入ったコップを持って傾け、唇の上に白い髭を作って。
――ぱちり、金色の瞳が見開かれた。
「代々木公園『鏡界迷宮』内部で二人が襲撃を受けた。装備の統一性はなし。多分下請けばかり。顔に見覚えがなかった。二人は自力で逃げ切った」
「ふむ。襲撃犯に関してはこっちにも情報が上がってきていますので、後で資料を渡しましょう」
「助かる。仕事が減るのは大歓迎」
「で、どうして二人と接触したんですか?」
「……お腹空いて倒れた時に家に入れられた。不可抗力。凪、悪くない」
「そんなことだろうと思いましたよ……」
やっぱりかと頭を千鶴は頭を抱える。
監視なのに一緒にいてどうするんだと。
不可抗力だとやる気のない弁解をしているが、これが凪桜の平常運転。
当然、千鶴がそれを知らない訳もなく。
それ込みで凪桜に依頼したために強く責めようとも思えない。
何より……大変残念なことに千鶴にも凪桜の気持ちが少しばかり理解出来てしまうからだ。
とはいえ、凪桜を監視に遣わせた目的を考えればそれも有りかと考える。
二人からの警戒は和らげておきたかった。
信用されてこい、という話ではない。
単に敵じゃないと示せればそれで十分。
「ああ、そうだ。関連して一つ伝えておきましょうか。――彼方の隠密から連絡が途絶しました」
「……死んだ?」
「そのつもりで動いた方が得策でしょう。ですが、彼方には隠したいものがあるんでしょう。決定的な証拠が見つかれば突入出来ますが……」
「原因は魔術?」
「彼方相手に魔術抵抗力を軽視するような隠密は居ませんよ。恐らく遺物関連でしょうね」
くい、とカップを傾け甘いコーヒーで舌を濡らす。
彼方の魔術は対人、対魔術師には滅法強く厄介なものだ。
だが、それだけに彼方の魔術は知れ渡っている。
対策しない馬鹿は千鶴が首にするだろう。
「ちとせは何か考えがある?」
「んー……そりゃまあ売られた喧嘩は買うつもりですけど、まだその時じゃないので」
「コスパ悪い?」
「そそ。どうせなら手間は少ない方がいいじゃないですか。あっちから手を出してくれるのが理想ですけど……」
協会は立場上、中立を守らなければならない。
しかし、それも法に触れる行いをしているのであれば話は別。
証拠があれば今すぐにでも検挙できる体制は整っている。
だが、肝心の証拠がないのだ。
ならばどうするのか。
答えは単純明快――
「二人を釣り餌にするのは気が引けますけど、その分のなぎなぎですし」
「……凪、食べられる?」
「貴女は食べる側でしょう」
「そうだった」
「さて、お話はこれくらいですかね。もう接触したのなら、この先は好きにして貰って構いません。なんなら二人と探索に出てもいいですよ」
「気が向いたら、ね」
今後の方針も決まったところで、二人はぐだぐだと人目もはばからずにだらける。
怠け者たちの昼休憩はまだまだ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます