第21話 二度目のそれは
「今日はどうしましょうか」
「俺の都合で悪いな」
「私だって寝不足の人を探索に連れていく気はないですよ。危ないですから」
「誠、寝不足? 一緒にお昼寝?」
「一緒には寝ないって。でも、少し寝た方がいいかもな」
睡眠不足は体調不良に直結する。
身体が資本の探索者ならば尚更だ。
一日休めば単純に稼ぎが減るし、身体も鈍る。
翌日元気になっても悪循環に陥ってズルズルと落ちぶれていく者は珍しくない。
「では……膝枕なら寝られますか?」
「……えと、なんて?」
「ですから! ……私の膝枕なら寝られますか、と聞いているんです」
モジモジと指を遊ばせ俯きながら、那月がそんな提案をした。
それは『鏡界迷宮』での一幕を想起させるには十分で、頭の裏に感じた柔らかさを意識して那月の脚に意識が向く。
あの時の膝枕は直前の戦闘で魔力欠乏になっていたこともあり、とてもよく眠れたのを覚えている。
世界のどこを探しても那月の膝より寝やすい枕は中々見つけられないだろう。
「別に無理しなくていいんだぞ?」
「無理してません! 私がしたいからするんです。それに、一緒に寝るわけではないですし問題は無いですよね」
「いやまあそうだけど……そうか?」
「凪と寝ないって言ったのになつきとは一緒に寝るの?」
「あーもう話をややこしくしないでくれ……」
頭を抱えながら全員が納得出来る内容を模索するが、やはりどこかで食い違う。
議論に議論を重ねること数分。
待ちきれなかった凪桜は一人で寝てしまい、誠は那月の膝で眠ることが決定した。
部屋に着くなり凪桜はベッドへダイブし、
「……すぴ」
「寝付き良すぎだろ」
「ホントですね。もう起きそうにありません」
凪桜は横になるなり夢の世界へ旅立った。
少しは寝付きの良さを分けてもらいたいくらいだ。
今日の凪桜はベッドの気分だったらしく、すんなりと場所は決まっていた。
誠は畳んでいた布団を敷き直し、那月が座って部屋着の裾を整え膝をポンと叩く。
寝ろ、という意味だろう。
敢えて言葉にしないのは、単に気恥しさを紛らわすためだ。
それをわかっている誠も気を使わせないように、なるべく自然に膝に頭を預け横になる。
くしゃり、と誠の髪が広がり、じんわりと熱が全体へ広がっていく。
「っ、あの、あんまり動かないで下さい。髪の毛が当たって擽ったくて」
「悪い、もうちょっと……よし」
誠は那月の膝の上で身じろき位置を調整し、寝やすい体勢を見つける。
身体には薄手のブランケットをかけて、時折髪を手櫛で梳かす細い指先の感触に目を細めた。
いつか感じた安心する柔らかさと温度。
何十年も前に母親にして貰っていたのを思い出して、胸の内に郷愁が広がる。
(もう、4年以上も会ってないんだよな)
誠は4年前、何の脈絡もなく異世界へ転移し、幾度となく死ぬような思いを経てここにいる。
その時は生き残るのに必死で元の世界に帰る手段なんかを探すのは難しかった。
しかし、今ならその余裕もあるのでは? と考えたのだ。
幸いなことに、この世界には魔術がある。
那月は転移の罠で『鏡界迷宮』内を飛ばされたとも言っていたし、別の世界に転移する魔術も探せば存在するのかもしれない。
なかったとしても、まだまだ時間はある。
自分の力で魔術を作り上げるのもいいだろう。
だけど。
(それは……那月を捨てるってことだ)
誠が世界を去れば、那月とは永遠にお別れだ。
誠は誠の、那月は那月の世界をそれぞれ生きることになる。
穏やかで平穏な、誠の求める楽な日々だろう。
だが、それは今の誠にとって『楽しい日々』と言えるのだろうか。
この世界で出会った人と家族、重すぎる二つを天秤にかけたとして。
後悔しない選択など万に一つも有り得ない。
先延ばしにすればするほど答えなど出せなくなる究極の問い。
(でも、今は――那月の傍にいたい)
それでも楽を求める誠は、わかっていながら決断を先延ばしにしてしまう。
甘やかな時間は尊く、指先一つで崩れ去ってしまうほどに脆く危ういバランスの上に成り立っていることを知っているから。
抜け出すタイミングを徐々に見失うことに、目を背けて。
「……寝ましたか」
瞼を閉じて眠る誠の横顔を眺め、呟く。
膝の上に感じる重さと温かさに思わず頬を綻ばせ、目元にかかる前髪を払った。
「二度目ともなれば、多少は余裕も生まれますね」
一度目はただの好奇心。
今日の二度目は、なんだろう。
寝不足の誠を放っておけなかった、それも確かに理由としてはあるだろう。
けれど。
胸に渦巻くモヤモヤとした感情。
明確にあるはずのソレを示す言葉を、那月では導き出すことが出来なかった。
それもこうして誠を膝に乗せて寝顔を見ている間に落ち着いた。
「……はあ。私も疲れているのでしょうか」
ため息を零しながらも、肩を軽く叩いてみる。
一見普通に過ごしている那月だが、彼女は常に命を狙われていると言っていい。
既に一度、間接的にではあるが敵は那月を殺そうと罠にかけた。
誠と出会い脱出することで事なきを得たものの、那月が生き残っているのは相手にも知られている。
先日の『鏡界迷宮』探索の時に男たちが那月を連れ去ろうとしたことがその証左。
常に緊張状態にある彼女は表に出さないよう気丈に振舞っているだけで、根は年相応に多感で繊細な少女。
精神にかかる負荷は計り知れない。
「本当に、どうして」
誠は自分を信じてくれるのかと。
何も知らない誠を騙しているのは自分なのではないかと、そこはかとない不安感が押し寄せる。
もし。
両親が本当に罪を犯していて、自分がそれに気づいていないだけの愚か者だとしたら。
真実が明るみにされた時、誠は自分を捨てるのではないかと恐ろしくなって。
――『仲間なら迷惑かけあっても笑って許せる。懸命に生きてのことなら尚更だ』。
彼の裏表のない言葉を、思い出して。
「……私、誠さんと出会ってから弱くなったのかもしれません」
目の奥から湧き出た熱い液体を人のせいにして。
ふぅ、と篭っていた熱を孕んだ息を吐いた。
いつの間にか眠りに落ちていた那月と誠が起きると、時刻は昼を回っていた。
そして、二人が寝ている間に凪桜はベッドから姿を消していた。
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