第23話 その日までお預けにして
数日後。
那月は拘留所の一室で、透明な壁を隔てて一組の男女と向き合っていた。
ロマンスグレーの優しげな男性と実年齢よりも若々しく見える銀髪の女性。
那月の父親と母親であり、魔術事件の容疑者として拘留中の身である。
「――父様……母様……っ」
「ああ、僕の可愛い娘。会えて嬉しいよ」
「那月……っ、久しぶりね……」
泣きながら再会を喜ぶ三人。
壁越しにしか会えない悔しさと、それでも顔を合わせられる嬉しさの両方を噛み締めながら。
しかし面会の時間は限られている。
「――して、那月。最近はどうだ? 僕たちがこうなってしまったからね、苦労しているだろう」
「このくらい大したことでは……」
「でも、前に来た時よりも顔色はいい気がするわね。ちゃんとご飯は食べてる?」
「はい。最近は作ってくれる人がいるので――」
二人の質問に思わず零した情報。
口にしてから気づくも、もう遅い。
ばっ、と驚いたように椅子から立ち上がる父親。
「――那月っ! それは、それはまさか男か!? 男なのか!?」
「ちょっと
「
「ちょっ、父様!? まだ私は何も――」
「男じゃないのか?」
「……そうですけど! 彼氏じゃないですから!」
慌てふためく那月の反応に何かを勘違いしたまま議論が加速する。
矢継ぎ早に繰り出される誠に関する質問。
楽しそうな両親を悲しませたくない一心で答え続けること数十分。
満足したらしい両親とは対照的に、那月の精神は疲弊していた。
色恋沙汰に疎い那月に自覚がなかっただけで、彼女が変わったと感じる人は多い。
千鶴も薫も、両親も。
そして、前の那月を知らない誠であっても。
彼女の変化は間違いなく誠との出会いからだろう。
楽しげに笑みを浮かべていた両親が、唐突に涙を浮かべて嗚咽を漏らす。
「――ああ、すまない。あんまりに那月が嬉しそうに話すものだから、つい揶揄ってしまったよ」
「……そうね、成仁さん。これなら、もう私たちがいなくなっても大丈夫ね」
二人は自分たちがいなくなって那月が潰れてしまうのではないかと憂いていた。
けれど、今の那月を見ていれば少なくとも後を追って自殺するのは止めてくれるだろうと感じたのだ。
「――そんなこと言わないで下さい! 私は……っ、またみんなで暮らしたいです! まだ魔術だって受け継ぎきれていない! それに……」
「……そうだな。本当に、悪いと思っているよ」
「一人娘を悲しませた私たちは地獄行きですかね」
「なんで……っ! そんなに平気そうなの!! ……私は信じています。父様も母様も、誰かに嵌められたんだって」
別れの言葉が聞きたいんじゃない。
『助けて』って、そう伝えてくれればどれだけ楽だったことか。
那月は両親を嵌めた敵を見つけ出して、相応の報いを受けさせることだろう。
でも、それを成仁と瀬良は望まない。
正確に言えば、那月が自分たちのために復讐に囚われるのを嫌ったのだ。
可愛い一人娘の人生を自分たちのせいで台無しにして、未来の自由すらも奪うような所業を許せるはずもなかった。
擦れ違う那月と両親の心。
互いを想うが故のズレとなれば、悲しい未来しか残されていない。
「でも、一つ心残りがあるとすれば」
「そうね。アレよね」
「那月の成長を見れないのも残念だし、誠という同棲中の彼氏くんと話せないのも残念だ」
「だから同棲でも彼氏でもなくてっ!」
「あらあらそんなに慌てて。彼のことがそんなに好きなのね」
「すっ、すすすすす好きっ!?」
ぼふんっ、と頭のてっぺんから抜ける湯気。
グルグルと脳内を廻り続ける『好き』の二文字。
初心な乙女の精神はそれだけで限界を迎えていたが、そこへ二人は追い打ちをかける。
「この分なら孫の顔を見られたかもしれないなあ」
「きっと可愛い子が産まれたでしょうけれど」
「孫!?!? 子供!?!!!? いくらなんでも飛躍し過ぎですっ!」
「勿論それだけじゃないぞ。那月のウエディングドレス姿も見たかったよ。でも――」
「――その時、私たちは居ないでしょうね」
未来への希望を語るだけ語って、寂しげに二人は笑うのだ。
無罪を晴らすことを諦めたかのように二人で顔を見合せる姿に胸が痛む。
ひく、と詰まる息。
「だから、どうか那月は幸せに生きてくれ」
「私たちの分まで大切な人と、ね」
何かが、決壊して。
「――父様。母様。私は諦めません、絶対に。証拠を集めて、必ず私たちを嵌めた下手人を捕え、罪を償わせます」
「……那月、僕たちはそんなこと――」
「望まれなくても、私は私のためにやるんです。私の幸せは誰が欠けても届かないです。それに……ウエディングドレス姿も、孫の顔も見せていませんから。親孝行くらいさせて下さい」
それでも、那月は諦めない。
可能性が限りなく薄い不可能と紙一重の場所に存在する真実を掴むために。
貰ってばかりで何一つ返せないのは悔しくて、悔しくて堪らない。
それに……望みを叶えられないのなら自分を信じてくれている誠にも示しがつかない。
彼は『信じる』と言ってくれた。
散々裏切られ痛みを知る自分が裏切るわけにはいかないと啖呵を切る。
「……ふふっ、そうね。どうせならこの目で那月の晴れ姿を見たいわね」
「ああ。それに、孫の顔を見せてくれるって言われたんだ。これで生きなきゃ親じゃないさ」
「〜〜〜〜っっ!? それは、勢いで言ってしまったというか、言葉のあやというか……」
「じゃあ、約束だ。必ず、那月の幸せな姿を僕たちに見せてくれ」
「……っ、はい。必ず、罪を晴らしてみせます」
透明な壁越しに約束を交わした。
いつか、隔てるものがない世界で幸せな景色を見せるために。
言葉はいらない。
那月は踵を返して面会室を出る。
とびきりの笑顔はその日までお預けにして。
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