第24話 隠された過去
一方その頃。
両親に会いに行った那月と別れた誠は、協会に併設されている図書館を訪れていた。
古めかしい装丁から最新のものまでズラリと並ぶ光景は壮観の一言に尽きる。
中には電子化されているものもあるが、それらは端末からアクセスして閲覧が可能だ。
空調が稼働する音と来館者の足音だけが響く静かな館内。
誠のお目当ては転移に関する本。
ここなら手がかりくらいはあるのではないかと考えてのことだった。
「魔術は……ここか」
区分けされた一角、ようやく見つけた魔術関連の本から転移の文字を探して視線を流す。
四元素や魔力そのものに関する本が多く、魔術となると途端にその数は減ることになる。
また言語もバラバラで、実際に読めるものは限られてきそうだ。
「……あれって」
誠は目に止まった一冊の本を棚から抜き取る。
それは探していた転移に関するものではなく、『神奈木』家についての本。
誠は『神奈木』という家、ひいてはこの世界の魔術師について知らなさすぎる。
この機に調べてみるのも悪くは無いと思ったのだ。
併設された読書スペースへ向かい窓際の角席に陣取って本を開く。
約二十分ほど斜め読みをしてみたが、正直なところこれだけでは理解不能なのが誠の本音だった。
「古くから神への祈りを捧げていた祈祷魔術の家系『神奈木』。この世ならざる者との交信を続ける由緒正しき魔術師。イタコ的なアレか?」
誠にも異世界の魔術知識はそれなりにあるが、降霊術や祈祷、呪いの類となれば流石に経験が少ない。
神降ろしなんてものもあるが、自殺願望と捉えられてもおかしくないリスクを秘めた危険な魔術。
そういった魔術師は極めて稀で、いても国や貴族なんかのお抱えになっていることが大半だ。
また、適性や知識の継承問題もあって、後続が他と比べて育たない。
それはおいといて。
誠が知る那月の魔術と言えば四元素系統と治癒くらいなもので、この内容は全く予想していなかった。
「使えれば便利そうな魔術なのにな」
那月が本の内容に類する魔術を使っていたことは、誠の目から見て一度たりともなかったはず。
知識が足りていなかった可能性もあるが、それを考え始めるとキリがない。
使っていなかったと割り切って考えるべきだろう。
その場合、使わないのではなく。
「――使えない? 何かしらの条件があると見るべきか」
「……誠、悩んでる?」
「っ、ビックリした……凪桜か。こんな所で会うとは奇遇だな。それとも狙った?」
「一人のところを狙うのはじょーしき」
「暗殺者みたいな意見はやめてくれよ」
隣に座った凪桜に苦笑を返して一息つく。
気配も足音もまるで感じなかった。
悪意には敏感でも、敵意のない相手にはまるで反応できないのは仕方の無いこと。
凪桜は温度と程よい静けさがお気に召したのか、既にぽやぽやと眠そうに瞼を擦っている。
そのまま腕を机の上に組んで、こてんと横向きに頭を預けた。
柔らかな頬が押し出され、つい指で突いてみたくなる衝動がふつふつと湧く。
凪桜は怒らないだろうが実際に行うのは躊躇われ、こほんと咳払いをして要件を聞く。
「で、何の用だ?」
「『神奈木』のこと調べてたのが見えた」
「そうだな。でも明確な情報は何一つなくてな」
「……じゃあ、少しだけ。凪が教える」
「えっ、いいのか」
「ん。何から聞きたい?」
意外なところにいた情報源に感謝しながら、聞きたい内容を頭の中で整理する。
「『神奈木』ってのはどんな魔術師なんだ? 本を見てもパットしなくてな。凪桜の意見でいいから知りたい」
「ん。他のと比べてねちっこくない。良くも悪くも真っ直ぐ。清廉潔白を絵に書いたような人」
「俺は他の魔術師連中をよく知らないけど、那月の人が良いのはわかる」
「それと、御子の適正を持つ血筋」
「……御子?」
「祈りと願いをもって高次元存在と交信する力を備えた人。昔は現人神なんて呼ばれ方もしてた」
「急にスケールでかくなってきたな」
高次元存在とか現人神とかいきなり言われても誠の理解は追いつかない。
適当に神様とか偉い人とか置き換えて先を促す。
「御子によって色々得意なことはあるけど、どれも重宝されて『神奈木』は名家の位置に収まった」
「占い的なアレか」
「そう。魔術師は何世代も血を重ねて力を増す。でも、『神奈木』は外からしか引き入れない」
「自分たちの有利な点を引き渡そうとは思わないからな。俺だってそうする」
「それが多分、狙われてる理由」
狙われている。
意味するのは『神奈木』の事件。
「御子の力は現代でも奇跡に等しいもの。場合によっては一家で全てを相手にできる。神降ろしまで出来る御子なら尚更」
「それってまさか……」
「ん。那月は御子。過去数代を見ても特に優秀」
「その力を恐れて家ごと始末しようとした……ってことか」
「でも――今の那月に御子としての自覚はない。両親が記憶ごと封印してしまったから」
「記憶ごと?」
「那月は昔、神降ろしの最中に御子の力を暴走させている」
衝撃の事実が凪桜の口から伝えられた。
誠が知る魔術ですら、暴走すれば命の危険があるものは多い。
魔力というエネルギーを扱う以上避けられないことではあるが、神降ろしともなれば話は変わる。
誠が異世界で見た降霊術にしても、人間という一つしかない器に二つ目の魂を入れる理外の術。
故に人体にかかる負荷は計り知れない。
さらに酷く不安定な精神体の依代となっても自分の自由を乗っ取られない強靭な精神力が必要になる。
「幸い降ろした神様は温厚だったから、
「……でも、何も変なところはないよな」
「全部忘れているから。思い出したら……多分、自分を責める」
「それ、俺が聞いてもいいものか」
「一応そこまでは話してもいいって言われてるけど、聞く?」
含みのある問い。
きっと聞いてしまえば戻れない。
自分にその先を知る覚悟があるだろうか。
しばし考え、そして――
「――いいや、遠慮しとく。本人が忘れてるなら、俺が知っても意味無いからな」
「……そ。じゃあ、話は終わり」
「ありがとな、凪桜。お陰で色々とわかった」
「おやすい御用。これもお仕事だから」
肘をつき、眠気の限界が訪れた凪桜はぱったりと顔を伏せて眠り始めた。
どんな場所でもマイペースを崩さない凪桜へ呆れ混じりの尊敬を覚えながら、さてと誠は席を立つ。
「……もう少し調べ物をしてから帰るか」
誠もまた、本来の目的のを果たすべく本の海へ繰り出した。
凪桜が起きる五時過ぎまで調べたが、転移に関する有益な情報は見つけられなかった。
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