二度目の転移で並行世界の現代に来た俺は、美少女とダンジョン探索を始めました

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第1話 二度目の転移

まえがき

はじめまして。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。ブクマや応援、星など頂けれると執筆の励みになりますので、よろしければお願いします。


――――――――――――――――――――


 薄暗い洞窟、成人男性が立った高さくらいの天井から水滴がぽた、ぽたと滴り落ちる。

 不気味なまでの静寂に、荒い息遣いが響いていた。

 酷い頭痛がする頭を抱えながら、腹の中を掻き回されたような吐き気に必死で耐える青年。


 その服装は、ここで見られるものとしては珍しくもないものだった。

 シンプルな黒いズボン、白いシャツの上に着込んだ革鎧は使い込まれた独特の雰囲気を醸している。

 闇に紛れる黒い外套を羽織り、腰には鈍色の刃を覗かせる抜き身のなたを下げていた。

 肩から下げた薄汚れたショルダーバッグが地面に横たわっているのも気にした様子はない。

 足を覆う黒いコンバットブーツのつま先に天井から水滴が落ちて、弾ける。


 物々しい雰囲気だが、誠が過ごしてきた場所を考えれば当然とも言える。

 茅野かやのまことは4年前になんの脈絡もなく異世界に召喚され、死に物狂いで生き残った凡人なのだから。


「俺はまた転移に巻き込まれて……っ」


 頭の奥に重く響く頭痛に顔を歪ませながらも、誠は気を失う直前のことを思い出した。

 ギルドの依頼でゴブリンの群れを駆除していた時のことだ。

 ようやく依頼を終えて帰ろうとした時、4年前と同じような淡く輝く魔法陣が足元に出現したのだ。

 気づいた時には時すでに遅し。

 網膜を焼き尽くすような眩い光に包まれ、目を覚ませば洞窟の中にいた。


「……とにかく、ここから出ないと」


 動かないことには何も始まらないと、出口を探すべく注意深く周囲を見回した。

 変わり映えのない岩場。

 滴る水の音。

 湿った冷たい空気。


 まるで手がかりらしいものがない。

 同じ世界なのかも、4年前のように別の世界へ転移したのかもわからない。


「ああ、嫌だ。俺って昔から運が悪いんだ。どうせ碌なことにならない」


 誠の不運は折り紙付きだ。

 御籤おみくじを引けば凶が記憶の半分以上。

 異世界で死にかけたことなんて数えられる回数をとうに超えている。

 まあ、でも。

 極めつけは異世界転移なんて非常識を押し付けられたことだろう。


「獲物は……ある。身体も動く。行動するなら今のうちか」


 体力が尽きてしまえば移動もままならない。

 安全を確保出来なければ休息も満足に取れなくなる。


 深呼吸で冷たい空気を目一杯取り込めば、すっと意識が集中に沈んでいく。

 左腰の鉈を右手で抜いて柄を握る感触を確かめながら、慎重な足取りで探索を始めた。



 別れ道を己が直感に任せ本能が赴くままに洞窟の探索をしていた誠だが、成果はかんばしくない。

 出口は当然のように見つけられず、人とも魔物とも遭遇することはなかった。


「……困った。手がかりが何も無い」


 休憩がてら壁に背を預けて深くため息を吐いた。

 されど警戒を緩めることはない。

 想定外は誠が最も嫌うものの一つなのだ。

 隔絶かくぜつした力も天運もない凡人であると自覚する誠にとっては、想定外の事態はそれだけで死に繋がる。

 ……現状が想定外の塊なのは、今は考えないことにしよう。


「探知や千里眼の魔術でも使えればなぁ」


 一人ぼやくも、誠に使えるのは初級の魔術のみ。

 その中に探知や千里眼なんて強力な魔術は含まれていない。

 意味のない無い物ねだりだ。

 今ある手札を工夫して切り抜けるしかない。


 そんな時だ。


「……足音?」


 ブーツの底を伝って感じた微弱な振動。

 耳を地面にぺったりとつけてみると、ドタドタと騒がしい音が響いていた。

 到底人間のものとは思えない重低音。

 大型の魔物かと警戒し身構えるも、微かに耳に届いた声。


「――……けて」

「っ、今のは。高い……女の声か? てことは……追われてる?」


 数少ない情報を並べて立てた推測は、誰かが魔物に追われているというもの。

 こんな時、善良な人間ならば脇目も振らずに助けに行くのだろう。

 自分の命をかなぐり捨てても誰かを守ろうとする英雄的な行動が出来るのは、ある種の傲慢だと誠は思う。


 そういう人間を否定する訳じゃない。

 ただ、現実はそう上手く出来ていないことを知っているだけの話。


 誠は凡人だ。

 少なくとも自分のことをそう認識している。

 戦うのは怖いし、死ぬのはもっと怖い。

 だから必ず石橋を叩いて渡る。

 臆病だとののしられても、卑怯だとさげすまれても、彼はその生き方を変えることはないだろう。


「……助けるべきか? 次に直ぐ人に会えるとも限らないし、恩人なら少しは話を聞いてくれるだろ」


 今回ばかりは話が違う。

 転移という異常事態があったために誠も早急に手を打つ必要があった。

 打算込みだが勝算は確かにある。


 何より声の様子からして時間があまりない。

 焦っていたところに拍車をかける形で選択肢を突きつけられ、誠は助けることを選んだ。


「そうと決まれば――っ!」


 体内に満遍なく練り上げた魔力を巡らせた。

 瞬間、身体が羽のように軽く感じるようになる。


 覚悟を決めて足音が聞こえた方向へ踏み出し――地面にヒビを入れながら駆けていった。



 疾風の如き速さで地面を、時に壁を足場に駆け抜けること数十秒。

 角を曲がった先に二つの姿が見えた。

 一つは必死に走るすすけた白色の外套をまとった人物。

 フードも被っているため顔はわからないが、黒いスカートが揺れていることから少女と推測。

 腰にいた細剣が彼女の獲物なのだろうが、今は逃げるためか純白の鞘へ納められていた。


 その後ろで少女を追う二足歩行の巨躯。

 筋骨隆々とした深緑色の身体、頭部に生える角。

 腰に襤褸ぼろを巻き付け、右手に荒削りの棍棒を握り締めて今か今かと機会をうかがっている化物。

 鬼の魔物――オーガで間違いないだろう。


「――助けはいるかッ!」

「……お願い……しますっ!」


 念の為の確認だったが、間髪入れずに帰ってきた返答に口の端が自然と緩む。

 許諾は得た。


 眼光鋭くオーガを視界の中央に収め、少女を守るように間へ割って入る。

 突然の介入者に苛立ったのか、オーガは大口開けて耳をつんざ咆哮ほうこうを発した。

 キーンと意識を割く耳鳴り。


 けれど、それだけ。

 オーガは己が捕食者であることを疑っていない。

 人間など好き勝手に蹂躙じゅうりんするだけの弱者。


「――その油断、後悔するなよ」


 誠が掲げたのは鉈を持つ右手ではなく、何も無い左手。

 それをオーガの面前へ近づけ指を鳴らし――轟と一瞬だけ天井にまで紅い火柱が昇る。

 生物は本能的に火に怯え、惹かれるものだ。

 それは魔物であるオーガとて例外ではない。


 しかし、ここにもう一つ例外があった。


(――っ!? なんだよこの火力!)


 誠が使った初級魔術『着火』は、ロウソクの火くらいの大きさしか灯せないはずだった。

 さっきのは明らかに『着火』の域を越えた現象だったのだ。

 驚きながらも好都合だとばかりに、身体に染み付いた動作で右腕が閃く。


 鉈の柄を握る手のひらを通して刃に魔力を流し、強化を施す。

 酷く滑らかで無駄のない、実戦を経て研ぎ澄まされた戦うための技術。

 凡人には大それた技なんて使えない。

 凡人には絶技と呼べるような技量はない。


 だから、基本をひたすらに磨いてきた。

 それが誠の行った強化――『魔纏』と呼ばれる付与の技術。


「――はっ」


 薄暗さの中で鈍色に煌めく刃で、力任せにオーガの正中線を斬り上げた。

 ピシャリ、宙に舞う命の飛沫が味気ない岩場に彩りをもたらす。

 硬く引き締まった筋肉をものともせず、縦に刻まれた深い創傷。


 確実にトドメを刺すべく心臓へ鉈を突き刺し、抉るように手首を返す。

 血と肉が混じり合う、気味の悪い音がした。


 鉈を引き抜き軽く血を払い見上げれば、オーガは生気を失った虚ろな目のまま後ろへ糸で引かれるように倒れた。

 死んだ――そう見て間違いないだろう。


「ふぅ……」


 深い吐息と共に張り詰めていた緊張が僅かに緩む。

 ここが何処か分からない以上、警戒を完全に止めることはないだろう。

 先にオーガを解体してしまおうと考えたが、背後から声がかかる。


「あの」

「ん、ああ。ごめん、忘れてた。怪我はない?」

「はい。ありがとうございました」


 言って、少女は被っていたフードを取り払って丁寧に腰を折り頭を下げた。

 さらりと流れた長い銀髪は土煙でくすんでいる。

 本来はもっと綺麗な色なのだろうと考え、勿体ないと柄にもなく考えた。

 少しだけ見えた顔は端正に整ってはいたものの、どこか疲れが滲んでいる無理をした表情。


 要は、あれだ。


(面倒ごとはこっちだったか……)


 誠の危険センサーと言うべきものがビンビンと反応を示していた。

 厄介事の匂いというか、嵐の前の静けさというか。

 この少女の表情……もとい、雰囲気には誠にも覚えがあった。


 ――4年前。

 何もわからず異世界に放り出され、生と死の狭間を彷徨さまよっていた頃の俺と同じなのだ。

 精根尽き果てたまま、水の底で藻掻き苦しんでいるような。

 諦めの悪い――顔。


「……あの」


 顔を上げた少女が、おずおずと声をかける。

 白皙はくせきの肌には真新しい紅く血が滲んだ擦り傷があったが、それを気にする気配はない。

 誠から見ても十分に可愛らしい容姿なだけに、一体何があったのかと勘繰ってしまう。

 紺碧こんぺきの双眸は迷いを宿したまま、すがるように誠へ定まっていた。


 尋常じんじょうならざる様子を感じた誠は立ち去るでもなく、少女の言葉を待つ。

 そして、桜色の唇が動き、


「――私を、守って頂けませんか? 私に差し出せるものなんて身体くらいしかありませんが……それでも、どうか。お願いします……っ」


 少女が今にも泣きそうな声音で口にした『お願い』に、誠は最大級に頬を引きらせるのだった。


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