第27話 新人探索者講習会

 


 千鶴に連れられた二人は今、協会の演習場にいた。

 何の説明もないままに他の数人へ着いていくよう指示され、気づけば多数の人の前に立たされていた。


「――それでは、これより新人探索者講習会を始めたいと思います」


 並んでいたうちの一人が宣言し、ようやく二人は千鶴にやらされていることを察する。

 ――新人探索者講習会。

 探索者協会が主催している支援策の一環で、新人はここで一通りの心構えや注意事項を学び、ようやく証明証を手にするのだ。


 那月は受けたことがあるため多少は勝手を知っているが、誠は別だ。

 裏口入学にも似た手段で証明証を取得したため、講習会でやることなど欠片も知らない。

 恨みを込めた視線を影で笑いながら見守る千鶴に向けると、あからさまに落胆しながら予め用意していたカンペを誠へ見せた。


『がんばれ★』


「……覚えてろよ」


 可愛らしい丸文字で書かれた思ってもいない応援の声に、誠は静かに怒りを込めて吐き捨てた。


 そんな誠の心中を考慮することなく講習会は進行し、幾つかのグループに分けられた一つを任されていた。

 講師として呼ばれているからには相応の働きをしなければならない。

 人から教わることはあっても教えることは滅多になかった誠は珍しく緊張していた。


「えーっと、茅野誠だ。一応探索者をやってる。今日は講師を任されているから、何かわからないことがあったら聞いてくれ」


 簡単に自己紹介をして、他の若い四人の男女も続き本題に入る。

 とはいっても誠に出来るのは手渡されている資料を読み上げ探索における注意事項を確認するのと、質問に答えるくらいだ。

 何しろ誠の経歴は講師の誰よりも浅い。

 ボロが出ないよう精一杯に注意を払って伝えることを目標としていた。


「質問良いですか」

「ん、ああ」

「ありがとうございます。茅野さんの等級って幾つなんですか? 実は前の薫さんとの模擬戦を見てまして……」

「あれ見てたのか……」


 質問の内容と理由に頭を抱えながら、どう答えるべきか思考を回す。

 アレを見られていたのなら質問した彼は誠の等級を高く見積もっていることだろう。

 だが、誠の証明証に等級は記載されていない。


 どうせ千鶴の悪戯だと決めつけて碌に調べていなかったのが仇になった。


「一応零級ってことになってる」


 ややあって、重い口を開いて真実を告げる。

 下手に隠したところで意味がないと思ってのこと。

 しかし、四人の反応は誠の予想に反して驚愕し声を失っていた。


 やはり拙かったか。

 若干の後悔を黒い眼に滲ませながらも、いち早く復帰した質問者の青年が目を輝かせて、


「――それって協会の専属探索者ってことじゃないですか!?」

「……へ? ああ、いや、そうなんだよ」

「それなら薫さんに勝ったのも納得です! 夢みたいだ……零級の方が講師をしてくれるなんて」


 口々に浴びせられる賞賛と尊敬の声になんとか口裏を合わせながらも、自然に眉根が引き攣るのを抑えられなかった。

 こうも真正面から褒めちぎられると嬉しさより申し訳なさの方が前に出てしまう。


 零級は誰もが一騎当千の力を有していて、あの早乙女薫もかつて座していた。

 薫に勝利を収めた誠が零級だと言われても、なんら疑う余地がないのである。


「……で、他に質問は?」


 いい加減メンタル保全のためにこの話は終わらせようと質問を促すと、我先にと手が挙がる。

 実力が確かな相手に話を聞ける機会はそう多くはない。

 機を逃さぬように貪欲に知識を欲する雛鳥を前に、誠心誠意の対応を続けるのだった。


 やがて終わりの時間となり、満足した表情の四人に疲労感を包み隠したぎこちない笑みを返す。

 チラリと那月の様子を探ってみると、あちらは楽しそうに談笑していた。

 なんだかんだで面倒みのいい那月のことだ、きっと上手くやったのだろう。


 正直なところ、誠は那月のことが心配だった。

 報道されている神奈木の事件は誰の耳にも入っていることだろう。

 心無い言葉や変な色眼鏡で那月を見る人が居ないとも限らない。


 表に反応を出さないのは精神が強いということではなく、制御が上手いだけのこと。

 身内に甘く優しく、一方で繊細かつ脆い一面もあることを知っている。

 しかし、今の表情を見るに誠の心配は杞憂に終わったようで静かに安堵する。


「――これにて新人探索者講習会を終了します」


 代表が終了を告げて講習会は無事に終了した。

 各自解散する新人たちを見送って、二人もようやく終わったと顔を見合せ苦笑する。


「大変だったな……那月はどうだった?」

「なんだか成り立ての頃を思い出しました。私もこんな風だったのかな……なんて」

「あー、少しわかるかも。思い出したくはないが」


 苦虫を噛み潰したように顔を顰めて呟いた。

 誠には生と死の狭間をタップダンスするような思い出しかないのだ。

 間違っても夢と希望なんて持ち合わせていない。

 あったのは死にたくないという生への執着だけ。


 そんな二人の前へ、ぴょんと野ウサギのように姿を現したのは全ての元凶である千鶴。

 彼女は緩く笑って二人の手を取り、子供のように握手を交わす。


「――お二人さんっ、今日はありがとうございました♪」

「あのなぁ……せめて始めに説明くらい欲しかったんだが」

「日本人なら右にならえで出来るかと」

「それを言われると微妙に反論しにくい」

「実際それなりには出来てしまいましたからね」

「ならいいじゃないですか。報酬は後でなつなつの口座に一括で振り込んでおくので」


 色もつけておきますから、とまで言われれば流石に誠も怒るに怒れない。

 なにしろ今日の稼ぎはこの講習会がなければゼロだった可能性もあるのだ。

 お金はあるに越したことはない現状、貰わない選択肢はない。


「そうだっ、お詫びと言ってはなんですが、夕食はボクが奢りますよ」

「……ほんとか?」

「ホントですって。どこでもいいですよ?」

「でしたら、お言葉に甘えましょうか」

「迷惑料代わりに高いものでも奢らせよう」


 協議の結果、高い焼肉を奢らせることになったものの、千鶴が金額一位だったのは何かの間違いでは無かろうかと頭を悩ませるのだった。

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