第26話 遺物の効果

 


 二人は少女に付き添う形で救急車に乗って病院へ来ていた。

 医師の診断では気絶しているだけと聞いて誠は一先ず安心する。

 それから事情を聞きつけた協会の職員が来るとのことで、二人は少女が眠る病室で待っていた。


 淡い赤色の髪をショートに切りそろえ少年のような顔つきだが、紛れもなく少女だ。

 探索者証明証にも女と記載されていたし、誠自身も投げ飛ばした時の感触がどうにも男のそれとは違うのを理解していた。

 だからといって手加減出来る場面ではないために投げ飛ばしたが、若干の罪悪感があることも事実。

 白いベッドで眠る少女を万が一にも起こさないよう小声で話していると、ノックも無しに扉が勢いよく開いた。


「どもどもー。みんなの超絶美少女アイドル千歳千鶴ですよーっと」

「うわ」

「えっ……」


 無邪気な子供のようにも思えるハスキーボイス。

 しかしその実、性根の悪さは二人が知る人間の中でも随一の傍迷惑な怠け者。

 流石に余所行きだからかちゃんと服は着ていた。

 明らかに部屋着同然な鼠色のスウェットがどうしてかよく似合っている。


 露骨に嫌な反応をされた千鶴だが、それも織り込み済みとばかりにニヤリと笑って、


「どうしてそんな嫌そうな反応するんですかー。はっ、もしかしてボクのこと好きなんです? 嫌よ嫌よも好きのうちってことで?」

「それはない」

「乙女の告白をバッサリだなんて酷いですねー。いつか後ろから刺されますよ」


 軽すぎる言葉に誠は何も返さず、千鶴も本来の目的のためにパイプ椅子に胡座をかいて座った。

 相変わらず何を考えているかわからない紅い瞳を細めて欠伸を一つ。


「ふぁぁ……なんか目の前にベッドがあると眠くなりますね」

「さも常識のように語るな」

「千歳さんはいつも眠いので気にするだけ無駄ですよ」

「なつなつはよくわかってますね! 千歳千鶴検定3級合格ですよ」

「滅茶苦茶に要らないし級が微妙」


 要らないと言われしょぼーんと凹んだように千鶴は俯き、太ももに指で円を描く。

 見事なまでにいじけた子供……のような演技を二人は無慈悲にも無視。

 千鶴がこの程度で気を落とす人間じゃないことは分かりきっていた。


「……それはそうと、どうして千歳さんがここへ? 重要な案件には思えませんけど」


 那月の疑問はもっともだ。

 千鶴はこれでも支部長の椅子に座る人物。

 他にやるべき仕事は山積み……もとい、仕事をサボって山積みになっているのだが。

 そこまでの重要な役職が出張る仕事としては、探索者同士のいざこざは小規模なのだ。


「あー、それは簡単です。ボクが彼女に用事があったんですよ。勿論れっきとしたお仕事です」

「お仕事ねぇ……」

「もしかしなくても疑ってますね。でもまあ、別にどうでもいいです。先に言っておきますけどここで起きたことは他言無用で」


 何に巻き込むつもりだ、という二人の声は届かず、千鶴は鞄から取り出した紙束と少女を交互に見る。


「違う、これも違う……あ、これですね。浅葱風莉、17歳。今どきボーイッシュって現代男子代表としてはどうなんです?」

「俺に聞くな」

「愛し合った彼女が隣にいたら他の女なんて褒められませんよね」

「だからっ、私と誠さんはそういうのじゃないって何回言ったら――」

「じゃあボクが貰っても?」

「それとこれとは話が違います!」


 揶揄われている那月は頬を染め声を荒らげて反論するも、それも千鶴の術中。

 千鶴は楽しくて仕方ないと言ったふうに笑っているが、二人に存在を奪い合われている誠の心中は穏やかではない。


 確かに、誠は風莉についての言及を避けた。

 千鶴を警戒してのことだったが、それすらも裏目に出てしまったのだ。


「家族構成は……おや、弟が一人だけ? 両親は四年も前に他界してしまっているようです」

「……人としてどうかと思います」

「でも、どうせ起きたらここで確認するので遅かれ早かれです。探索者の志望理由は弟の食い扶持を稼ぐため……ってところですかね」

「姉として頑張っていたんですね」

「今回の件でそれなりの処分を下す必要があるので生活は苦しくなるでしょうけれどね。心苦しいですがこれもボクの仕事なので手は抜けません」

「……それを言うなら俺にも処分があって然るべきしゃないのか? 正当防衛とはいえ騒ぎを起こしたのは俺も同じだ」


 異議を唱える誠の意見に、しかし千鶴は首を振る。


「場を収めた張本人を罰するなんて出来ませんよ。信用的な意味で。多少の矛盾には目を瞑らないと回らないんです」

「……そういうことか。考えが足りなかった。そっちも苦労してるんだな」

「ご理解頂けましたか。それに、原因を作ったって意味ならなつなつも処罰対象になってしまいますし」

「……そうですね。今回の件は私も浅はかでした。両親と誠さんを馬鹿にされて言い返した私にも責はあります」


 ごめんなさい、と那月が頭を下げそうになったのを慌てて誠が止める。

 今回の件の元凶は慧一人と誠は認識していた。

 那月は絡まれただけだし、自分も慧を煽った自覚はあれどきっかけを作ったのは相手側。

 風莉が殴りかかってきたのも慧の指示となれば、見方によっては彼女も被害者と呼べる。


「で、彼女ですが……妙なんですよ。何も視えない・・・・・・。靄がかかったようにボクの眼が妨害されてます」

「そうなのか?」

「ボクの魔眼って結構強いんですけど、妨害するとなれば高位の魔術か、或いは遺物の可能性が高いですね」

「人体に影響を及ぼす遺物は厳重に管理されているはずでは……?」

「ええ。そのはずなんですけどね。彼方が何か隠してるのはこれで確定でしょう」


『鏡界迷宮』から遺物が発見された場合、国へ申請を出す必要がある。

 調査の後に国が回収するか、発見者に返還されるシステムだ。

 国が回収した場合は等級に見合った金額が支払われ、大切に保管される。


 時にはオークションにかけられ、所在や契約を結んだ上で使用が認められる。

 便利な武器や道具は探索者が使っていることが多いが、富豪がコレクション目的で買うことも多い。


 だが、特に危険とされる遺物……人体へ直接的な影響を与えるものに関しては特に厳重に管理され、滅多なことでは持ち出されない。


「なつなつ、対抗魔術って使えましたっけ」

「一応は」

「彼女に使ってみて下さい。多分、解除しないと目覚めそうにないので」

「……わかりました」


 不承不承ながら那月が風莉の顔へ手を翳し、対抗魔術を行使する。

 互いの魔力が干渉し合いながらも、魔術師としての格の差は明白だった。


「終わりましたよ」

「ありがとうございますっ。どれどれ……」


 次は自分の出番だと千鶴が身を乗り出して風莉を視界に捉え、口角を緩めて薄く笑った。


「これは彼方が遺物を隠し持っているのも確定ですね。彼方の精神干渉との併用ですか。こんな女の子を薬漬けとか性癖拗らせすぎですよ」

「操られてたってことか」

「端的に言えばそうですね。この分だと目が覚めても碌に話が出来そうにないですね。遺物の効果が抜けるのに時間がかかりそうなので今日は帰ります。お二人はどうします?」


 帰り支度をテキパキと進める千鶴に呆れながらも、二人は顔を見合わせて苦笑する。

 とてもじゃないが、こんな精神状態で探索に行こうと思えない。


「私たちも帰ります」


 那月が代弁すると、その答えを待っていたかのように千鶴がぱっと笑顔を浮かべた。

 千鶴の笑顔や善意には裏がある。

 誠がこっちの世界で少なからず学んだこと。


 それは今回も、外れない。


「なら二人とも暇ですよね。報酬は支払うのでちょっと手を貸して下さい♪」


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