第29話 骸骨だらけの古戦場



 ――『雷門鏡界迷宮』。


 無数に連なる赤い鳥居。

 両脇に吊るされた赤の提灯が鉄錆の臭いを孕んだ風に煽られ不気味に揺れる。

 足元は緩くぬかるんでいて、強く踏ん張るのは難しそうだ。

 戦闘中は留意するべきだろう。

 雲に覆われた空は薄暗いものの、視界が不自由ということもない。


「……気持ち悪い」

「転移酔いに加えてこの臭いですからね、気持ちはわかります」

「……ここ、嫌い」

「俺もだよ……」


 鼻を摘みながら辟易とした気分で呟いた。

 人間の感情や欲望が魔力と結びついて『鏡界迷宮』は構成されている。

 だとすれば、もう少しマシな環境にならなかったのかと。


 文句を垂れたところで変わらないので、早々に臭いの問題は諦めて受け入れることにした。

 危険と隣り合わせの探索において嗅覚を自ら塞ぐのは悪手だ。

 それで拾える命があることを知っている。


「さて、行くか」


 斯くして、探索を開始した。


 長い鳥居の道を抜けて開けた場所に出る。

 そこに広がっていたのは、骸骨の落武者が闊歩する古戦場。

 瓦礫が四散して荒れた道。

 なだらかな丘は見るも無惨に穴だらけで、そこから骸骨が這い出ていた。


 地面に描かれた斑模様は黒ずんだ血液。

 錆び付いた刀剣類は無造作に投げ出され、手持ち無沙汰の骸骨が拾い上げる。

 戦っていた記憶でも残っているのだろうか。

 今となっては誰にもわからない。


 からり、からりと乾いた音を鳴らしながら、彷徨う骸骨の胸元には紫紺の結晶が埋め込まれている。

 辺りに探索者は少なく、以前訪れた『代々木公園鏡界迷宮』よりも閑散としていた。


 それもそのはず。


 ここで出現する魔物は魔石以外の対価が殆ど見込めないからだ。

 主な魔物は見ての通りの骸骨で、取れる素材も安値で取引されている。

 骨を砕いた骨粉は魔術触媒などにはなるものの、そういった品は企業勤めの探索者が各自で拾いに来るため需要が少ない。

 一般の探索者なら他の『鏡界迷宮』へ探索に行った方が稼げる。


「骸骨、ですね」

「骸骨だな」

「ほね」

「……間違ってないんだけど、なんか可哀想」

「あ、こっちに来ますよ」


 三人の話し声に反応した五体の骸骨が窪んだ眼孔を一斉に向け、カラカラと音を立てて迫り来る。

 遅れて戦闘態勢に移る三人。


「那月と凪桜は右の三体を頼む」


 短く指示を飛ばして戦闘を開始した。

 身体へ魔力を巡らせ強化を施し、錆び付いた剣と打ち合う。

 外見に反して耐久性に優れる錆びた剣。

 だが、使い手の膂力は三人の方が上回っている。

 思考能力も乏しい骸骨相手には苦労することはないだろう。


 人数差をものともせず立ち回り、骸骨の頭蓋骨を粉砕すると動かなくなった。

 骸骨の時点で死んでいるはずだが、細かいことは気にしてはいけない。

 魔物は魔力で動く生命体。

 人間と同じ尺度で考えることが間違いだ。


「……これぐらいなら余裕だな」

「細剣だと戦いにくいですけどね」

「楽に越したことはない」

「凪桜の言う通りだな」


 二人と合流し魔石を回収して一段落。

 戦闘音に釣られてくる骸骨も見当たらず、連戦の心配はなさそうだ。


「では、ここからは私が魔視で先導します。消耗は避けましょう」


 物陰に隠れ、時に不意討ちで骸骨を倒しながら探索すること約数十分。

 三人は無数の墓石が並ぶ共同墓地に出た。


 おどろおどろしい雰囲気と、周囲に蔓延する鼻をつく饐えた臭い。

 墓地を囲うように配置された木製の柵は損傷が激しく、朽ちた木片が散乱していた。

 亡者の手のように生える枯木。

 地面は干上がりひび割れていて、風化した墓石には灰色の蔦が絡みついている。


 そして、呻き声を上げながら徘徊する骸骨の群れ。

 両手では足りない数だ。

 一体一体は弱くとも真正面から戦うのは躊躇われる。


「うじゃうじゃ居るな……」

「ここまでの群れは初めて見ましたよ」

「ボウリング出来そう」

「いい音しそうだな」

「そんなことしたら夢に出てきますよ」


 それは勘弁、と肩を竦める誠。

 夢でまで魔物と会いたくはない。


 それはおいといて。


 薄暗い墓地を見回し目当ての遺物を探していると、凪桜がすっと指さす。

 先を辿れば、紫煙を靡かせるお香のようなものが、ぽつんと墓石の上に置かれていた。

 これだけ離れていても、脳が蕩けるような酷く甘い香りが漂ってくる。


「っ、なんだ、これ」

「精神干渉系です。強く意識を保ってください」

「……ねむ」

「頼むからこんなとこで寝ないでくれよ?」

「……善処する」

「本当に大丈夫でしょうか……」


 猫のように目を擦り欠伸をする凪桜に早くも不安感を覚えながら、三人は指先まで魔力を巡らせ遺物に対しての抵抗力を強めた。

 要は、隙間を無くせば遺物から発せられる魔力を孕んだ煙が入り込む場所がなくなるというだけ。

 精神干渉系の魔術に対しての対応策は色々とあるが、これが一番楽で手っ取り早い。

 勿論、高位の魔術となればその限りでもないが。


「さて、どうやって処理しようか」

「魔術で分断します?」

「暗殺」

「一人物騒なのがいるな?」


 ちゃき、と小太刀の刃をチラつかせる凪桜は本気で言っているらしい。

 今にも姿を消して斬りかかりそうな凪桜の首根っこを掴むと、「うにゅ」と奇妙な鳴き声を発した。


「まあ待て。何事にも順序ってものがある」

「……強襲?」

「違う」

「こんなこともあろうかと、あるものを用意してきたんですよ」


 那月はガサゴソと下げた鞄を探り、取り出したのは市販されている除菌スプレー。

 骸骨や霊体などにはよく効く……らしい。


 というわけで。


「――除霊タイムと洒落こもうか」


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