第8話 仲間なら
「茅野さんはこの世界をどれだけ理解していますか」
「――化学と魔術が発達した地球。一言で言えばこれに尽きる。俺が生まれた地球には、魔術なんてオカルトチックな代物はなかったからな。どうやっても別世界のように感じるよ」
「でも、異世界にいたんですよね」
「お陰で混乱が少ないのは救いだな」
ついさっき調べたことを噛み砕いて消化する。
誠からすれば、この地球は生まれ育った地球よりも異世界にほど近いと感じていた。
当たり前のように存在する魔術という概念。
各地に発生しているダンジョンに似た『鏡界迷宮』で魔物を倒し、遺物を収集して生計を立てる探索者という職業。
どちらも誠には馴染み深いもの。
故に適合も早かった。
「話が早くて助かります。それで、私も探索者な訳ですが……茅野さんさえ良ければ今後も一緒に活動したいと考えています」
「…………」
二つ返事で請け負いたい気持ちを抑えて口を噤む。
信頼はしているが、考え無しに受けていい案件とも思えなかったのだ。
「えっと、那月は今は一人で探索者を?」
「はい」
「……当然だけど、一人より複数人の方が出来ることの幅が広がるし安全性も増す。一人でいる理由がわからない」
「それは……」
痛いところを突かれたとばかりに俯いて声が細く消えていく。
後ろめたい事情がなければ、こんな反応はしないだろう。
那月は他の人と組めない事情を抱えている。
そして、誠は心当たりがあった。
今しかない。
意を決して那月が隠したがっているであろう事柄の口火を切った。
「……もしかして、両親のことか?」
「――っ、どうして、それを」
食い入るような反応。
那月の声は震え、紺碧の瞳は怯えの色を帯びていた。
――貴方も同じなの?
漏れ出す諦観にも似た感情。
目の前に希望をちらつかせたのに、貴方も結局裏切るのかと。
ヒビ割れたガラス細工を想起させる那月へ、誠は可能な限り優しい口調を意識して答える。
「パソコンを借りた時、丁度その事件に関するページが開かれていたんだ」
「……そう、ですか。閉じ忘れていたんですね」
自嘲気味に、しかし安堵とも取れるため息。
自意識過剰も甚だしいと、あまりにも有名すぎる自分の名を嗤った。
気にする必要は無いと意思を強く持ったフリをして、一番気にしていたのは他でもない自分自身だったと。
「隠してはいられませんね。でも、それを見たなら大体のことは知っていますよね」
「まあ、そうだな。問題はこれが真実かどうかだが――」
「――私は、嘘だと信じています。私の両親は誰かに嵌められた……なんて、誰も信じてはくれませんけれど。でも、絶対に両親の無罪を証明します」
遥か遠い望みを口にした。
叶うのならばどれだけ良いだろうか。
しかし、願いの殆どは叶わずに落ちるもの。
どれだけ尊いものであろうとも、どれだけ俗なものでも。
叶わない時は叶わない。
「……私が茅野さんに『神奈木』と名乗った時、嫌悪も好意も抱かなかった。それが私にはとても、とても嬉しかった。フラットな目で見てくれる茅野さんの存在が、崖っぷちの私を救ってくれた」
「そんな大層なことをした覚えはない。俺は打算込みで那月を助けたんだからな」
「それでも、私が救われたと勝手に思うのは自由ですよね? 誰一人として損はしません」
「一理ある」
誰かが不幸になるのではないならと、誠は那月の言い分に納得した。
「那月が他と組めないのはこれが原因か」
「探索者は基本的に自己責任です。好き好んで私のようなリスクを抱える必要はありませんから」
「誰しも自分のことが可愛いからな。それに、命懸けで戦う仲間なら信頼できる相手を選ぶ。俺だってそうだ」
仲間を守って戦っていたのに、いざとなったら背中を刺されました……では洒落にならないのだ。
技術や経験も大切だが、それは信頼という大前提なしには語れない。
「それを踏まえた上で誘いの答えだが……」
「っ、やっぱりダメ……ですよね。当たり前です。私に背中は預けられない――」
「――なんで断られる前提なんだ。ちゃんと前を見ろ。卑屈になってもいいことはないぞ?」
誠は立ち上がり、俯いたままギュッと膝の上で両手を握る那月へ手を伸ばす。
それは誠なりのの信頼であって。
心から那月が望み焦がれていたもので。
刻まれた恐怖が邪魔をする。
人は正義を掲げればどこまでも残酷になれる生き物であることを那月は知っていた。
悪意を向けられるのが自分なら、まだ我慢のしようがある。
でも、両親へ石を投げられるのは我慢ならない。
自分から誠を誘っておきながら、隣にいたら酷い迷惑をかけてしまうと容易に想像できる。
だけど、そんなものは承知の上で。
「どうせ私がいたら迷惑だ……とか考えてるんだろ?」
「どうせって、つまらないことのように言わないで下さい!」
「いいや、そんなつまらない理由があるかよ。仲間なら迷惑かけあっても笑って許せる。懸命に生きてのことなら尚更だ」
那月の言い訳を一蹴して、彼女の真意に誠は迫る。
5秒、10秒……チクタク時計の針は進み。
「そんなこと言われたら……っ、断れないじゃないですか」
目じりに光る雫を湛えて、ゆっくりと虚勢のベールを脱ぎ捨て顔を上げた。
晴れやかとは言い難い。
けれど、憑き物が落ちたように微笑んで。
「――改めて。神奈木那月です。今後とも、よろしくお願いしますっ!」
「茅野誠だ。これからもよろしく」
嫋やかに白く透き通った手が伸びて。
二人は真に、手を取り合った。
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