第13話 傍迷惑なお節介



 熱気が冷めぬままの演習場からなんとか抜け出した四人は、細かい手続きのために支部長室へ戻っていた。

 無事に勝利を収めた誠の周囲には我先にと勧誘の声をかける人が群がったが、薫の「まーくんは用事があるからその後で、ね?」と鶴の一声がなければまだ足止めされていただろう。

 ……結構な数の男たちが尻を押えて後ずさっていた理由は考えないことにして。


 目立った怪我もなく模擬戦を終えたために治癒術士の出番はなかった。

 後から聞いた話では、今日の術士はなんと薫本人だったようで、怪我をしなくてよかったと心底安堵したのはご愛嬌。


「さて、こんなものですかねー」

「これだけあれば発行は出来るわね。推薦者・・・であたしとちーちゃんの名前もあるから、多分大丈夫よ」

「何から何までありがとうございます」


 必要な情報を聞き取って整理し、申請までの手続きもしてくれるという二人に誠は座りながら頭を下げる。

 殆どの工程を進めたのは薫だったのだが、それはそれ。

 千鶴の協力なしには叶わなかったことだ。


 素直にお礼を述べる誠には目もくれず、髪先を指で弄りながら、


「別にいいですよそんなの。お礼ならかおるんとなつなつに言ってください。ボクは外に出て疲れたので眠いんですよ」

「あたしも楽しかったからいいわよぉん。あんな血湧き肉躍る闘争は、それこそレイドを組んで鏡界主マスターの討伐戦をした時以来よ。出来ることならまた手合わせ願いたいわ」


 うふ、と不格好なウインク。

 薫レベルの戦士が徒党を組んで苦戦した鏡界主がどんな化物なのかと興味が湧いたが、それはそれ。


「那月も、ありがとう。予め話を通してくれていたんだよな」

「どういたしまして。必要なことでしたし……それに」

「それに?」

「……仲間、じゃないですか。支え合うのは当然ですっ」


 気恥しさを堪えながらの微笑みに、虚をつかれた誠は思わず見蕩れてしまった。

 確かに昨日、自分で『仲間』と口にした。

 紛れもない本心で、これからも変わらないだろう。


 それでも。


「……なにか言ってください! じゃないと……私だけ勘違いしているみたいじゃないですか!」

「――ぷっ」

「誠さん、今笑いましたね!?」


 ポカポカポカ、と。

 両手で誠を殴りつけるも力は弱く猫のじゃれあいのようなもの。

 無抵抗で殴られながら、自分のことを仲間だと思ってくれている那月の変化が嬉しくて。

 自然と頬が綻んでしまうのは止めようがなくて。


「――すみませーん。痴話喧嘩中に口を挟むのはとてもとても地球と月の距離くらい心が引けるんですけど、ちょいといいです?」

「心にもないことを……で、なんだ?」

「色々言うので聞き流さないようにー。証明証関連の資料は明日郵送します。で、多分三日もすれば証明証も届くはずです。それまでは協会が管理する・・・・・・・『鏡界迷宮』に入れないので注意してくださいねー」


 それからも垂れ流される注意の数々を一つ一つ確認して、「このくらいですね」と呑気に欠伸をした。


「――という訳で、二人とも時間あります?」

「ん?」

「何か忘れたことありましたかね……?」

「実はですねー、さっきの見世物でヒートアップした馬鹿どもが外でバーベキューやってるんですよ。今のうちに交友でも広めてきたらどうです? 友達いないでしょうし」

「余計なお世話だ」

「事実ですよね」

「那月も似たようなものだろ!?」

「……別に。私は友人なんていなくても困りませんし? 寂しくないですし?」

「なーちゃん、その言い訳は苦しいと思うわ……」


 誠だけではなく薫までもが天然ボッチの那月を危惧し、千鶴はソファから落下しても爆笑していた。

 気を悪くしたのか那月はぷいっと頬を膨らませて視線を逸らし、やり過ぎたと感じた誠が慰めにまわる。

 ややあって機嫌を持ち直した那月は立ち上がって誠へ手を伸ばす。


「外、行きませんか?」

「そうだな。少しくらいなら顔を出してもいいか」

「いってらっしゃーい。ボクとかおるんはもう少ししたら行くので、別に待ってなくていいですよー」

「あたしはまーくんとお話したいことが山ほどあるけれどね。まあ、楽しんでらっしゃい」




 ▪️




「――かおるん。あの二人に一応監視を付けておいてください」


 扉が閉まって残された二人。

 スナック菓子を摘みながら薫に支部長として指示を出す。

 態度は不真面目でも彼女が下した決断はおいそれと無視できる軽いものでは無い。


 誠の那月の前では薫とておくびにも出さなかったが、千鶴が直々に探索者の推薦をするなんて異例中の異例。

 なまじ人の才能を視れる千鶴だからこそ、手間をかけるハードルは山のように高い。

 加えて監視まで付けるとなれば、相当に気に入ったのだろうと静かに察した。


「程度は?」

「接触、並びに介入は無しで。まあ、危ないようなら少しくらいは構いません。あの子の手が空いているはずです」


 千鶴が数いる監視役に適した人材から選んだのは、彼女をして少々扱いにくいが実力は確かな手駒。

 那月の面倒事を加味しても十分に対処出来るだろうと考えてのこと。


「なんなら二人の間に押し込むのも面白そうですね♪」


 ……勿論、それだけの理由で彼女をつける訳では無いのだが。

 単純に二人の仲を引っ掻き回して遊びたいという純粋な欲求。

 傍迷惑なお節介である。


「……二人の前途は多難ね。なんとか連絡はつけてみるわ。引き受けてくれるといいのだけれど」

「よしっ、決まりですね。ボクはここで待ってるので、外に行くなら適当に肉だけ見繕ってきてくれませんか?」

「野菜も食べないと育たないわよぉん」

「ボクは完全無欠な超絶美少女なので♪」

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