第33話 鎧袖一触
豪奢な門は見るも無惨に破壊され、空いた穴から続々と中へ流れ込む。
隊列などなくとも統率は取れている。
基本的なことは普段の探索と変わらない。
索敵、戦闘、そして捜索。
仲間の位置を把握し自分がやるべきことをこなす。
ただ、それだけ。
大きな噴水がある広場に差し掛かったところで、
「……なんだよ、あれっ!? 新種の使い魔か!?」
一人の男が上げた声。
一斉にその方向へ武器を構えた人が向き、彼方が使役する使い魔の姿を捉えた。
小柄でのっぺりとした白い皮膚の人型だ。
ぽっかりと窪んだ眼孔と開いたまま塞がらない口。
まるで生気というものが感じられず、足を引きずって歩く様は夜の暗さも相まって不気味に映る。
彼らに混じって動物や翼の生えた石像……ガーゴイルなんかもいる。
如何せん数が多いが、下がれる場所もない。
作戦開始時に結界は張ってあるものの、もしものことを考えればここで迎え撃つしかなかった。
一瞬の停滞。
裂いたのは、月明かりに照らされ煌めく鈍色。
「――邪魔だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ああああッ!!」
戦意を露わに放つ咆哮。
煉瓦で舗装された道が踏み締める度に陥没し、ヒビ割れ砕ける。
冷たい夜の空気が肌と擦れつつも秘めたる熱量が衰えることは無い。
人混みを我先にと抜けた男が振るった鉈は、人型の使い魔の首を寸分違わず断ち切る。
グチュリ、柔らかな肉を斬れ味の悪い包丁で切るかのような感触。
飛んだ頭蓋、赤い飛沫が踊り絵の具を撒いたかのような模様が広がった。
それだけに留まらず行く手を塞ぐ使い魔を斬り捨てる姿はまるで修羅だ。
だが、四面楚歌であることに変わりない。
「あたしもいくわよぉぉぉぉぉんッ!!」
野太い漢の叫びに使い魔たちの意識が割かれた。
突如として戦場の中心へ現れた薫の徒手空拳が嵐のように吹き荒れる。
狼の腹を拳が穿ち、薙ぎ払われた豪脚が人型の首を容赦なくへし折った。
空を飛んでいたガーゴイルに飛びつき地上へ引きずり下ろし、鉄拳制裁。
みしり、と軋む嫌な音。
遅れて粉々に砕けたガーゴイルとは対称的に、薫の拳には一切の傷はない。
くるりと身を翻し、短すぎるスカートについた土煙を丁寧に払い、誠と背を合わせる。
「もう、行くなら合わせたのに」
「待つ時間が惜しい」
「そうね。じゃあ、ちゃっちゃと片付けましょう!」
再び動き出した二人。
視線も言葉も交わすことなく、互いが互いの死角をカバーしながら死と踊る。
隔絶した力量差の前には多勢も意味をなさず、使い魔は為す術なく蹂躙されていた。
しかし。
「――っ、上よ!」
魔術の気配は空を飛行するガーゴイルから。
腹のパーツが外れ、身体の内部で生成されていたのは紅く燃ゆる炎。
上空からの火炎放射で地上の仲間諸共焼き尽くすつもりなのだろう。
誠も薫も、対空性能は高くない。
慌てて対処しようとすれば地上の使い魔が見逃さないだろう。
万事休すか……そう思った矢先。
闇に靡く桜色。
無数の風きり音と同時に閃く銀閃。
ガーゴイルの内部に苦無が突き刺さり魔力回路を断ち切った。
際限なく膨れ上がる熱量の放出先を見失ったガーゴイルが爆発し、黒く焼け焦げながら地上へ落ちる。
遅れて、しなやかな動作で音もなく着地した小柄な影。
ぱっちりと開かれた金色の瞳は猫のようだ。
「――空は任せて」
「任せた」
短い応答を経て、更に戦いは激化する。
そんな様子を呆気にとられたように見ていた人々も、パンパンと叩いた手で目を覚ます。
「ほら、ぼさっとしない! 給料分の働きはして貰いますよ!」
喝を入れる千鶴の声は後方から。
彼女は今回の作戦を指揮する立場にいる以上、自分から戦うことは無い。
それでも千鶴に逆らうものはここには一人もいなかった。
自らを鼓舞するように名乗りを上げて突撃し、あちこちで乱戦が形成される。
高い指揮と練度を誇る参加者の前には使い魔の軍勢も相手にならず、みるみるうちに数が減っていく。
獲物を振るい、時に魔術が空を焼き、脳内で過剰分泌されるアドレナリンが高揚感を齎す。
鎧袖一触。
前哨戦と呼ぶべきものは、およそ三十分で協会側の圧勝に終わった。
あちこちに倒れている使い魔の死体と残骸は『鏡界迷宮』と違って消えない。
「――あんた、模擬戦の兄ちゃんじゃねぇか!」「やるなぁ!」「薫さんも流石だぜ!」
口々に聞こえる賞賛の声。
そんな彼らに軽く手を振っていると、負傷者を治癒して回っていた薫さんが戻ってくる。
「おまたせぇ」
「薫さん、道は」
「地下工房に繋がる蔵は左。本隊はそのまま真っ直ぐで当主を捕える手筈よ」
「案内頼む。俺が先頭だと迷いそうだ」
「りょーかいよ」
「少し休みたい……」
「我慢してくれ。終わったあとで好きなだけ寝かせてやるから」
「……! なら、仕方ない」
ご褒美を吊るされて乗り気の凪桜だが、終わったら勝手に寝ていただろうとは言わない。
そういう口実があった方が、色々とやりやすいこともある。
「治療は終わりましたね? 次に行きますよ! ボクたちは本邸で彼方家当主の確保、別働隊の三人は地下工房に監禁されていると思われる神奈木那月の救出です。さあ、皆さん――夜はまだ、始まったばかりですよ」
「あたしたちもいくわよぉん」
千鶴の号令で本隊が奥へ進行したのを見届けて、誠たち三人もまた目的のために動き出した。
一軒の家の敷地内とは思えない広々とした石畳の道を駆け抜ける三人の前方に、大きな魔術陣が刻まれた建物が控えている。
ここが彼方家の蔵――もとい、地下工房へと繋がる建物だ。
背後には鬱蒼と茂る雑木林。
不安感を煽るような闇が満ちていた。
蔵に繋がる扉は無骨な黒い鉄製。
しかし見た目で判断してはいけない。
罠が仕掛けられている可能性も考え、誰も迂闊には触らなかった。
「……大丈夫。罠はない」
「どうやって見破ったんだ?」
「魔力の反応も、魔術の反応もない。凪はその辺のものに敏感。物理的な仕掛けも見当たらなかった」
「なーちゃんはちーちゃんが信用する程の隠密よ。これくらいは朝飯前なの」
「ただの寝坊助だと思ってて悪かった」
心の底からの謝罪にも関わらず、凪桜は一切気にしていないようで小首を傾げるばかりだ。
人からの評価など安眠に比べれば些細な問題なのだろう。
ともあれ、安全を保証された扉に薫が目を通した。
「南京錠とダイアルロック……内側からも閉めているのかしら」
「……ピッキングでもする?」
「ノンノン。こういうのは――」
すっ、と薫が力を逃がさぬように脚を開いて右腕を引き絞る。
深く息を吸い込み、拳の一点だけに強化を集中させ――
「破ッ!!」
轟と空気を引き裂いて放たれた正拳突きが、蔵の扉と盛大な音を立てて衝突した。
巻き起こった風圧で二人の髪が揺れ、凪桜は迷惑そうに顔を顰める。
パイルバンカーもかくやという威力を秘めた薫の正拳突きは、見事に扉を鍵ごと破壊していた。
ひしゃげた鉄扉が空っぽの蔵をゴミのように転がり、激しく土煙が巻き起こる。
「壊した方が手っ取り早いわ♪」
「……もう少しさ。こう、人間らしく頭を使うとかなかったの?」
「頭突きで壊す?」
「違うそうじゃない」
「細かいことはいいじゃないの。なーちゃんが待ってるわよ」
悠然と蔵の中へ歩を進める薫と凪桜。
まあいいかと思考放棄した誠も警戒を最大限に強めて後を追った。
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