第17話 些細な望み



 順調に魔物を討伐しながら探索すること約六時間。

 もういい時間だからと引き返していた時のこと。


「おいおいそこのお二人さん」

「ちょっと面貸してくれよ」


 下卑た笑い声を撒き散らして男たちが物陰から現れた。

 装備に統一性はなく、その数は誠が目視出来ただけで十を越える。

 荒事の気配を感じ取った誠が那月を下がらせ、いつでも鉈を抜けるように備えた。


「何の用だ? 生憎お前らとは知り合いでもなんでもないはずだが」

「そう釣れねーこと言うなって。俺らが用があんのは後ろの嬢ちゃんだけだからよぉ」


 槍を担いだ男が那月を顎でさす。

 粘つくような不快さを感じる視線が那月に集中し、嫌な気配にうなじがひりつく。

 異世界では吐いて捨てるほどに蔓延していた人間の悪意。


 僅かな怯えの色を滲ませた那月を横目で確認し、彼らが味方ではないことを察した。

 つまり――敵。


「……貴方達の狙いは私ですか」

「んな人聞きの悪い言い方はやめてくれよ。俺たちはちゃんと『お話』するために着いてきて欲しいだけなんだからよぉ」

「それで終わるわけないだろ……」


 裏があることなんて誠でも見透かせる。

 着いてきて欲しいというのは事実なのだろうが、お話が言葉によるものなんて明言していない。

 十中八九、那月を狙う手の者だろう。


 となれば人数差的に逃げるが勝ちだ。

 しかし、そう簡単にことが運ぶ訳もなく。


「どこいくんだよ」

「お話、していこうぜぇ?」

「ちっ……囲まれたか」


 逃げ道を素早く塞がれ、その選択は取れなくなる。

 行動の遅さを悔やんでも仕方ない。

 そっちがやる気ならと覚悟を決めたのだが、耳朶を打つ涼やかな声音。


「――誠さん」

「嫌だね」


 背後からかかる声に即拒絶の意を示す。

 出鼻をくじかれた那月は小さく肩を跳ねさせ、揺れる紺碧の瞳を隠すように顔を背けた。


 そんな自分勝手は許さないと那月もわかっていたはずなのに。

 誠を大切に思うからこそ巻き込むことに耐えられなくて。


「どうせ『私を置いて逃げて』って言いたいんだろ?」

「……そうですよ。それで全部丸く収まる――」

「――収まらねぇよ、馬鹿」


 静かな、怒り。

 それは自分も仲間も蔑ろにする言葉だから。


 これで良いなんて思ってもいないのに、嘘の仮面を張り付けて悲劇のヒロインを気取る少女の姿なんて願い下げで。

 尊い犠牲の上で楽に生きる未来が見えなくて。

 自分のことがどうなってもいいと諦めている情けない目が許せなくて。


「仲間ってのはな、何もかも分け合える間柄のことを指すんだよ。それが嬉しいことでも、悲しいことでも、辛いことでも。全部押し付けて、手を引っ張って巻き込め」

「……でも」

「両親の無罪を晴らすんだろ? ならこんな所で油を売ってる暇なんて無いはずだ。だから――頼れ。目の前の仲間を。それも込みで那月といるんだからな」


 強く揺るがぬ覚悟を持った誠という存在が直視できないほどに眩しくて。

 世界を平等に照らす太陽のように感じられた。


 上げた顔、涙に濡れた瞳が揺らぐ。

 涙を乱暴に袖で拭って、弱い心を叱咤して。

 頼もしい黒の双眸に映る自分の無様な姿が心の炉に火を焚べて。


「それに、ほら。那月が居なくなったら今度こそ無一文で野宿だからな」


 最後にしょうもない理由でぼやかす辺りに、欠片ほどの嫉妬を抱いて。


「……本当に、もう。私はその程度の女ってことですか。酷いです」

「言葉の彩だって。今日も楽しい一日を送りたいって俺の些細な望みだよ」


 誠の望みは楽に生きること。

 それは過不足ない衣食住であり、人との付き合いであり、笑い合える時間であり。


 この世界で誠が一番長く付き合っている那月が居なくなるのは楽しくない・・・・・


 たったそれだけの理由で理不尽に立ち向かえる。


 そういう、少し頭のおかしい人間なのだ。


「そうと決まれば――っ!」


 ショルダーバッグから取り出した小さな玉を勢いよく地面に叩きつける。

 誠謹製の煙幕玉の効果は凄まじく、すぐに白く濃密な煙が周囲に立ち込め視界を白く塗り潰す。


「那月っ!」


 はぐれないように那月の手を繋ぎ、人がいない場所を狙って最短距離で駆け抜けた。


「クソっ、煙幕か!」

「逃げられたぞ、追え!」


 咳き込みながらもまだ諦めていない様子の男たち。

 晴れた視界で一目散に離れ、姿が見えないことを確認して、少し速度を落として息を整える。


「はぁぁ……っ、キッツ……」

「最近……全力疾走することが増えました……っ」


 ゼェゼェハァハァと。

 肩で息をする二人の額には玉の汗が滲んでいる。

 誠は袖で、那月はハンカチでそれぞれ拭い、油断なく周囲を見回した。

 警戒するべき対象は男たちの他にも山ほどある。


 魔物は勿論、他の探索者の邪魔になっていないかも気にしなければならない。

 見たところ人影も魔物の気配もなく、少しは身体を休められそうだ。


「入口ってどこだ?」

「逆側です。空に光る柱が見えませんか?」

「あー、確かに」

「屋外系の『鏡界迷宮』なら空を見ればわかります。というか基本的には協会側で道を整備してくれているので、それに従えば帰れます。手が入っていない場所は別ですが」

「なるほどな。で、これからどうするかな……入口はさっきの奴らが張ってるだろうし」


 彼らの狙いは間違いなく那月だった。

 それならば逃げ場を塞げば絶対に那月を見失うことは無い。

 なら、取れる選択肢は――


「また鏡界主を倒して外に出るか?」

「それが最前でしょうね。幸い私たちがいる場所の方が出口には近いです」

「決まりだな」


 方針が決まったところで、二人は協会が設置している案内板に従って鏡界主が待つ出口へ向かう。

 出口が近づくにつれて魔物の強さも増していくが、二人の前に次々と突破されていく。


 約一時間ほど探索すると終着点と思しき滑らかな焦茶色の扉。

 押し開けて中に入ると、劇場のような段をなす無人の客席と横広なステージが広がっている。


「あれです」

「……操り人形?」


 二人の視線はステージ中央へ。

 ステージの上部から垂れる透明な糸に吊るされ、大袈裟に動く子供の人形がケタケタと壊れたように笑っていた。

 胴体にはジッパーが取り付けられ、開いた向こう側からも甲高い笑い声が響いている。


 妙にファンシーなデザインと動きのちぐはぐさのギャップが酷い。

 本物のテーマパークにいたら間違いなく色物のマスコットとして紹介されることだろう。


「強いのか?」

「前の鬼王程ではないかと。ただ、搦手には気をつけて下さい」

「はいよ。それじゃ、行きますか」


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