第18話 深夜の訪問者
結果としては、さほど苦労することなく鏡界主の操り人形を討伐することが出来た。
痛覚がないのかお構い無しに突撃してくるのと、途中で腹から出てきた人形の取り巻きには驚いたが、言ってしまえばその程度。
拳大の魔石を回収し姿見を潜って外に出ると、もう日が傾き空が暗い時間帯。
魔石の換金を済ませて、今日の稼ぎは十万と少し。
週五日探索したとして月収約二百万。
諸々の経費を引いて二分割すれば……足りないなというのが二人の結論だった。
「今日のところは様子見だからな。明日からはもっと稼げるだろうし」
「そうですね。少なくとも一人で潜るよりは精神的にも楽ですし、額も増えているので私としては文句はないのですが」
「そうなのか? てっきり俺は足を引っ張ってるものだと思っていたが」
「有り得ませんよ。魔物を倒すにも手間がかかりますし、なにより鏡界主を労せずに倒せるのが大きいです。アレだけで一諭吉ですから」
嬉しそうにお金の話をする那月はどうしてか生き生きとしていた。
元々『神奈木』といえば魔術師の名家……つまり、那月は紛うことなきお嬢様。
暮らしぶりは他と比べれば節制だったようだが、事件以来は一人暮らしの準備で散財していたらしい。
だからなのか、妙に感性が庶民的なのだ。
スーパーで買う野菜の値段に一喜一憂、タイムセールは欠かさずチェック。
16歳とは思えない生活力の高さである。
当たり前だがお金は有限。
節約できる部分はしたいと考えるのは誠も同じで、意外にも価値観は合っているのかもしれない。
けれど、それはそれとして。
「うん、やっぱり那月は残念系だ」
「残念系!? どういう意味ですか!」
「そういうとこがだよ」
普段は落ち着いているのに変なところにツボがあるとか、時々天然な面を見せることとか。
着替えは脱衣所でと始めに決めていたのに、癖で那月が部屋で着替えていたこともあった。
外では割としっかり者なのに、家では突如としてポンコツになることがある。
精一杯の抗議のつもりか頬を膨らませる那月。
……疲れているのだろう、若干家モードが現れている気がする。
「そういえば、あの男たちの事は報告したのか?」
「一応は。ですが実害か確実な証拠がなければ動いてくれないでしょう」
「千鶴に相談……するよりは薫さんか」
「そこまでの迷惑はかけられません。それに、二人も動いてくれていますから」
確かにあの日、千鶴は那月を狙って同行していた人の調査をすると言っていた。
立場上は中立な二人を頼るのは人任せと取られてもおかしくない行為だろう。
それに、探索者は自己責任。
不測の事態への対策も含めて能力が問われていると言っていい。
実際に手を出されたなら法規手段に訴えることも出来るが、現状それは厳しそうだった。
あくまで敵は慎重に那月を消そうとしている。
それは決定的証拠が掴まれていないという余裕からくるものだろう。
さらに、時間をかけて不利になるのは両親の有罪が確定する前に真相を暴く必要がある那月だ。
「考えるのも大事だけど、あんまり根を詰めるなよ。那月が潰れたら意味が無いんだから」
「……そう、ですね」
「つーわけで夕飯の材料を買って帰るか。今日は何にする?」
「寒くなって来ましたし温かいものがいいですね。シチューとかどうでしょうか」
「いいな、それ。秋だし栗とか入れてみるか」
「殻を剥くのって面倒ですし甘栗にしません?」
「そっか。加工済みの物があるんだよな。文明の力ってすげー」
未だにズレたままの意識を現代に寄せながら、那月のリクエストに応えて近所のスーパーで材料を買い帰路につくのだった。
交互にシャワーを浴びる間にシチューを煮込み、ルーを入れて待つこと数分。
ミルクの甘く優しい香りがリビングに広がったところで完成。
皿に盛り付けて夕食にありつく。
美味しい夕食を二人で囲み、探索の振り返りや明日の予定なんかを話して。
ここ数日で手にした尊い日々。
心休まる時間はあっという間に過ぎて、時計が11時を指した頃。
寝る前にリビングにいた二人は、外で何かが転がり落ちるような音を聞いた。
しかも、それはリビングの窓の外にあるベランダから聞こえた気がした。
「……今、音がしましたよね」
「ベランダの窓、開けてもいいか」
「大丈夫ですよ私全然怖くなんてないので」
「露骨に怖がるなって」
さっと誠の後ろに隠れてTシャツの裾を摘む那月に苦笑しながら、ベランダに繋がる窓を開ける。
ふわりと冷たい夜風が吹き込んで膨らむカーテン。
空に薄らとかかる雲。
リビングから漏れた光がベランダを照らす。
そこには――小柄な少女がうつ伏せで倒れていた。
手はブカブカなニットの長袖に覆われ、首には桜色のマフラーが巻かれている。
防寒対策かと思えば下半身は生足を惜しげも無く晒すミニスカートで、ピンクのパンティーに包まれた桃のようなお尻を空に突き出していた。
那月の厳しい視線を受けて目線を外しながら、おもむろに少女の肩を揺する。
「大丈夫か」
「んん……ケダモノ?」
「誰がケダモノだ」
眠たげに顔を上げた少女が誠へ開口一番に、あんまりなことを言い放つ。
焦茶色の髪は二つ結びにされていて、前髪は長く左目だけを隠している。
病的なまでに白い肌、とろんとした金色の瞳は宝石のようだが絶望的にやる気が感じられない。
このまま放っておくと寒空の下で眠ってしまいそうな危うさすら漂っている。
豊満な膨らみがたゆんと揺れて、思わず引かれてしまう目線。
再び背後から浴びせられた絶対零度の視線。
何故バレているんだという焦りを包み隠しながら、しゃがみこんで目線を合わせる。
「頭とか打ってないか」
「石頭だから大丈夫」
ふるふると首を振る少女をどうしようかと那月に判断を求めたが、誠と同じく微妙な表情をしていた。
敵が味方かも分からない初対面の少女。
夜にベランダを玄関代わりにする客がまともなはずもなく、どうするべきか悩んでいると。
少女のお腹から可愛らしい音が鳴り響く。
「もしかして、お腹空いてるの?」
「……そういえば昨日から何も食べてない」
「えぇ……」
「なんか、任務? をしてたけど、お腹空きすぎて倒れて……ケダモノに襲われてた」
「ケダモノじゃないし襲ってねぇよ!?」
「これから襲う?」
「そんな予定もない!」
ピシャリと言い切ると、何故か残念そうにため息をついた。
ジト目を向ける那月にも「違うからな?」と念を押して、誤解を生んだ張本人の処遇を考える。
「那月、この子どうする?」
「……シチューってまだ残ってましたよね」
「入れるのか?」
「流石に女の子を外に放置するのは危ないです。それに、悪さをするようにも思えません」
「家主の決定なら異論はないけど……」
「では決まりですね。貴女、お名前は?」
「九重凪桜?」
「何故に疑問形」
誠の呟きは夜風に消えて、凪桜は肌寒さに肩を抱いて震わせた。
くちゅん、と小さなくしゃみ。
ずび、と鼻を鳴らして欠伸をひとつ。
「凪桜ちゃん、寒かったでしょう? 余りのシチューでよければ食べていってください」
「……ん」
凪桜は那月が差し伸べた手を取って、突然の訪問者を部屋へと引き入れた。
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