第2話 一 あの日の僕、そしてこの空の下で…。

 終業式が終わった夜、難波の某居酒屋にて、とんでもなく馬鹿騒ぐ打ち上げが催された事だけは今でもはっきりと記憶している。今考えると、あれはきっと、この大都会を一年、何とか生き抜く事ができた喜びによるものと、春休みという名の長期休暇がもたらした気の緩みがそうさせたのであろう。


 当時は未成年であった僕が言っても信憑性に欠けるのだが、飲酒は二十歳を過ぎてから。しかしこの時は皆が皆、我を忘れて飲みまくり、てんやわんやの大騒動で、一夜の残響は都会の霧に消えていった。


 次の日の朝、仲間達は二日酔いの頭を抱えながら、それぞれ地元へと帰郷したのであろうが、僕はあえて大阪に残っていた。


 確かに両親からの文句はあった。しかしそれよりも、この都会に来たもう一つの理由であり、更なる夢の形の準備を再開すべく、適当な理由をつけて何とか暇を確立したのだった。


 地元の友人にも話した事のない、密かに抱いていた果てしない夢。それは文学を媒体とした物書きになりたいという夢であった。

 いつからその夢を抱き始めたのかはっきりとは覚えていないのだが、幼少期に両親から与えられた一冊の文庫が何より面白かったらしく、物心ついた時には、学習帳の端くれに想像した小さな小さな物語を密かに書くようになっていた。


 小・中学生の夏休み課題の中に読書感想文というものがあり、それを誰もが嫌がる傾向にあったのだが、僕にとってはそれが何より楽しみで、これまで読んだ小説を事細かく解析し、それをつづる事に喜びを覚えるという妙な感覚。


 その内容は、感想文というよりもだいたいが批判文であり、決して賞される事などなかったが、職員室内で一つの話題に上がっていると、国語の先生から伝えられたその言葉が何より今もこの胸に残る宝物の一つである。


 そんな事はさて置き、夢の話である。


 多忙を極めた大阪一年生の中で、頭の中に溜めに溜めたプロットをようやく形にできる心の余裕ができた事に喜びを噛みしめ、約一か月間。 


 この長期休暇は他に何も考える事なく、貪るよう文学に明け暮れた。そして何とか二つの物語を書き終え、最後のエンターキーを押し、ふとカレンダーへと視線を向けたその時、春休みが終わる前々日である事を初めて知った。


 バックアップを取るより何より、精根尽き果てた心身を休めようとベッドへと倒れ込むと、きっと睡魔と夢の番人が即座に結託したのだろう。睡眠という名の闇に幽閉されていき、これより一日半、僕に光が訪れる事などなかった。


 そして新学期が始まり、帰郷した友人達は、少しふっくらとした面持ちで眩しい笑顔を浮かべながら声をかけあっている中、一人フルフルと身体を震わせながら意気消沈気味に佇む僕の姿。


 それを心配するよりも、むしろ爆笑するという、ある種の優しさと似て非なる態度が何故か嬉しく、思わず涙を堪えながら、汚れた顔して微笑み返したのだった。


 こうして二回生となった僕達にはきっと、去年よりも更に色濃い授業内容が用意されていて、他の事など考える暇も与えられないほどの忙殺された日々を虐げられるのだろうと腹をくくっていたのであったが、早々と発表された授業内容にある種、驚きを隠せずその場に固まってしまったのはきっと僕だけではないはず…。


 その内容とは、一回生のおさらいから始まり、その後はそれを繰り返し、技術能力を切磋琢磨していくという事であった。それ即ち、新しい事を学ぶ訳ではなく、一回生の内容そのままであるという事を意味する。 


 それでも忙しい事に変わりがない日々であるのは否めないのだが、環境に順応するという事はある意味恐ろしい習性であり、これ正しく人の性であると言えよう。


 それを聞いた瞬間、学年全体から切迫した雰囲気が消え去り、皆から笑顔がこぼれ始め、眩い光と薫り立つ華のような雰囲気が学年全体を包んでいった。


 僕はというと、物語を描く時間などないのだろうと懸念していた矢先、実はそうではなかった事に少しだけ拍子抜けしてしまったのであった。   

物語を描くだけではなく、それ以上の行動を起こす事ができる時間が与えられたという事実が実に嬉しい。


『0と1は異世界であり、確実な1を手に入れた勇者にだけ眩く光が降り注ぐであろう。』


 どこかの本で読んだこの文節が今も胸に生きている。

 勉学に励む事は言うまでもないのだが、これから僕が起こす行動は、一つでも多くの物語を完成させ、その出来上がった作品を、この大阪に存在する出版社へと直接持ち込む事。


 初めから上手い具合に事が進むとは思えないが、いつか自分の文章を絶賛してくれる方と出逢えるその日が来ると信じ、夢をつかむ為、今はガムシャラに動き回る事しか方法はない。


 皆へと平等に与えられている時間の中で、どう行動に移すかで自分の運命は大きく変わる。一瞬も無駄にする余裕などないと、それが若さ故であるという事にも気づかず、この時代の僕は、何事にもストイックに行動し、一日、一時間。一分、一秒。誇り高く生きていた。

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