第18話 三 あの日の嘘
岡山インター出口の横を車は勢いよく通り過ぎて行った。
椿は椿は機嫌よく再び語り始めた内容は何故かというか、やはりサークルや演劇の話でなくなっていた。
「美容室で話した時に三条木屋町が私には早いってダーリンが言ったの覚えてる?」
確かそんな事言ったような言わなかったような…。記憶は曖昧ではあったものの、とりあえず僕は同調した。
「うん、覚えとるけどどしたん?」
「最近大学の課外授業があってね、それで行ったところが三条木屋町だったのっ!京都の街をもっと知りたいと思ってるから、ついでにそこら辺りをしばらくぶらぶらしてたんだけど、あそこってすごいね…。やっぱり私にはまだまだ早いって痛感しちゃったものっ!!」
『大学の課外授業で三条木屋町って一体どんな受講内容なんだ…。』
何故か嬉しそうに語る椿に対し、この突っ込みを入れたくて入れたくてしょうがない衝動を必死に堪えながら僕は黙って相槌を打った。
最近、椿は学業と部活の合間を縫っては京都市の様々な場所へ出向き、街並みを写真に治めながら散歩するのがマイブームとなっているらしい。京都へと引っ越した際、近所の写真はよく送ってきた事から散歩している事は知っていたのだが、遠征をしているというのは初耳である。
京都の事をもっと知りたいという願望の他、いつか自らが描く脚本の取材を兼ねてとの事。
物を書くにあたり、取材は絶対不可欠であると持論している僕としてみたら、それは正しく素晴らしい事だと素直に賛美した。
椿の更なる語りは続き、三条木屋町を初めとし、『北大路駅付近、国際会館、二条城、丸太町』にも足を運ばせたらしく、「椿の住んでいる場所からそう離れていない場所ばかりであるな」と、何となく思い、片耳で話を聞きながら運転に集中していた。
GW最終日にも関わらず何故か、というよりも愛媛を離れた時からずっとそうであるが、車数はやはり少なく、行先を阻む状況に苛まれる事なく車を走らせていく。
岡山市の街並みを、日の光を弄ぶ河の水面を、冷たいトンネルの中を幾度か抜けたそこに現れた情景は、まるで空を飛んでいるかと感覚するほど高い位置に設計されている道路と、そしてこの土地を取り囲んでいる雄大な山脈。
二人共々その美しい景色に視界奪われていると『備前インター出口』と表示された看板が現れた。
岡山インターを通り過ぎた時から、僕にとっては未開の地であるに等しいと正直に申し上げておこう。余りこれに頼る性分ではないのだが、後は車購入時から勝手に搭載されていたカーナビの情報に委ねる事が吉であると思われる。まあ、高速は一本道であり、迷う事などない。とは思うのだが、しかし…。
オーディオの画面からカーナビ画面へとチェンジさせた。
現在時刻は三時二分。地図情報によると岡山から二つのインターを通り過ぎているらしく、平坦な道であった事と椿の話に意識がいき、それを見落としていたという事実に僕は思わず冷や汗をかいた。
しばらくは深い山脈が道なりに続き、またたび語り始めた椿の話をぼんやりと耳に入れていると、勝手に盛り上がる話の内容がどこか脱線し始めているのに気がついた。
「でね、ダーリンっ!行った先で食べたご飯がどこも美味しかったのっ!その中でも一番は三条木屋町の居酒屋さんっ!ここの鳥釜飯が今まで食べた事ないくらい美味しくて、皆でびっくりしちゃったのよっ!」
そこで僕は思わず顔をしかませた。
「んっ?居酒屋さん?あれ?椿、三条木屋町には大学の課外授業で行ったんじゃなかったん?」
「あ!!っ!うん、違うの、そうじゃなくて…。」
何気ない僕の質問に対し、椿は思いっきり焦りながら、必死に言葉を選び弁解している。
ぼんやりと話を聞いていたから、内容全てをよく把握していないのだが、これまでの電話と本日聞いた話の内容に若干のズレがあるような気がしなくもない。
僕は頭の中で全てを整理し始めた。
『そもそも椿がこの話題を上げた理由は、僕が部長の話をけん制したからこそであり、そうでなければ部活(部長)の話を未だ延々と語っているのだろう。
今となればそれはそれなのだ。遠出の件に関して、毎日毎晩の電話の内容には一切上げられていないのが気にかかる所であり、それより直視する点は椿が大学生活と部活ばかりの日々に忙殺されているというのは全くのところ僕の思い込みであり、口を滑らせた殊更から椿の心中には僕に語られていない出来事が幾つも秘められている事は何となく分かった。よもや疑いの念に囚われる事必死であるが、しかし確信には迫るまでは至っておらず、転はまだここに非ず…。しばらくの間はやり過ごすしか術は見出せない。』
簡潔とさせない言い回しには確実に濁りが生じてくる訳である。
どこか有耶無耶で、信憑性のない言葉の羅列から察するところ、先程上げられた場所へは複数で訪れているようで、その理由は『部活関連の飲み会』ではないかという憶測が立てられる。
写真を撮りながらその辺りを散歩しているのは本当であるのだろうが、果たしてそれは『一人』で行っている事なのだろうか…?
それを明確に話すと僕に心配をかけるという、もしかすると椿なりの配慮なのかも知れない。
しかし後々になり、知らされる事となったこの場合が最悪のパターンであり、僕に対して多大なる衝撃と残響を刻みつけたのである。
謝罪の言葉を添え、素直に、事の実を明かした方が今にも後にも影響が及ばないという事はこの若さではやはり分からないのであろう。相変わらず椿から辻褄の合わない言葉が飛び出していて、既にさっぱりと話のオチをつける場所を見出せなくなっている。
ここで僕が椿の言葉を遮り、今心中にあるこの言葉を這わした時、この話にオチをつける事もできるのだろうが、この関係をもきっと終焉させてしまう事然り。
この出来事により、今後椿の言葉を素直に受け止める事はできなくなるだろうが、今日離別してしまうのは適切ではないと僕は思った。
それは何故なら、話の内容全てがまだすべからず多分である事と、椿に対して誓いを立てた愛の形。そしてこれからの未来に対しての期待や願望を自ら殺めてしまうには早すぎると判断したからだ。
否、そんな複雑な話ではなく、僕はただ、椿の事を純粋に愛しているから躊躇してしまったのだ。話の展開を読めてしまうからそうしてしまう自らをナンセンスだと感じながらも…。
この話を良い方向に終焉させる為、僕は一つ気の利いた言葉を発した。
「今度、俺が京都行った時、その美味しい食べ物がでるお店屋さんに連れて行ってな…。」
椿の恐る恐るこちらへ向けた視線とぶつかり、僕は笑顔で大きく頷いて見せた。すると椿は汗ばむ額をハンカチで拭いながら深く長い息を漏らした。そして…。
「うんっ、必ず連れて行くよ。楽しみにしててね、ダーリンっ!!」
そう言い終え、ミルクティを口に含ませている椿の表情に笑顔が舞い戻っていた。今はこれでいい、これが正しい判断であると心の中でそう呟きながらカーナビの画面へと視線を向けた。
今車を走らせている場所からしばらくすると、赤穂市へとたどり着くとの事らしく、それは岡山県を抜け、兵庫入りを果たしたという事を表している。新幹線では確実にいつも通り過ぎている場所であるものの、自らの力でここまでたどり着いたという事が、僕としてみたら感無量であり、何よりの誉れであった。
「椿、今何時?」
「えっ?ちょっと待ってね。三時五十六分。もうこんな時間…。ダーリンといると何で時間が過ぎるのが早く感じちゃうのかしら、不思議ね。」
カーナビ画面の時刻と、歯の浮くような言葉を浮かばせ、椿は静かに笑っていた。
岡山インターからここに至るまで約一時間半の時間でここまで進む事ができた。それよりも正真正銘微妙な時刻に差し掛かろうとしているのである。
椿は時間を気にする風もなく、寧ろ機嫌良さそうにお菓子を頬張りながら暮れなずみ始めた街並みをぼんやりと眺めている。
岡山インター付近で見せたあの雰囲気の謎を思い返してみても、今は既に詮無き事。僕は想いを掻き消すかのように勢いよくアクセルを踏み込み、赤穂市内を突っ切っていった。
遠くに見える天高くそびえ立つ何本もの細い影。きっとあれはクレーンの影であり、その付近には大きい港が展開しているのであろう。
この時間はきっと貨物船や漁船が慌ただしく入港しているのは我が街でもお馴染みの景色であり、遠くから聞こえる汽笛の音を聞きながら帰宅するのが好きだった学生時代を思い返した僕の口元は自然と緩んでいただろう。
ふと右側にやや大きめの建物が見えてきて、カーナビの情報によるとそれは山陽新幹線相生駅。確かこの駅は新幹線内の各駅停車、所謂『こだま』しか停車しない駅であり、こう言ってしまうと失礼かもしれないのだが比較的マニアックな駅である、と思う。
岡山駅までのミッションと始まったのだが、実は椿が何かを言い出さない限り、姫路辺りまで送ろうと考えていたのであった。ここまで来たのなら姫路まで目と鼻の先と申し上げても過言ではなく、この短い旅の治めどころが刻々と近づいているのである。
人工的に広がる緑と、夕暮れに影を寄せる椿の美しい顔を横目に眺めながら播磨ジャンクションの側を通り過ぎていく。
ビルディングから早々と光が灯り始め、宵を迎えるには余りにも用意周到過ぎるのではないかと正直僕は思わざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます