第27話 四 適合と、不適合な過去
会社前には夥しいほどに待機しているタクシーの数。彼曰く、どうやらここから梅田へは15分も満たない時間でたどり着く場所との事で、タクシーを使い梅田まで戻る事になった。
その列の先頭にあるタクシーに乗り込み、「阪急梅田駅の三番街辺りまで。」彼がそう告げると車は動き始めた。
ビルに囲まれる街に鈍色の夕日が差し込む街。退社時刻の微妙に前との事もあるのか、渋滞に苛まれる事もなくスムーズに道を進ませていく。
彼はドライバーと何気ない世間話を施していて、私に視線を向ける事はなかったがそれはそれでいい。それよりもこれからラスクに逢えるという想いが先行し、私は居ても起ってもいられなかった。
確かに彼が言う通り、十五分も満たない内にタクシーは道の端に寄せて止まり、私は車を降りて初めての梅田の街並みを見渡してみた。
空を埋める摩天楼とただならない雑踏。乾いた風に乗せられて耳に届く音の数々。
本来ならストレスに感じるのだろうが、これから愛してやまないラスクに逢える事が只々嬉しい。私は意気揚々と気持ちよく背伸びしていると、タクシーを降りた彼が、「椿、もうすぐ側じゃけん。」と、私の手を優しく握り、一瞬車がいなくなった道へと私を連れだした。
飲食店が軒並む通路沿いをほんの少しだけ進んだ所から建物の中となっていて、大きめの広場に差しかかった時、『阪急三番街』と書かれた看板が目に止まった。
今の時刻は十六時四十二分。丁度いい頃合いだと思い、目の前をふと眺めたその時、反対側の壁際に携帯電話を手にして佇む女の子の姿が見えるや否や、私の足はその女の子の元へ自然と駆け出していた。
「ラスクぉぉぉっ!!久しぶりぃぃぃっ!!」
周囲の視線など今はそんな事なんてどうでもいい。今はただ、ラスクの側に早くたどり着きたい一心で私はこの場を懸命に駆け抜けた。
日頃の基礎練習のお蔭か、然程息も上がる事なくラスクの元へとたどり着き、改めて眺めると、どこか怪訝そうな雰囲気でこちらを眺めるラスクの姿に私は思わず躊躇しそうになってしまった。
『ラスク、どうしちゃったのかな?私の叫び声に気分を悪くしたのかな…?』
そう思いあぐねている私の背中の方から、「唯ちゃん、久々じゃねぇ。元気にしとった?」と、陽気な彼の声が聞こえてきた。
「あ、黒木さん。御無沙汰しております。何とか元気にしておりましたよぉっ!!」
この場へとたどり着いた彼へ、笑顔眩いラスクの表情。私にいつも向けている表情とは少し違うはにかみを見せる彼。
「唯ちゃんは、今日どれくらいまでいけるん?」
「そうですねえ…。私、寮なんであんまり遅い時間になったらまずいんですよ。九時前くらいには家に着いておきたいなと思っています。」
「そか。なら早速食べ物屋さん探しに行こうっ!おっさん何でも奢っちゃるけんっ!!」
おどけたその言葉にラスクはころころと笑っていた。
「あっち側に食べ物屋さんが集まっとる場所あるけん、着いておいでっ!」
「はい、分かりましたっ!!椿、行こうかっ!!」
打って変わったようなラスクの態度に若干の疑問を抱きつつ、肩を並ばせながら少し前を歩き始めた彼の後ろをついていく。
スクランブル交差点や、大きなショッピングビルの側をすり抜け、気がつくと高速道路のような路が頭上を塞ぐ大きな道へと差し掛かっていた。信号待ちの間、彼とラスクは何やら楽しそうに言葉を交わしている。信号が青に変わり、「ここ渡った所が、さっき俺が言よった場所じゃけん。」彼はそう言って、足早に交差点を渡った先は飲食店が入るテナントビルが立ち並んでいた。
まだ日は明るく並々と溢れ返る人込みを掻き分けながらしばらく道を進ませていると、割烹着のような服を着た男性が私達へと近づいてきて、彼に話しかけた。
小声でラスクに「なんだろう…、知り合いにでもあったのかな?」と呟く私に、「そこら辺にある居酒屋さんの店員さんじゃないの?」と、ラスクのやけに冷静な声音。
話を聞き終えた彼は「色々サービスしてくれるみたいじゃけん、ここにせん?」と、どこか満足そうな面持ちで私達に言った。
どこで、何をというこだわりなど特にない私達は、彼の提案を肯定した。すると男性は「御新規三名様、御来店です。」とつけてあるインカムにそう告げると、目の前にあるビルのエレベーターへと誘導し、八階まで誘われていった。
エレベーターを出たその時、和の雰囲気が上品に醸し出す店内が視界に広がり、私達の前に現れた男性と同じ恰好をした女性の丁寧な接客で、少し広めの部屋へと案内されていった。
「御注文がお決まりの際、横にあるタッチパネルにてご注文下さい。ごゆっくりおくつろぎ下さいませぇ。」
女性は深々とお辞儀をして部屋から出ていった。
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