第29話 四 適合と、不適合な過去
「昼ぐらいに椿が言った大学内の食堂に行けばいい?」
彼はカップにコーヒーを注ぎながら、化粧を施している私に言った。
オムライスの美味しい食堂。先月確かそこへと誘う約束をした事を今思い出した。
「うん、十二時十五分に講義が終わるから、ダーリンは大学内のコンビニの前で待ってて。」
彼は頷くと、旨そうにコーヒーを啜った。
「それよりダーリンはそれまでどう過ごすの?」
「いやー、その事なんじゃけどな…。」
彼曰く、まずはこの家の近くにある上賀茂神社へと参拝した後、街を散歩する予定なのだが、それでも時間を持て余すという事で残り時間をこの家で過ごさせてほしいと…。
私がいないこの部屋に彼一人。そう思うと私の心には嫌悪感が広がっていった。
素直に嫌と言えば彼は意見を退ける事は分かっているが、簡単にそうとは言えない。昨日の食事代然り、付き合い始めてからかなりのお金を彼に使わせている。それを思うと躊躇の塊へと成り代わってしまうのだった。
恋人という間柄から拒否する理由が見つからないともいう…。
私は仕方がなくそれを肯定し、部屋の合いカギを彼へと手渡した。
気がつくと通学時間へと差しかかっている事に気がついた私は、荷物を手に持ち、彼と共に家を後にした。通学途中で彼と分かれ、一人大学へと道を進ませていく。
本日も朝一からぎっしり講義が埋まっている。夏季テストが近い事もあり、皆真剣な面持ちで教授の声に耳を傾けているのだが、私は何事にも上の空。
『部屋で、私のいない部屋で彼は何かをしている…』
心此処に有らずの時は正午のチャイムで目覚め、私は講義室を飛び出し、一心不乱に大学内のコンビニへと駆けていった。
すると、彼は約束通りコンビニ前で立っていて、私の姿を確認した彼は笑顔でこちらへと手を振っていた。
込み合う前にと私の案内の元、急いで食堂へと向かった。食堂一、人気のオムライスの食券を買い、厨房へと提出し、この食堂の中で一番眺めのいい場所を確保して、何気ない会話を施しながら食券番号のアナウンスが流れるのを待っている途中…。
「あ、雨宮っ!!」
横から私を呼ぶ声が聞こえ、見た事のない人の中に笑顔を向ける部長の姿があった。
「あっ!!!ダーリン、ちょっと待っててね。」
私は急いで部長の側へと駆けていった。
「こんにちは、部長。どうしたのですか?」
「いや、特に用事はないのだがな…。」
取り巻きにいた人達、部長と話している間、彼の視線が私の背中に突き刺さるような感覚は気のせいではないはず。
しばらくして戻ってきた私へ、彼は物憂げな表情を浮かべた。
「彼は誰なん…?」
ここで誤魔化しても何の意味もない。
「あ、サークルの部長よ。ダーリンにいつも話しているでしょ?ホントいい方なのぉ。」
「ふーん、そうなんか…。」
彼はため息交じりに呟きながら視線を景色の方へと向けた。いい大人が歳の離れている者に何を嫉妬しているのかと私は思った。
すると、私達が持つ食券番号のアナウンスが流れ、「椿はここで待ちよって」と彼は席を立ち、二人分のオムライスを運んできた。
学生達がごった返している騒々しい食堂の中で、雄大に広がる景色を眺めながら何故か無言でオムライスを食す私達。
きっとその姿を部長も眺めているに違いない。そう思った私は、どうにか何とかこの険しい雰囲気を打破するべく、無理矢理にも彼へと話しかけた。
「ダーリンはこの後どうするの?サークルは休むとしても、私は講義、夕方まであるから…。」
「いやー、京都暑いしなぁ…。何よりおっても暇じゃけん、もうこのまま愛媛帰ろうと思っとるんよな。」
「えっ!?そうなの?」
決してこちらへと視線を向けず、オムライスを頬張る彼の元にキャリーバックが置かれている事に今気がついた。
このままお別れするには少しだけ物足りないような気がしなくもないし、何より来月第三日曜日の事をまだ説明していない。
昨日の夜は彼に宵を急がされ、説明する暇も余裕もなかったのだ。
「えっ!?そんないきなりじゃないっ!」
「だって、椿の性格だったら、これ以上自分の部屋に俺一人でおられるの嫌だろ?わかっとったよそんな事…。じゃけん俺は帰る。」
何という事だ…。というよりも、何故彼は私の心情描写を悟っていながら、私の部屋にいたいと言ったのだろうか…。
その瞬間、全てを見透かされていたような感覚に陥り、私は困惑交じりに言葉を這わした。
「うん、分かったわ…。ダーリンに伝えなきゃならない事もあるから、午後の講義、私休む。だから、今すぐは帰らないで。」
「いや、そんなムキにならんでも大学おったらええやんか。来月また京都来るしな。」
「その事も踏まえて話があるのっ!!」
徐にそう言い放ち、茫然とこちらを眺める彼を余所に、私は急いでオムライスを食し終えると、荷物を纏め、返却口へと食器を戻し、入り口で彼を待った。彼は仕方ない様子で半分くらい残ったオムライスを返却口へと戻し、私達は食堂を後にした。
講堂へと向かう生徒の群れを逆走するように私達は校門の方へ道を進ませる。ゼミメイトやサークルの同僚の何人かにきっと見られ、その後に立てられる噂は高が知れている。しかし、それよりも、そんな事より大切な事があるのだ。
正午の講義が始まるチャイムが鳴り響く音を背に、大学を後にした。
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