第24話 四 適合と、不適合な過去

 第三日曜日の詳細を話し合うにはメールだけでは限界があると彼が言い出した事もあり、日曜日の3日前。つまり十六日の木曜日の夜に彼の声を久しぶりに聞いた。


 この日は珍しくサークルが休みで、いつも大量に出されるはずの宿題も何故か少なく、家事も何もかも早めに終わらせる事ができたからというのも相まってなのだが、それよりもメールにて知らされていた日曜日の詳細を敢えて聞いておかなければならないと思ったからだ。


 彼が以前言っていた、唯ちゃんことラスクに私達を引き合わせてくれたお礼(彼は何故かお詫びと言っている)を、この日曜日に果たしたいという事で、彼とラスクが直接連絡を取り合って日曜日の夕方に大阪駅で待ち合わせる約束をしているらしい。


 それは私と電話ができなくなった時に思いついた彼なりのサプライズであり、ラスクとGW中に逢えなかった私にとっては思わぬ出来事で有り難いと素直に思った。


 そうなってくると、私達自身はどこで待ち合わせるのか、どのような日程が彼の中で組まれているのか知る余地があり、彼から直接聞く方が賢明であると判断したからそれに応じたと申したら意地悪く聞こえてしまうが本当の話であるから仕方がない。


 木曜日は早めに電話できると私がメールを打ったからなのか、いつも忙しくしているはずの仕事や執筆活動を早めに切り上げたらしく、約束した九時丁度にワンコール切りをした瞬間に彼からの着信音が鳴った。

 私達は同じ電話機種で、彼から電話をすると無料通話であるという事でワンコール切りをしたと敢えて補足しておく事にする。


「椿、久々。元気か?」

「うん、元気だよ。ダーリンも元気?」

「うん、やる事一杯じゃけど、何とか生きとるよ。」

「そう…、それはよかった。でね、今度の日曜日の話だけど…。」


 彼から語られた日曜日の詳細はこのようなものであった。

 ラスクと私達は阪急梅田駅、夕方五時に梅田三番街にある某ファーストチェーン店の前で待ち合わせしているらしく、彼は朝九時台の特急電車に乗って関西へ向かうとの事。


 四月のように京都まで行けばいいか、せっかくだったら新大阪で待ち合わせして、ラスクとの待ち合わせ時間まで大阪観光するかと彼からの提案に、私は透かさず後者を選択した。

 これから先、関西に住む私としてみたら、地理感のある彼に是非とも大阪を教えて貰いたいと以前から思っていたからだ。


「ダーリン、その日は大阪のどこに私を連れて行ってくれるの?」

「ん?いや、椿はどこ行きたいん?」

「うーん…。ダーリンの、思い出の場所がいいかな。」


 そう言った刹那、彼からの反応が止まった。

 これまで彼からの話によると、彼は七年の月日を大阪で過ごしている。私のその言葉で、彼は様々な事を思い返しながら場所を選んでいるのだろう。


「椿はあんまり楽しくない場所かもしれんけど、ええか?」

「うん、いいわよ。それはどこ?」


 彼は少し遠慮しがちに言った。


「いや、せっかく大阪行く機会できたけん、以前お世話になっとった編集局に顔を出したい思ての…。」


 私は思わず声高に叫んだ。


「うんうんうんっ!!私、そこ行きたいっ!!絶対行きたいっ!!」

「お、そか。多分椿は退屈かもしれんけどええか?」

「ダーリンが嘗て行った場所やお世話になってた人を是非見てみたいものっ!!」

「うん、分かった。そう言ってくれとるんじゃったら、そこ行こか。」

「うんっ!!!」


 編集局という一般的には必ず足を踏み入れる事のない場所へ行ける機会ができたのと、久しぶりにラスクに逢える嬉しさで気持ちを高揚させた私は、気がつくと最近の出来事を彼へと口走り始めていた。


 ゼミやサークルに一杯の友人ができた事や、サークルが思いの外厳しい練習内容であるという事。一人暮らしが徐々に慣れてきた事や、先輩方の熱い想いと部長の新入部員へと優しく接してくれている仕草やおもむきや情熱や、眼差し。


 もしかすると部長の事ばかりを語っていたのかも知れない。しかし、何も言わず聞いてくれている彼を少しだけ不思議に思いつつも、私は口を噤ませる事ができず、想いのまま語り尽くしていた。

 私の言葉が尽きた所で彼が呟くように言った。


「椿、もう十二時じゃし、そろそろ電話切ろうか…。」

「そうだねっ!日曜日、楽しみにしてるねっ!お休み、ダーリン。」


 彼は何も言わずいきなり電話を切った。

 その事を特に気にも留めず、何より3日後、ラスクに逢えるという出来事が私の中で何よりの喜びであり、感極まった私は思わず携帯を手に取り、ラスクへとメール文を作った。


『ラスク、ダーリンから聞いたよっ!三日後に逢えるね、GWに逢えなかった分、私、超楽しみだよ♪』


 今は深夜。ラスクの性格上、すぐに返信がない事など分かっているのだが…。

 送信キーを押し終えた後、様々な想いや感情が心へと押し寄せてきて、私は堪らず窓の外をそっと眺めた。


 感情の正体はきっと…。しかし今は自分なりに解釈するべきではないと窓も心にもカーテンを閉めて今宵は眠る事にした。

 目覚めた朝にもラスクからの返信はなく、次の日も、そのまた次の日も…。

 何より忙しく過ごしている私にはその事だけ考えている暇もなく、三日間などあっという間に過ぎ去り、日曜日の朝を迎えていた。

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