第13話 三 あの日の嘘

 太陽が目の前に降り注ぐ。


 自宅の玄関を出るとまだ四月というものの、初夏と思える肌を差すような日差しに手を翳しながら天を仰いだ。


 あの京都日和から五日ほど過ぎた週末の土曜日。あれからというもの、自分の中にこれまでと違う何かが心中に憑依していた。それが何と比喩する事は明確にできないが、強いて言うなら妙に浮足立っているというか、何というか…。

 近しい友人と食事に行った時、「何か顔に締まりがなくだらしない」と、ご指摘されたくらいなのだから余程なのだろう。


 本日は有り難い事に仕事の予約が朝から詰まっていて、いつまでもこんな浮ついた心でいてはいけないと自らの心に喝を入れ、どう段取りを組もうかと思考しながら車に乗り込みキーを回した。

 車のエンジン音も、通勤路でカーステから流れるパーソナリティの声も、いつも立ち寄るコンビニの店員さんの表情も鮮明に感じるのは何故だろうか。きっと自分の心が満たされているからだと思うと、自然と鼓動は高鳴ってくる。それをけん制するように一つだけ乾いた咳をして、昼ご飯に食べるおにぎり二つと、いつになくから揚げも買い、頬張りながら再び車に乗り込んだ。


 店へとたどり着き、シャッターを力強く開けた。先に水打ちを済ましておこうと蛇口を捻ると、いきなりホースから勢いよく水が迸り、天高く水飛沫が舞い上がった。

 すると水に反射した光のプリズムと、その先に見える紺碧の空がとても美しく思え、水浸しになる地面も、少しだけ濡れてしまった服もそのままに、しばらくそれに瞳を奪われていた。


「おはようございますっ!!」


 その声で、僕の視線の先を同じように眺めながら、横で立っている方の存在に気がつき、思わず我に返った。


「あ、おはようございます。いらっしゃいませっ!!」

 朝一番でご予約を賜っているお客様であった。

「うふふ。すっかり夏のような青空ね…。」


 その声に僕は面目なく頭を掻きながら、扉を開け、お客様を店の中にご案内する仕草を施した。


『美容室、ベルベッド ルーム』本日開店である。


 仕事を全うしている心の片隅にはいつも椿の笑顔があり、次に逢う時を夢見ながら、僕は日々を過ごしていた。

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