第33話 五 風任せの夢
ぎりぎり最終便で地元へと戻る事ができた事だけは不幸中の幸いであり、駅へとたどり着いた僕は、少し離れた家まで歩いて帰る事にした。
タクシーを使うよりも、闇の中でこのどうしようもない想いを一人ごち、泣きながら帰った方が少しだけでも気が紛れると思ったからだ。
どれくらい時間が流れたのか、しばらく家へとたどり着き、玄関を開けると闇が僕を迎えてくれた。
電気も灯さずリビングへと進むと、窓から漏れる眩い月明かりが部屋全体を照らし、それは未だ壁に飾ってある椿の写真を鮮明に映し出すほどのものであった。
今は失われた朗らかな椿の笑顔。僕はしばらくの間、見つめ続けた。
出逢った頃から今に至るまでの思い出が、走馬灯のように脳裏へと流れる中で、幸せから絶望へと変わる感情が泡沫の如く心底から湧き出し始める。
抑え難き心情の発露に、激しく胸が痛み、その根源は間違いなくこの写真。雨宮椿…。
苦しみから逃れたい一心で、その写真を勢いよく弾き飛ばすと、ゆらゆらと空間を舞い、僕の足元へと滑り落ちた。
しばらくの間、僕は茫然自失に佇む事しかできなかった。
微かな虫の音や、遠くから響く救急車のサイレン音でふと我に返った僕は、この空虚感と悲哀、そしてまだ残る慈愛をつづらなければならないと思った。
紙を徐に取り出し、僕は一心不乱にペンを走らせ続けた。
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