第21話 四 適合と、不適合な過去
五月も半ばに差し掛かり、夏の雰囲気が京都へとじわじわと滲み寄ってきている。大学へと繋がる坂道の途中で、木の影に身を隠し、すっかり紺碧のようになった空を見上げながら汗ばんだ額をハンカチで拭った。
演劇部へ入部し、早一カ月近く過ぎようとしていて、キャンパスライフも大分板についてきた、と思われる。
文化部と言えど、舞台は体力勝負という教えに基づき、筋トレや走り込みによる運動部顔負けの基礎練習。腹式呼吸に慣れる為の呼吸法と発声練習。
生粋の文化部出身の私は、毎日続くこの練習が慣れるまではきつくて仕方がなく、吐きそうになりながら何とか帰宅すると最低限ではあるが家事が待ち受けている。食べる物はどうにか何とかなるにしても、オシャレに気を使う私としてみたら衣類系家事を怠る訳にはいかず、食事をしながら洗濯機が回り終えるのを待ち、皺がつかないように入念に干した後に一日の汗や疲れを癒すべく温いシャワーを浴びるのである。
この時点で時計の針は十時を過ぎていて、これで一日が終わるならとても助かるのだがそうは問屋が卸さない。
ここから宿題や毎日の予習復習をやり始める訳で、全てを終えた時には深夜一時を優に超しているという、そんな多忙な日々を過ごしている。
GWを過ぎた頃からいきなりこのようなタイムスケジュールとなり始め、四苦八苦しながらも何とか彼との電話も継続できていたのだったが、大学側から夏季テストの内容が発表された昨今、どうしようもなくなった私は「少しの間だけ連絡はメールだけにしたい。」と彼に告げた。
するとしばらくは黙っていたのだが、「うん…、ほんなら落ち着いたらまた電話してな。」と、彼はため息交じりに呟くよう言うと、その後2、3言だけ言葉を這わして電話を切った。
確かに忙しいから電話できないという話は本当ではある。が、実はそれだけではなく、彼と最後に別れた時から私の心中に妙な違和感が這いつくばり始め、その後、彼と電話をする事が億劫になっていったのである。
それは気持ち的にも体力的にも余裕がないからなのか、はたまた違う理由なのかは明確な事は分からないが、何故か声を聞く事に緊張するようになったとそれだけ…。
電話をしなくなった次の日から不思議と気持ちは軽くなり、文武両道の日々を邁進している中、私生活でも交流する友人がかなり増え、新しい出会いや状況の変化に心を弾ませていた。
私はいつしか故郷の空を思い出せなくなっていた。
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