第16話 三 あの日の嘘
ファミリーレストランの駐車場の端に車を止め、その場所で椿がここへとたどり着くのを待っていた。
どうやら椿の母君は、青いミニクーパーに乗っているらしく、きっと若い感覚の持ち主なのだろうとそれだけで想像できる。だからこそ、この期に母君の風貌を確認してみたいという興味本位から敢えて車の中で待機する事にしたのだった。
GWの季節という事で、木々の葉は青々と風にゆら揺れている。ラジオから流れる流行歌を口ずさみながら退屈さに身を委ねていたその時、東側から一際目立つ青い車が颯爽と現れ、ファミリーレストランの入り口に横づけした。
ここからだと遠巻きであるが故、はっきりとは確認できないのだが、顎ラインボブスタイルで細身の黒いスーツという、まるでシティナイズされた出で立ちの女性が車から降りてきた。それに続き、助手席から降りてきたのは間違いなく椿であり、母君がトランクに乗せた荷物を下ろし、椿と何言か言葉を交わすと、軽い抱擁を交わし荷物を手渡していた。そして母君は再び車へと乗り込み、この場から走り去っていった。
車を見送った椿は、すぐ様きょろきょろと辺りを見渡していた。
それはこの場所のどこかにいる僕の存在を探している仕草に違いなく、しばらくはその姿を遠くで確認しながら一人萌えていた。
何も食べていない空腹感と、この一人の時が確実に無駄である事に気がついた僕は、車を降り、椿が佇むファミリーレストランの入り口へと歩いていった。
前に逢った時からまだ一カ月も経っていないはずなのだが、妙に久しく思う感情はきっと、逢いたいと切望していた想いの深さなのだろう。未だ僕を探す椿の姿を心から愛おしく思った。
「おーい、椿っ!!」
堪らず声を上げた僕の姿を確認した椿は、笑顔満開の表情を浮かべながら、然程離れていない距離に歩く僕へと大きく手を振った。
「だーーりいぃぃぃいいいいいんっっ!!!」
「ちょっ!!!」
誰も知る人のいない京都ならいざ知らず、地元でその名称で呼ばれる事に焦りを覚えた僕は、即座に椿の元へと駆けていった。
「つ、椿…。その呼び方を地元でされるのはマズいっ!!」
「うふふふ、そう?ねえ、ダーリン、私お腹空いちゃったっ!早くお店入りましょっ!」
僕の焦る仕草など何のその。勢いよくドアを開け、お店へと入る椿の背を急いで追った。
店に入るとキャッシャー台があり、そこから店内の構造が見渡す事ができる。どうやら建物自体L字型に造られていて、スペースの広い方が喫煙席という事で分煙方法を図っているらしい。入店してきた僕達の側に急いで駆け寄ってきた店員は、喫煙席か否かという問いに対して「禁煙席」と告げた。
愛煙家である僕なのだが、普段は煙草を持ち歩いていないのである。酒を飲む時以外、煙草を欲する事がそこまで起きないという、他人からしてみると摩訶不思議な愛煙家のパターンであるらしい。多分職業上、自らがそうさせていったのだと思う。
ただ、小説を書いている際に酒と煙草は必要不可欠であり、いわゆる戦友と評しても過言ではないと、ハードボイルド作家のような表現で今は収めておく事にしようか(笑)
大きい窓から眩い光が入る禁煙ブースの最端の席に誘導され、僕はクラブサンドセット(コーヒー、サラダ付)、椿はハニートーストとダージリンを注文すると店員は丁寧にお辞儀をしてその場から去っていった。
静かに流れているクラシックピアノの旋律が心地よく、僕はふと目の前に視線を向けると、こちらを凝視している椿に気がついた。
「ダーリン、元気そうでよかったっ!」
そう嬉しそうに言った椿の声を合図に、会話を弾ませていく中、次々と運ばれてくるメニューも話に華を添えて、二人談笑し合いながらしばらくの間、食事を楽しんでいた。
足取り軽く店を後にし、車へと乗り込んだ。とりあえず向かう先は岡山駅。最早カーナビをセットしなくても分かるくらい、これまでに何度も通ったこの道なり。
本日のミッション開始を宣言するようにキーを回すと、熱いエンジン音と共に、スピーカーから鳴り始める心地よいベースサウンドが椿の心を妙に昂揚させたらしい。まるで子供のようにはしゃぐ椿の姿を見た僕は有頂天に車を発進させた。
ファミリーレストランの敷地内から出たすぐ側に高速インターがあり、ETC口を勢いよくすり抜け、高松自動車道へと乗った。右側には緑の壁のような四国山地、左側には五月の眩い光を、煙がさえぎる我が街の姿が視界に映し出された。
僕は目の前を、椿は流れる窓の景色にそれぞれ視線を向け、路を進ませていると、『またね、愛媛県』と、でかでかと表記された看板を横目にトンネルを潜り抜けた。
すると海と土地を隔てる湾曲線が現れ、しばらく路はそれに這うように続く中、椿は僕が事前に用意していたお菓子と、流れているサウンドにご満悦の様子で、優雅な時を過ごしていた。
「そう言えば、いつかのデートもこのCD流してたわよねっ!カッコいい曲だわ…。なんてアーティストなの?」
「ん?昔のアメリカのバンドの『ガンズ アンド ローゼス』ってバンドじゃ。俺、中学生の時から聞き狂ってるアルバムの一つなんよ。」
「へー、そうなんだ、タワレコ行ったらあるかしら…。」
「うん、タワレコには確実にあると思うで?」
「なら今度の休みに買いに行くわ。ダーリンの事もっともっと知りたいしっ!」
「そか、色々あるから手っ取り早くベスト1・2でも買ってみたらえんでない?」
「うん、そうするっ!!えへへへっ!!」
そんな会話を繰り広げながら、トンネルを一つ、また一つ通り過ぎ、道を進ませていくと、善通寺インターを過ぎた所まで来ている事に気がつき、僕は再びハンドルを強く握りしめた。
愛媛で見る山はどこまでも連なっている印象なのであるが、ここら辺りの山は一風変わっていて、山単体が所々に天高く聳え立っているのである。そんな中、この地では有名な飯野山(讃岐富士)の悠然たる姿が見えてきた時、反対側には湾曲した線に点滅している光が見えてくる。その正体は元祖四国と本州を繋ぐ事となったライン、瀬戸中央自動車道である。
讃岐富士の麓を通り過ぎた所に坂出ジャンクションがあり、その先の坂出北インターを潜り抜けると左側には海が、右側には石油コンビナートの殺伐とした景色が広がりを見せ、一気に風が強くなり、ハンドルが若干弄ばれようとされるそこら辺りから瀬戸大橋の入り口に差し掛かるのである。
白波の一切立っていない群青の海には、浮かぶ島々や漂う小船達と、物資を運ぶどでかいタンカー等。そして風にゆら揺れる鳥どもの姿に、瞳輝かせながらうっとりと見入っている椿の姿。
少しだけ大きな島へと差し掛かった時、道の左側に『1㎞先、児島サービスエリア』と記載された看板が見えた。
「椿、ここでちょっと休憩しよや。」
先程から身体をもじもじさせているのは何かを我慢している現れであるのだろう。椿は恥ずかしそうに一つだけ頷いた姿に、僕は微笑み返し、もう少しだけ道を進ませた所で左指示キーを出して『児島サービスエリア』へと入っていった。
ミッション半ばの休憩は必要不可欠である。
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